第582話 殺人犯の腕を斬る女子大生
殺された獣医の死体を囲み、SPらが険しい顔をしていた。騒ぎを聞きつけた風を装い俺達が行くと、部屋に入るのを静止される。
「部屋に入らないでくれ。検証中だ」
俺達は、扉の外から中を覗き込んでいる。するとSPが言う。
「君達にも容疑がかかっている」
クキが答えた。
「そうか」
「とにかくみんな、部屋に戻るんだ」
「わかったよ」
そう促されて、俺達は元の場所に戻ってきた。クロサキがボソリと言う。
「犯人が、SPや補佐官全員であれば証拠隠滅されますね」
「なるほど」
「誰かに濡れ衣を着せるかもしれません」
そこで俺が言う。
「なら、狙われる最大の目標はアビゲイルになるだろう」
「そうですね。そして、ターゲットは、私達にも及ぶでしょう」
「その通りだな。ヒカル、どうやって殺されてた?」
「撲殺か、窒息だ。殴られて首を絞められたのかもしれん」
「そうか」
だがそこで、俺達は話し合う。むしろ、これは好機かもしれないと。
「俺やクキやタケルを狙おうとは思うまい」
「狙われるとしたら、女かエイブラハム、クレイトン親子も危険だろう」
「なら……」
俺達は、チラリと目線を一人に向けた。その先に居たのは、ミナミである。
「あたし?」
「そんな華奢な女が、あれほどの腕を持っているとは誰も思わんだろう」
「……オトリというわけね」
そこで俺が言う。
「もちろん、俺が気配感知でミナミを常に感知しておく。いまは、研究している人らを守らねばならん。俺は、どちらも守ることができるから安心しろ」
「わかったわ。で、なにをすればいいかな?」
クロサキが首を振る。
「いくらなんでも危険では? おとり捜査は熟練者でも危険です」
だがミナミが答える。
「えっと……大丈夫。相手の殺気を掴めるし、いざとなったら斬るわ。仕込み刀で」
と杖を見せた。
「そ、そうですね……普通の捜査官とはちがいますよね」
「まあ、そうかも」
そんな話をしているところに、補佐官の一人がやってきた。
「すみませんが、取り調べがありますので、順番にお呼びします」
そこで俺達がピクリとする。クキがそこではっきりと言った。
「えーっと、悪いが補佐官やSPに容疑者はいないのかい?」
「それも念頭に入れている。とにかく、殺人者を野放しには出来ない。一度、研究も中止してください」
なるほど、敵の目的はそんなところにあるのかもしれなかった。
「アメリカの救済が遅れるぜ」
「大統領の命令です。この国にいる以上は従ってください」
そこで俺が言う。
「念のため言っておくが、アビゲイルは重要な人間の一人だ。取り調べは俺が警護する」
「かまいません」
「そして、大統領に研究室の開け閉めの権限を一任する。誰も開けさせたくない」
「確認を取ります」
するとしばらくして、大統領とSPが一緒に来た。俺達の要求をのみ、大統領が研究施設をロックし、認証は本人で無ければ出来ないようにする。もちろん……オオモリを除いては。
「では、すまないが集まってほしい」
大統領に言われ、広い会議室のようなところに全員が呼ばれて座っていた。そして四人ずつ呼ばれて、事情聴取をされるらしかった。
「どうだ? ヒカル」
「今のところ目立った動きはない。それに、これに意味があるのか?」
「まあ、殺人者を野放しに出来ないというのは正当な理由だな」
「なるほど」
そしてアビゲイルが呼ばれた時、俺も一緒について行く。だがその先での取り調べは、一人一人らしく俺に部屋の前で待てと言った。
「アビゲイル。恐怖を感じるだけでいい、俺が突入する」
「信じてます」
そしてアビゲイルの取り調べが始まる。だがそれは、至って正当なものでアビゲイルが何かをされる事は無かった。アビゲイルが出て来て、俺はクキに警護をバトンタッチする。
「では、次はあんただ」
「わかった」
俺が中に入ると、早速二人から話を聞かれる。
「先ほどまでどこにいましたか?」
「皆と一緒に研究室だ」
すると二人が顔を合わせて頷いた。
「監視カメラには、あなたが映っています。間違いないようですね」
はて? 俺は、潜伏していなかった時間もあったと思うが……。
「結構です」
「ああ」
直ぐに解放される。アビゲイルも同じことを聞かれて、そのまま出されたようだ。
そこで初めて、俺とアビゲイルがオオモリを見た。
アビゲイルが目を輝かせて言う。
「やはり、彼は素晴らしい。ということは、全員のアリバイが確実ですね」
「……そういうことか」
案の定、全員が直ぐに解放された。そしてクキが、オオモリに言う。
「うまくやったな」
「朝飯前です」
「まて、なら現場の監視カメラの映像を取れるんじゃないのか?」
「それが……、敵さんも分ってるんでしょうね。あの部屋と通路の監視カメラ映像が切られてます」
「敵も、その道のプロって事か」
「そうなりますね」
一度研究はストップし、それぞれがあてがわれた部屋に行く事を命じられる。
「いまは、こんな事やってる場合じゃないのだがな」
「敵の思うつぼだ」
「そうだな」
「これが狙いか?」
「そうかもしれんな」
俺達も難航するかと思われた、犯人のあぶり出しだったが……その夜。
俺が気配感知を巡らせていると、待機を命ぜられているというのに動く気配があった。
「動いた」
すると俺と一緒にいた、アビゲイルが言う。
「南さんが危ないです」
「フフッ。俺は、敵に同情するがな」
そしてクキを呼ぶ。
「悪いが、アビゲイルの護衛についていてくれ」
「了解だ」
俺が隠形と認識阻害をかけて、ひたひたとミナミの部屋に向かうが……遅かった。相手が。
「血の匂い」
ミナミが一人でオトリになっていた部屋に入ると、両腕を斬り落とされた補佐官の一人が跪いていたのだった。
「ぎゃぁぁぁぁ」
「出血で死ぬ」
俺は補佐官に近づき、ローヒールを両腕にかけて皮膚を回復させた。血が止まったが、補佐官は真っ青な顔で斬り落とされた自分の腕を見ていた。
「ごめんなさい。変な棒でいきなり殴りかかって来たから、悪い手を斬り落としちゃったわ」
「ぐう。こ、こんな小娘が、なぜそんな」
「あなた、ご存知? チャンバラ、ジャパニーズチャンバラ。あたし大好きなの」
「好き……でこんな事……」
そして俺が、スッと壁にかかってる受話器を取る。
「スマンが揉め事だ。誰か来てくれ」
そうしていると次々に、大統領の補佐官やSP達が入って来る。跪いて手を無くした男と、俺達をみてSPが俺達に銃を構えた。
「手を上げろ!」
「まて。そいつが、女を襲った」
「この状況でか?」
だが、そこにオオモリがやって来る。
「あのー……」
「なんだ!」
「この部屋と、通路の監視カメラの映像を見ればわかるんじゃないですか?」
「たしかに」
すると跪いている男が、真っ青な顔で笑う。
「そうだ。それで、証拠が無ければどうする! お前達は殺人未遂だ」
確かにその通りだ。下手をすれば犯人にされる。だが、オオモリが言う。
「いやいや。とにかく、確認しに行きましょうよ!」
そうして俺達は手を上げて、監視室迄つれてこられた。
腕の無い顔色の悪い男が、憎悪のこもった目をミナミに向けている。
「証拠がなければ、お前達が犯人だ」
そうして、管理者に大統領補佐官が言う。
「映してくれ」
するとミナミが一人で座っている映像と、その通路の映像が映し出された。そこに腕を斬られた補佐官がきて、部屋に侵入し警棒のようなものを振りかざして、襲い掛かるところがはっきり映っていた。
「馬鹿な! カメラは切ったはず!」
その次の瞬間、映像ではミナミが何もしていないのに、腕が落ちる映像が流れた。レベル十以上のミナミが見せる、居合切りだった。
ミナミが突然震えて、ほかの補佐官たちに言う。
「わたし、怖かったんですぅ! いきなり殴られそうになって。でも、急に腕が取れて……、神様が守ってくださったとハッキリわかりました。怖かったですけど」
華奢なミナミが震えていると、男達はようやく事の真相がわかったらしい。もちろん演技だが。
「貴様……裏切者だったのか」
「くそ! せっかくこの場所を突き止めたのに!」
「こっちへ来い!」
だが、その次の瞬間だった、一番後ろにいた銃を持ったSPが銃を構えている。
「手を上げろ! そいつをこっちによこせ!」
どうやら、仲間はもう一人いたらしい。銃を構えていなかった奴らが、銃に手をかけようとした時。
パン!
一人が足を撃たれて倒れる。
「動くなと言ったろう!」
そこで大統領補佐官が言う。
「馬鹿な。この施設からは逃げられんぞ」
「くそが、皆殺しだ!」
ボトボト。
「えっ?」
叫ぶそいつの両腕が、また突然落ちた。他の奴らには見えていなかったと思うが、距離が近かったミナミが居合で斬ったのだ。
「うぎゃあアアアアア!」
「取り押さえろ!」
そうしてそいつも取り押さえられる。そこで、俺が言った。
「止血する」
直ぐにそいつのところに跪いてヒールをかけた。それを見て、補佐官やSP達が目を丸くしている。
「な、なんだそれは」
「ローヒールだ」
「か、神の御業か……?」
「とにかく、こいつらを取り調べた方が良い」
「あ、ああ! そうだな、二人を監禁室へ連れていけ!」
そいつらは猿轡をかけられて、SP達に連れられて部屋を出て行った。
「撃たれた奴を治す!」
「す、すまない」
足の傷が癒えるのを、不思議な顔で見ていた大統領補佐官が、俺達に向かって礼を言う。
「危なかった。礼を言う」
「いや、早く取り調べを、他に仲間がいないかを確かめるんだ」
「そうだな。わかった」
そうして男二人を連れて、補佐官たちが出て行く。
「あー、こわかったー! ヒカルー! 助けに来てくれたんだね」
「あ、ああ……」
いや、俺の助けが必用だったろうか?
だがミナミは俺の腕にしがみつき、頭を凭れてニッコリと微笑むのだった。




