第593話 動き出した敵の中心人物
このビルの上空にもヘリコプターが頻繁に飛び交うようになり、なにかを探して旋回しているようだ。それを見てクキが、呟くように言った。
「なるほど、多分、俺達を探してるんだろうな」
それを聞いて、クロサキがクキに言う。
「私達を探している理由は、やはり……」
皆の視線が、アビゲイルに向かった。シャーリーンも深く頷いて言う。
「でしょうね。それにゾンビ破壊薬が、敵の手に渡ってしまった可能性もあります」
「高確率でな」
「どうなるでしょうか?」
だがそこで、アビゲイルが首を振った。
「いえ、恐らくは解析できません。あの薬がゾンビを殺す事は分かるでしょうが、遺伝子レベルで調べても分らないように、偽装細工をしてあります。電子顕微鏡で調べたところで、原理と作用機序は解明できないようにしてあります」
「そんなことができるんですか?」
「ミスターヒカルが、私の体を変えてくれたからです。思考加速? でしたか、それが使えるようになってまいりました」
「凄いですね」
「以前の普通の人間だったならば、偽装などの高等技術は使えなかったでしょう」
「もともとの天才が、人智を超えた天才になった……ってことか」
「いえいえ! ミスター大森に比べたらそんなことはありません」
俺達は微妙な顔で、この部屋に置いてあった炭酸ジュースを飲んでいるオオモリをみる。
「ん? なんです?」
「いや、やっぱり、アビゲイル博士だろ」
「そうだな?」
「何がです?」
俺達はオオモリを無視して、また話の続きを始める。
俺が言った。
「そういう言う事はだ。敵は、アビゲイルをもっと血眼になって探すんじゃないか? 」
「その通りだヒカル」
そんな話をしている時、俺のスマートフォンが鳴り響いた。
「おい、オオモリ、なんか鳴ってるぞ」
「で、電話ですよ! ヒカルさん。オリバー・クレイトンです」
オオモリがスピーカーにして繋げ、テーブルに置いた。
「おお、ラッキーボーイか?」
「オリバー。すまないな、置いて来てしまって」
「いや、それでいいんだよ。そっちは大丈夫かね?」
「なんとかな」
「通話履歴が残るが、伝えておかねばと思ってな」
するとオオモリが言う。
「気にしないでください。なんとかします」
「なら、伝えようラッキーボーイ」
「なんだ?」
「こちら、軍が二つに割れた。大統領派と、国務長官マーガレット・ブラッドリー派だ」
ここで、俺達が警戒していた、マーガレットの名前が出てきた。
「それで?」
「ブラッドリー国務長官は、君らを、このゾンビパンデミックを起こした張本人として指名手配した」
「なんだと? 俺達を?」
「そう、厳密には、アビゲイルスミス博士をだ。彼女がゾンビ因子の開発者で、この事態を引き起こした張本人だと主張している。しかも半分は信憑性があるから、誰も疑っていない」
なるほど、懸念していたことが起きてしまった。ゾンビ因子の発見者であるアビゲイルが、この事態を引き起こしたという敵の論調は、多くの人が信じてしまうだろう。
タケルが言う。
「くっそだな」
「ああ、あんちゃん。君のいう通りだよ。今は、奴らが正義と言う意見が大半になっている。大統領はそれを見越して、君らを逃がしたようだね」
「そう言う事かよ」
「いずれにせよ。大統領も決断を下さねばならん。アメリカが二分してしまう」
そして俺が尋ねた。
「それで、オリバーは何が言いたいんだ?」
「ああ、ラッキーボーイ。もうアメリカを捨てろ。君らが犠牲になる事はない。このままでは、恐らく、世界一の重罪人にされるだろう。君らはアメリカの為に、充分にやってくれた」
それに対して、俺達は言葉を失った。
「……」
「もう一度言う。君らはよくやってくれた。これ以上、この国のいざこざに巻き込まれる必要はない」
「オリバーはどうなる? お前の父親は?」
「私はアメリカ人だ。アメリカ人らしく最後まで抵抗してみるさ。責任をとらねばな」
「オリバー……」
「ふふっ。大当たりを引いたと思ったんだがな。残念だ」
するとオリバーが慌てて言う。
「人が来た! いいか! 国外に出ろ。いいな! ラッキーボーイ!」
「オリバー、まて」
「楽しかったよ。ラッキーボーイ」
プッ。と電話が切れた。そしてオオモリが言う。
「直ぐに、居場所をかく乱するために、AIウイルスを撒いて時間を稼ぎます。ですが距離的に、ワシントンに近いところにいるとバレるでしょう」
オオモリがパソコンにスマートフォンを繋いで操作し始めた。俺はみんなに向かって言う。
「みんな聞いた通りだ」
皆が静まり返った。確かに、この状況でアメリカ軍までが敵に回ると、助けようにも助けられなくなってしまう。タケルが頭の後ろに手を組みながら言う。
「まいったな」
クキも頷く。
「どうにかしようと、正体を晒したのがまずかったか……」
「仕方ないわ、九鬼さん。むしろここまでこれたのは、オリバーに会えたことだし、大統領にも会えた。本当の事を知っている人達がいる事は、世界にとっても救いだわ」
ミオの言葉に皆が頷いた。だが、俺が言う。
「いや、諦めるのはまだ早い」
「何か方法があるか?」
「ない。だが別に、俺達が悪人になったところでどうという事はない。俺が、生涯皆を守るからな」
「「「「ヒカル……」」」」
「それより、悪党を全部片づけてから、日本に帰ってもいいだろう」
「まあ……それもそうかもな」
そこでオオモリが言う。
「そうですよ! それに国務長官のマーガレット・ブラッドリーが動いたのは朗報じゃないですか?」
皆がオオモリを見る。
「いままでは、何処にいるかもわかってなかったですけど、国務長官が元締めみたいなもんですよね? そしたらマーガレット・ブラッドリーから、医薬品食料安全省のガブリエル・ソロモンにつながるかも。あとは、ファーマー社のモーガン・ウイリアムとGOD社のテッド・グローバー。どうせテロリスト認定されるんだったら、ぜーんぶやっつけちゃって良くないですか?」
皆がシーンとする。だけどそこで、タケルがバンっ! とオオモリの背中を叩いて言う。
「たまには、めっちゃいい事いうじゃねえか!」
「たまには……は余計ですよ!」
「だがそこで、マナも言う」
「いや、タケルのいう通り。大森君すごいじゃない。悪党になるなら、徹底的にやっても良いわよね」
「ま、愛菜さん! 本当ですか? そう思います?」
「思う思う。本当に、いいこと言うじゃない。大森君」
だがそれを聞いていた、アビゲイルが慌てたように言った。
「だから言ったのです! ミスター大森は凄いっていいました! 私はずっと!」
「は、博士」
クキが笑って言う。
「んじゃ、ヒカル。どうするか?」
「もう決まってるだろ。暴れるだけ暴れて、みんなで日本に行こう。仲間が待ってる。戦いは飽きた」
「「「「「「「「「「おう!」」」」」」」」」」」
皆の意思はもう固まっていた。俺達は、このアメリカが割れそうな状況を利用し、大元の悪党をぶちのめすために動き出す事になる。そしてオオモリが言う。
「で、まずは移動しましょう」
「どこにだ?」
「戻るんですよ。ワシントンDCに。マーガレット・ブラッドリー派の軍から情報をとりたい。まあ、今までとやることは変わらないじゃないですか?」
「だな。ちげえねえ」
そして俺達は夜を待ち、隠れ家を出て、徒歩で迂回しつつワシントンに向かう事にする。
クキが言う。
「わざわざ、ゾンビエリアに来てる米軍はマーガレット・ブラッドリー派だ。速やかに制圧していいぞ」
皆が頷いた。
ゾンビを切り捨てながら、俺達は路地から路地へと突き進んでいく。もうゾンビなど、誰もが手慣れていて、まるでBランク冒険者パーティーのようだ。いや、タケルはAランクに居てもおかしくなかった。この世界で、本当に厄介なのは、やはり人間だと思い知らされるのだった。




