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終末ゾンビと最強勇者の青春  作者: 緑豆空
第一章 違う世界
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第58話 平和が崩れた時

 俺が気配探知でゾンビを探り、討伐しながら一階づつ上がっていく。全部の階ではないものの、ゾンビはところどころにいるようだった。そして階層によっては普通に部屋の扉が開く階があるものの、ほとんどの階層の扉は鍵がかかっていた。


 扉を壊して入ったオフィスのゾンビを処分して、俺がヤマザキに聞く。


「ここも扉は破壊して入ったが、何故鍵穴が無いんだ?」


 するとヤマザキが言う。


「社員証をかざして開けるタイプのドアだからだよ」


「社員証?」


「電気が通っていると、このカードを扉にかざせば開くのさ」


 ヤマザキが、デスクの上に乗っているヒモのついたカードを拾って見せた。それには名前と写真が貼ってあり、見渡してみると他のデスクにもそれが置いてあった。


「働く人の数だけカードがあると言う事か?」


「そうだな。社内の情報を持っていかれないようにしたり、知らない人間が入って来れないようにするものさ」


「なるほど。このビルにゾンビが少ない理由はそれもあるだろうな」


「どういうことだ?」


「ゾンビに知恵はない。感染してしまえばカードをかざすなどしない。外に逃げてしまえば、ゾンビは追って来れなかったのだろう」


「なるほどな、そう言われてみるとそうか。って事はセキュリティーは上手く働いたって事になるか」


 恐らくゾンビ化したこいつらから逃げる時にドアが自動でロックされ、それ以上は追って行かなかったのだろう。


 タケルが倒れているゾンビを見て言う。


「こいつら恐らく残業とかで残った奴らなんだろうな」


「残業、時間外労働か?」


「お、そういうのも覚えたのか。そうだよ」


 それを聞いていたマナが言う。


「恐らく夜に働いていて、発症してしまったんだろうね」


「仕事中にゾンビになるとはな最悪だぜ」


 タケルの言葉に俺は少しの疑問があった。


「噛まれた奴らは、何故仕事なんかしてたんだ? 今にも死ぬかもしれないって時に、普通はそれどころじゃないはずだろう?」


 すると皆が顔を見合わせた。俺の疑問に何か心当たりがあるようだ。俺の問いに対してユリナが言う。


「あの、一回休まない?」


 するとヤマザキが答える。


「そうだな、各階層でゾンビを討伐しながら来たからな。皆も疲れたろう」


 それに対してタケルが異を唱えた。


「でも、ゾンビを殺してんのは全部ヒカルだぜ? おりゃそんなに疲れてねえけどな。それに今は十五階だし最上階は二十一階だろ? もうちょっとの辛抱だぜ?」


 タケルの言う通り、前世のパーティーならば一気に上り詰めていただろう。だが女達が恐怖に捉われて進むのを見ていると、かなり疲労が蓄積されている事が分かる。それだけ恐怖に縛られて動くというのは体に負担がかかるのだ。


「まあそういうなタケル。皆が皆、そうそうビッとはしていられないのさ」


「ヒカルが言うなら別にいいけどよ」


 ユミがタケルに言う。


「あんたみたいな単細胞とは違うの、私達はデリケートなのよ」


「へいへい」


「なら休むぞ」


「じゃあよ、二階下に自動販売機あったろ? そっから飲みもんを取って来ようぜ」


「それが良いだろう」


 俺が言うと、マナが周りを見渡しデスクから鞄を持って来た。そして中身を全てデスクの上にぶちまけ、空になったカバンを俺に渡してくる。


「これに入れてきたら?」


「わかった。なら今度こそ皆はここで待て。タケルとヤマザキは皆を頼む。俺が部屋を出たら、その机を寄せて扉を塞げばいい」


「わりいなヒカル」


「問題ない」


 そして俺がその部屋を出ていく。一つ上の階にもゾンビの気配はないので問題はないだろう。数秒で二階下に降り、さっき見つけた自動販売機にたどり着く。すぐバールで扉を斬って外した。


「よし」


 飲み物を鞄に詰め込んでいく。意外にも外の自動販売機より在庫があった。飲み物を詰め込んだ鞄を肩にぶら下げて、すぐに皆のいる部屋に戻った。


 コンコン! 


「戻ったぞ」


 中でズズズっと引きずるような音がして、ゆっくりと扉が開いた。


「すまん。机をどかすのに手間取った」


「問題ない」


 部屋に入り俺は皆の前に、鞄一杯に詰まった飲み物を置いた。


「適当に取ってくれ。水とスポーツ飲料とお茶を中心に持って来た」


「ヒカルもだいぶ分かって来たじゃねえか。こういう時はそう言う飲みもんが良いってよ」


「タケル。馬鹿にするな、ここまで何度もやってきたら俺でもそのくらい覚える」


「ま、俺は炭酸が良かったけどな、しかたねえから水でいいや」


 そのタケルを見て俺は笑った。


「何笑ってんだ?」


「そう言うと思ってな」


 俺はポケットからコーラを取り出してタケルの前に置いた。


「おお! ヒカル! わかってんねぇ!」


「もちろんだ」


 そして俺は反対のポケットからもう一本のコーラを出した。


「俺もこれにする」


「気が合うじゃねえかよ」


「これはエネルギーが補給できるんだ」


「エネルギーとか言っちゃって」


「タケル、いちいち驚くな」


「へいへい」


 タケルが蓋を開けたので俺も合わせて開ける。

 

 プシュッ


 甘くてこの刺激が良かった。何故か体がほぐれ、いい感じに動けるようになる。そんな気がしていた。俺は飲み物を取りに行く前に、聞こうと思っていた事をもう一度聞く。


「で、俺の質問だがもう一度聞いても良いか?」


「ああ」


「なぜ、ゾンビに噛まれながらも仕事なんてしてたんだ?」


 ヤマザキがバツが悪そうに答える。


「それは、日本人だからだよ」


「日本人だから? この国ではゾンビに噛まれても仕事をする決まりなのか?」


「違うんだ。もちろん休んでかまわない」


「ならなぜだ?」


「恐らくいろんな理由がある」


「どんな?」


「まず一番多かったのは、噛まれた事がバレて皆からそういう目で見られるのが嫌だった。だから隠すって人が当初は多かったんだ」


 言っている意味が分からなかった。隠す?


「命がかかっている場面で、人の目を気にするなんて事があるのか?」


 ‥‥‥‥‥


 少しの沈黙の後にヤマザキが答える。


「おかしいよな?」


「ああ」


「だが、それが日本人なんだよ。感染した事を隠す奴がいたんだ」


「そんな事をしたら…」


「そのとおりだ。感染が拡大してしまう。だが感染したのが恥ずかしいと思う人間がいっぱいいたんだよ。それを隠して人ごみに紛れてしまったんだ」


「そんな馬鹿な」


「ヒカルの言うとおり、そんな馬鹿なだよ。今となってはな」


 どう考えても意味が分からない。そんな事ゾンビを増やそうとしてやっているとしか思えない。


「あと」


 ヤマザキが続けた。


「なんだ?」


「仕事に穴があけられない。そんな考えの人もいた」


「仕事を休むと厳罰に処されるのか?」


「違うんだよ。なんていうか、周りに迷惑がかかるとか取引先に迷惑がかかるとか? あとはパワハラで休んだら後が怖いとかだな。上司の顔色をうかがって休むに休めない奴らがたくさんいた」


「その上司は感染を広げたいのか?」


「わからん。そこまで考えてなかったのかもしれん」


「不思議なものだな」


「あと会議の為に皆が集まり、そこで感染者が出て全滅したりとかもあった」


「そんな事で…」


「笑うだろう?」


 笑えはしないが、それでは感染をわざと広げているようなものだ。いったい日本人達は緊急事態に何をしていたのだろう? 


「誰も何もしなかったのか?」


「強制力がないからな。そんな事が増えて、会議や仕事をインターネットを通じてするようになったが、いろいろ後手後手に回ってな。病院に隔離病棟を作るのが遅れたり、人々の移動の制限をかけられなかったりしたんだ」


 そうか、聞いていて思ったが、ここまでゾンビが拡大したのは人のせいじゃないか? なぜそのような、国を揺るがす非常事態に仕事なんかしてるんだ? 隔離や移動制限どころの話じゃない。手遅れの発症者はどんどん駆除していかないと、あっという間に広がってしまう。


「俺の世界じゃ都市は高い壁に覆われていたんだよ。だからもちろんゾンビなんかが侵入する事はなかった。だがこの国の作りは、モンスターに対して守れる作りになっていない。その上に、噛まれた奴らが無制限にうろついたんじゃ世界は終わる。もしかしたら発症者も野放しか?」


「そうだ。この国の法律じゃ、感染者がゾンビになって動いてるのは生きた人間の暴動とみなした。だからゾンビを殺すという事が出来なかった。あふれかえってどうしようも無くなって、初めてゾンビを殺し始めたんだよ」


「なんということだ」


「人災だったんだよ。ゾンビという存在が架空のものであると思った事や、こんな拡大の仕方をするなんて想定外だったんだ。最初は各地で暴動が起きた、くらいの感覚でいたからな。皆が対岸の火事だったんだよ」


「だが、自分達のそばに広がって来たと」


「そう。その時に誰も対応できなかった」


 そう言う事か。前世と違うのは都市の作りだけでは無く、人々にそういう認識が無かったのだ。


 俺はヤマザキがここまで語れる理由が何かあると思い聞いてみる。


「でも、ヤマザキ達は生き延びたじゃないか」

 

 するとそれに対しユリナが言った。


「それは、山崎さんのおかげ。山崎さんはこうなる事を想定して、警鐘を鳴らしていたの。だから生き延びる事ができたのよ」


 するとヤマザキが謙遜して言う。


「いや、それは俺が市役所職員だからだよ。たまたまそういう仕事についていただけだ」


「でも、個人で調べて何をすべきか知っていたじゃない。そのおかげで空港の人達は助かっていたんだから」


 今度はタケルが言う。


「そうだよ。まさか今度は人間が脅威になるなんて誰も考えなかったからな。人が武装して人を襲ってくるとは思っていなかった」


 だがヤマザキが言った。


「いや、いずれはそんな事が起きる可能性はあったと考えていたさ。だがその対策をする前に食糧が尽きてしまったんだ」


「そうだったな…」


 今度はマナが話し出す。


「私もね、その他大勢の一人だったんだ。もしかしたら初期段階で噛まれてても、会社に行っていたかもしれないよ」


 それを聞いてミオが言う。


「私もそうだと思う。学校は休んだと思うけど、皆に嫌われたくないから黙っていたと思う」


 なるほど、それぞれに思い当たるふしがあるようだ。皆が気まずい顔をしている。タケルだけがなんとも思っていないような雰囲気だった。


「タケルはどうだったんだ?」


「うーん、おりゃ何でも反発したからな。会社にも反発、警察にも反発。だから世間で行われている事はおかしいって思ってた。そんなもん全く従わずに、生き残る術をただひたすら追い求めたって感じだったな」


「まあ、タケルらしいな」


「だけど、おりゃあよ、マナやミオみたいな子は普通だと思うぜ。女の子なんてそれで良いと思うけどな」


 するとヤマザキが言った。


「そうだな。そんな難しい事は、偉いおじさん達が考えるべきだった」


 全部を聞いて俺が思った事を言う。


「その世界には、その世界の決まりや慣例がある。前の世界にも、そこから逸脱するのを拒む人間はいた。ただ俺はとびっきり逸脱した人間だった。だけどそのおかげでこんなにも戦闘力が上がったんだ。皆に戦えとは言わないが、決まりに捉われずに正しいと思う事をすればいいだろう」


 するとユリナが笑う。


「ふふっ、そうだね。まあ私達も、こんな世界になってからは自分で生き残るために精一杯やって来た。これからもそうすればいいよね?」


「そう言う事だ」


 女達がうんうんと頷いている。そしてタケルが言った。


「さて一息ついた事だし! 上に登ろうぜ。いつまでもゆったりしてたんじゃ日が暮れる」


 ユミが答えた。


「そうね! いきましょ!」


 そして女達が立ち上がる。俺は皆に向かって言った。


「これからだ。これからやり直せばいい」


 すると皆が笑った。平和な世界に生きていた人間達には、ゾンビがいると言うだけでも負担になっている。それを少しでも軽減できればいい。


 俺達は再び上階に向かって登り始めるのだった。

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