第589話 集まる人々と地雷を踏むクレイトン
壊滅状態だったワシントンはセーフティーエリアとなり、米軍に助けられた市民が集まってきている。米軍は引き続き市民に協力を呼び掛けており、地獄のような死体の山を片付ける手伝いをする人も増えてきた。動く車は多くあるので、焼却場の公園には、あっというまにゾンビの死体が詰み上がっていく。
焼却場の前には大勢の軍隊と手伝うための市民が待っていて、遺品になりそうな物は外して箱に入れ、名前が分かる者は箱に名前と遺品を入れて行った。
クキが俺に言う。
「家族がいれば、渡してやるんだと」
「そうか。それはいいことだ」
「生きていればな。まあ日本でも似たような事はしてたが、意味はなさなかった」
そこにはオリバーと父親も来ており、運ばれる死体を悲しそうに見ていた。ルーサーの子供は既に保護されており、孤児たちが集まる施設へと連れていかれた。そしてグレイブ・クレイトンが言う。
「悲惨じゃな」
「そうだね父さん。これがアメリカだなんて信じられない」
「うむ。国内で戦争などは、南北戦争以来じゃろ」
「これだけの事をしでかして、奴らはどう弁明するつもりでしょうか」
「弁明などせんだろう。大統領も言っていたが、これは宣戦布告に等しいからのう」
「もはや、元の世界に戻すつもりはないという事ですか……」
「始まったのじゃよ、奴らの言う世界の粛清というものが」
「何の権利があって……」
「権利などもとよりないさ。やつらには、戦争を起こすだけの目的があるのだろう」
二人の話を聞きつつ、アビゲイルが懸念していることを考えている。敵が探している適合者の存在と、試験体やゾンビ化人間が入り込む危険性だ。
そしてクキが言う。
「これだけ救出者が運び込まれれば、適合者とやらは絶対にいるんじゃないのかねえ」
「破壊薬が効かない感染者か……」
「チャンピオンのルーサー・ブルースのようにな」
「奴らは、それを探してる……か」
「そう考えると、このセーフティーゾーンのカラクリを知れば、奴らは適合者を探しに来るかもしれん」
俺達がそんな話をしている側で、次々に感染者が運ばれ俺がゾンビ除去施術をしていた。オリバーと、俺達が話をしているとアビゲイルがやってきた。
「お疲れ様です博士。どんな様子ですか?」
「ええ、ミスター九鬼。ラインは安定してきました。こちらの様子は?」
「今のところは、ゾンビ因子の罹患者を治療するのみです」
アビゲイルが椅子に座ったので、クキがペットボトルをとって差し出す。
「回収してるようです」
「ありがとうございます」
アビゲイルはそれをごくりと飲み干して、少しトーンを落として言う。
「ちょっとした懸念があるのです」
「適合者と試験体の事ですかな」
「その前者です」
「適合者ですか」
「はい。ですが、それをアメリカ軍や大統領に伝えてしまうと……魔女狩りが始まります」
彼女は険しい顔になる。オリバーもグレイブもその深刻さを分かっているようだ。そして、グレイブが俺達に言う。
「その話、いつまでも隠し通せるわけではありますまい。大統領の側近らも馬鹿ではない」
「はい。グレイブさん。もし適合者が入り込めば、このゾンビ破壊薬のセーフティエリアでは見極める事が出来ません。ただ……」
「ただ……?」
「その周りにいる人が、体調不良を起こしたり、最悪は亡くなったりするでしょう」
ため息を吐きつつも、グレイブが聞き直す。
「博士。なぜそんな事が起きるのですかな?」
「ゾンビ因子を伝播させるんです」
「伝播? 感染とは違うのですかな?」
「違います。ゾンビは噛んで感染しますが、適合者のそれは、体液や汗などの飛沫や皮膚の接触だけでも伝播します。通常のゾンビ因子と違う為、症状が進むのが早いのです。適合者であれば、あのルーサー・キングのような超人になりますが、普通の人はゾンビ因子の影響で、体調不良を起こすか死に至ります」
「伝播するとは、そう言う事でしたか」
「はい。普通はゾンビになりますが、そうはならずに死ぬでしょう」
グレイブもオリバーも黙って何かを考えている。
そこでクキが言った。
「ま、いずれにせよ、異常値が出れば、軍は察知するだろうな」
「時間の問題かと」
オリバーが顔を上げて、俺に言った。
「前もって防ぐ事は?」
「流石に出来ないだろう」
「ラッキーボーイをもってしてもか?」
「いや……巡回していれば、人間じゃないものの気配は察知できるが、これ程の数が運び込まれているとなると、特定までに特殊なスキルを使わねばならん。いまは、ここでゾンビ因子の除去施術をやらなければならないから、ワシントンの広範囲でそのスキルを発動させるのは無理だ」
「集中してそれをやれば?」
「ある程度の短い時間で、特定できる」
「ここを離れねばならんと言う事か?」
「そう言う事だ……まて。だが……もう一人出来る奴がいる」
「それは?」
「ミオだ」
「彼女が……」
「ミオは戦闘力が無い。万が一があるからダメだ」
俺が言うと、オリバーもグレイブも頷く。そしてグレイブが言った。
「アメリカの事なのに、日本のお嬢ちゃんに命をかけさせるわけにはイカン」
「その通りだ父さん。アメリカの事は、本来アメリカでやらねばならない」
「だからこそ、日本人にはここに居てもらっているんじゃからな。大統領も、客人にそこまでさせるわけにはいかないと言っていたしのう」
俺とクキとアビゲイルが頷くが、そこに声がかかった。
「聞いたわ」
「ミオ……」
そこにはミオとミナミとタケルがいた。アビゲイルの休憩に合わせて、ここに休憩に来たらしい。それに対し、オリバーが首を振りながら言う。
「アメリカの事は、アメリカでやらねばね。聞き逃してくれ」
だがミオがニッコリ笑って言う。
「こんなに困ってる人がいるのに? それに、工場の薬品製造のほうは人手が足りて来たわ」
「しかし……」
「ヒカルが動けないなら、私がやるしかないじゃない。助けられる命があるなら、やらなくっちゃだめ」
そうミオが言った時だった。オリバーが突然涙を流し、グレイブも肩を震わせて泣き始める。
「なんと言う……心根の美しいお嬢さんだろう……」
「えっ? 泣かないでよ、お爺さん」
グレイブの背中をさすりながら、ミオが笑う。すると、オリバーが言った。
「ここまでやってもらって、回復の兆しが出るまで導いてくれて、あんたらは、なんでそこまで出来る」
するとミオが、また笑ながら言う。
「人類が滅びるかもしれないのに? 人が人を助けるのに理由がいるのかしら?」
ミオの言葉を聞き、二人はハッとして顔を上げる。
「なんだか、聞いた事がある……」
「たしか、国連本部の事件に現れた……」
「「正義の女帝」」
二人の声が揃った。するとタケルとミナミが笑って、ミオの顔が真っ赤になる。
「そうだ! 正義の女帝だ!」
「君がそうなのか!」
するとミオがブンブンと顔を横に振って、大きな声で答えた。
「違います! あんなのと一緒にしないでください!」
「そ、そうか。すまなんだ」
「そうだね父さん。他人の空似と言う事もあるもんだ」
「じゃな」
タケルがにやけながら、ミオに言った。
「じゃあ、俺とミナミが護衛に付くって事でどうだ?」
「あら、来てくれるの?」
「ヒカルが動けねえんじゃあ、それしかないだろう」
「心強いわ」
「やっぱ、正義の女帝には……」
スパン! とミオがタケルの頭をひっぱたいた。
「言ったら、殺すわ」
「わ、わーった! わかった!」
「じゃ、南お願いね」
「喜んで」
すると、その後ろからクロサキがやってきて言う。
「そう言う事なら、私もチームに入れてください」
「黒崎さん!」
「九鬼さんとシャーリーンさんは、軍の事に詳しいし、翼さんのように製造工程で異音を聞き分ける事も出来ない。大森君や愛菜さんみたいに、ITにも詳しくないし。それよりも、巡回は私の得意とするところよ」
「黒崎さんもお願いします」
「ええ」
するとグレイブが言う。
「丈夫な車を都合してもらうよう、大統領に話をつけよう」
「ありがと。お爺ちゃん」
グレイブが赤い顔をしてニコニコしていた。ミオのような若い子に優しくされるのが嬉しいのだろう。
「ミオ、タケル、ミナミ、クロサキ。絶対に無理はするな。見つけたら、直ぐに俺に伝えろ」
「「「「了解」」」」
そうして四人は話し合いを始めた。グレイブはすぐに、無線機を使って連絡を始める。しばらく話をして、四人に向かって言う。
「丈夫な車を用意してくれるそうじゃ」
「ありがとうございます」
グレイブとオリバーの二人は、ミオに対して気が緩むようだ。優しい顔で、にこにこと笑っている。
「こんな孫がいたらなあ」
「ひ孫でしょう、お父さん。私の孫ですよ」
「そうだ! うちにも将来有望な孫たちが、いくらかいたはずじゃ」
「そうですね! 父さん」
だが途端に、ミオのオーラがおかしくなってきた。なぜだろう?
すると、タケルが引きつった顔で言う。
「いやー、オリバーさん。ミオはだめだ」
「おや? 独身なんじゃろ?」
「いや、その。それはそうなんだけど」
次にグレイブは、ミナミに対して言った。
「そっちのお嬢さんはどうじゃ? 将来有望な、いいのがいるぞ」
だがタケルは更に慌てて言う。
「い、いや。こっちの子もだめだ」
なぜか、ミオもミナミもオリバー達の方を振り向かずにじっとしている。
「残念じゃのう。そっちは……まあそうじゃな」
クロサキを見て同じことは言わなかった。なんとなく不穏な空気になっており、そのうちオリバーとグレイブは気まずそうな顔で出て行ってしまった。
そこでクロサキがタケルに言った。
「地雷、踏んじゃいましたね」
「だなあ……まあ、そればっかりは俺も分からん」
俺が気が付くと、ミオとミナミが俺をじっと見ていた。何故だかわからないが、俺はタケルのように親指を上げて合図をする。すると二人は、ニッコリ笑ってまた話し合いを続けるのだった。
 




