第59話 居住区
上階にゾンビはほとんどおらず、スムーズにビルの二十階に到達した。まあ到達などと大袈裟な感じではなく、ゾンビしかいなかったのだから造作もなかった。そしてさらに俺達に朗報が舞い込んだのだ。俺の目の前で皆がはしゃいでおり、タケルが興奮気味に言う。
「おいおい! 二十階と二十一階はマンションだったのかよ!」
「だな。まさかオフィスビルの最上階がマンションだったなんてな」
いつもは冷静なヤマザキも嬉しそうにしていた。俺達はここを拠点にしてホテルを探すつもりだったのだが、どうやらここは最上階から二階層が居住区だったのだ。
俺が気配感知で内部を探ってみてもゾンビは居なかった。
「この階層にゾンビは居ないな。逃げ出したか?」
タケルがドアの取っ手を握って回してみる。
「鍵がかかってんな」
「それはそうだろう」
「それもそうか」
するとヤマザキが言う。
「じゃあヒカル。鍵を壊してくれ」
「いや。それはやめた方が良いだろうな」
「なんでだ? 開けなきゃ入れんぞ」
「鍵を壊してしまえば、扉の施錠が出来なくなるぞ」
「仕方ないんじゃないか?」
するとミナミが不安そうに言った。
「せっかく居住区を見つけたのに入れないの?」
ユリナが言う。
「鍵なんかないよ?」
それに俺が答えた。
「鍵を壊さずに内部に入る事が出来ればいいんだ」
するとヤマザキが言う。
「いや、それは無理じゃないか?」
「とりあえず、最上階も調べてみよう」
「そうだな。やっとたどり着いたのが居住区だったので、ちょっと焦ってしまったようだ。もっと良く調べてみるべきだな」
「行こう」
俺達が階段を上り、二十一階に到達するとユリナが言った。
「各階層に二部屋ずつか。四部屋あるから拠点にするなら丁度良い感じがするけどね」
ユリナの言うとおりだろう。しかしこの階層の部屋の扉も鍵がかけられていた。だが鍵を壊してしまうのは、防御力が下がるために避けたかった。俺は気配感知でこの階層を調べる。
「ゾンビがいるぞ」
「うそ!」
「どっち?」
「どうしよう」
女達が騒ぐ。ここまで来てのゾンビは精神的に負担があるのだろう。
「でも、何かおかしい」
「なんだ?」
俺にタケルが聞いて来た。
「ゾンビは外にいるぞ」
「は? ここは二十一階だぜ?」
「だが、気配は外だ」
するとマナが言った。
「たぶんバルコニーだよ。高級マンションにはあると思う」
するとミオが言う。
「バルコニーかぁ、きっと見晴らし良いんだろうね?」
「それはそうなんだけど、なんでそんなところにゾンビがいるんだろう?」
それはこの際どうでもよかった。とにかく外から部屋に入れる可能性があると言う事だ。
そこで俺が皆に提案する。
「ゾンビはどうとでもなる。とりあえず俺が外からビルを登って部屋の鍵を開けよう」
「「「「「「「えっ?」」」」」」」
「あ、いや。外から塔を登って開ければいいだろう」
俺が言い直すとタケルが半笑いで言った。
「は、はは、ヒカル。ここ何メートルあると思ってんだよ」
「見た所、せいぜい百メートルくらいだろう」
「なに簡単に言ってくれちゃってんだよ」
「いや。なんとかなる」
‥‥‥‥‥
皆が絶句している。前世ではもっと高い崖をよじ登った事がある。ある山の頂上にある神殿を目指して皆でよじ登ったのだ。聖女エリスですら必死でよじ登って到着した。このビルくらい登れなくては、エリスに笑われてしまう。まあ、古今東西そんなことが出来る聖女なんてエリスくらいのものだったが。
するとヤマザキが言う。
「何か他の方法を考えよう」
ヤマザキに言われてよく考えてみると、一旦降りて登るとなれば若干時間がかかるな。そうなれば皆をここに置いて行かなければならなくなる。俺は他の方法を模索して言う。
「なるほど、ヤマザキの言うとおりだな」
「そうだろ? きっとどこかに鍵とがあるかもしれんしな」
「それはないだろ。それよりも良いことを思いついたぞ」
「な、なんだ?」
「ここが最上階なら、この上には天井があるって事だ」
「あ、ああ。屋上か? きっと緊急用のヘリポートとかがあるかもしれんが」
「ならそこに上ってから降りよう」
「「「「「「「そっち?」」」」」」」
皆がまた驚いている。だがそれが一番手っ取り早そうだ。そこで俺は皆に言った。
「屋上に上がる場所を探したい」
するとタケルが言った。
「まあ、ヒカルがやるって言うんだし、見つけてやろうぜ」
「しかし…」
「でも…」
ヤマザキもユリナも賛同はしていなかった。彼らの感覚では、相当危険な事をしようとしていると思われているんだろう。だが屋上から一階下に降りるだけの話だ。何が問題あるというのだろう?
「なら俺が、適当に探すさ」
俺がそう言うとタケルが皆に言ってくれた。
「ヒカルがこう言ったらやると思うぜ。手伝ってやろう」
‥‥‥‥‥
「でもヒカルに何かあったら?」
ツバサが言う。なるほど俺に何かがあると困ると思っているらしい。
「約束しよう。そんなに時間をかけないと」
「そう言う問題じゃ」
またタケルが言う。
「問題ねえっていってるしよ。な? ヒカル、すぐ終わるんだろ?」
「すぐに終わらせると約束する」
「ならいい。俺が手伝う」
すると皆も諦めたように言った。
「探すしかないか」
「どうせ一人でもやるんでしょ?」
「ああ」
ようやく皆で探す事になったが、少し探しただけでそれはあった。
「あったぞ!」
ヤマザキの所に行くと、鎖が掛けてある階段があった。
「行ってくる」
そう言って俺が階段を上り始めると、皆が俺について来た。わざわざついて来る必要など無いのだが、俺は皆のやりたいようにする事にした。登りきったところに扉があり鍵がかかっていた。俺はそのカギを斬り扉を開ける。
ビュオオオオオオオオオ
扉を開けると強い風が入り込んできて俺はそこから外に出る。そこの床は緑色でオレンジの線で何かが描かれていた。
「やっぱヘリポートがあるんだな」
タケルが言う。皆も周りをきょろきょろしつつ集まった。
「すっごい見晴らしだね」
「だな!」
確かに皆の言うとおりだった。ここは見晴らしがよく、この界隈で起きたことを確認しやすいだろう。俺はそのままスタスタと、屋上の縁に歩いて行き柵を乗り越えて下を見る。後ろからヤマザキが声をかけて来たが、時間をかけないという約束だったのですぐに飛び降りた。
「おい!」
「ヒカル!」
「いや!」
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
後ろでそんな声を聞きながらも、壁を伝うように降りて下の階にあるバルコニーの手すりを掴んだ。するとそこにゾンビがいたので、縮地で近づいてすぐに首を刎ねる。
「よし」
俺がそのバルコニーを周りながら窓に手をかけると、一カ所だけスッと開いた。
「よし」
俺はそこから部屋の中に入り、すぐさま玄関へと向かう。そして中から鍵を開け急いで屋上に向かった。屋上につくと皆は、まだ屋上の縁から下を見下ろしていた。風が強く俺が来た事に気づいていない。
「そんな…」
「ヒカルゥゥゥ」
「いきなりだった…」
「タケルがやれなんて言うからよ!」
「おりゃあ言ってねえよ。ヒカルがやるっつったんだ」
何故か皆が悲しみに暮れている。俺も縁に向かって下を覗き込む。
「ヒカル落ちちゃったね」
俺に気づかずミオが俺に言う。
「だな。すぐ近くて楽だったよ」
「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」
皆が俺を見て目を丸くした。
「屋上を教えてくれて助かった。登っていたらこうはいかなかった」
「「「「「「「「ヒカルゥゥゥゥゥゥゥゥ!」」」」」」」」
皆が目をまん丸くして俺を見て叫んだ。まるで死んだ人間が生き返ったかのような驚きっぷりだ。
「居住区は開いたぞ」
ミオが俺のほっぺたに触れて言う。
「い、生きてる…」
「当たり前だ。たかが飛び降りただけで死ぬわけがなかろう」
皆がへなへなと尻餅をついた。俺が死んだと思って悲しみに暮れていたらしい。皆があまり時間をかけてほしくなさそうだったから、早くしたつもりだがもう少し説明が必要だったのかもしれない。
「何はともあれ開いたから行こう」
「わ、分かった…」
俺達は幸運にも見つけた居住区へと下りて行くのだった。




