第581話 殺人現場の第一発見者
俺達は四六時中警戒を怠らぬようにし、中に入り込んでいる虫を探す事にした。クキとクロサキの見解では、ほぼスパイがいるのは間違いないという結論に至る。それがどこの関係者かは分らないが、どこかで動くだろうと予測した。
「じゃあ、行って来る」
「了解だ」
誰にも気づかれずに動けるのは、認識阻害と隠形を使える俺だけ。皆は、怪しまれないように普段通りに動き、俺が自由に施設のあちこちをさまよった。こっそり通路を歩いていると、対面から二人の人が歩いて来る。俺はスッと天井に張り付き、スマホを構えて、情報をオオモリにながす。
「かなり厳しい状態だな」
「そうね、一部の軍は機能していないみたいだし」
「パンデミックの規模からしても、軍隊じゃさばききれないんだろ」
「まったく、ファーマー社は厄介な事をしてくれるわ」
「それでも、俺達が生きられているのは奇跡だ。ここから何とかするしかない」
「そうなるわね」
俺には気づかずに過ぎ去っていく。嘘はついてはいないようで、話の内容からしてもファーマー社とは関係ないだろう。俺は通路におりて、また彷徨い始めた。すると、休憩室のようなところに数人が集まっているのを見つけた。すかさずスマホを構えて、オオモリに情報を流した。
「まさか、全滅って事はないよな」
「そう願うがな」
「大統領も頭を抱えていたわ」
「そりゃ、そうなるだろ」
「軍が機能しないんじゃねえ」
その声を聴いていたがおかしなところはない。そのまま会話を聞いていても、皆が不安がっているだけで、地上に出れるのかどうかを心配しているようだ。
俺がそこを離れて管制室に行くと、大統領と補佐官、そして他の数人がアメリカの状況を探っているところだった。有力な情報を探して、糸口を見つけようとしているのだろう。
「……全員じゃない」
大統領の周りにいた補佐官、SPと呼ばれた警護、人数が一人足りなかった。だが、人数だけで、俺の記憶でも特定する事が出来ない。だからといって、そいつがスパイだとも限らなかった。もしかしたら休んでいるのか、トイレで席を外しているのかもしれない。
そして少し待っていると、もう一人が戻ってきてまた席に着く。それも全て撮影し、そしてまた動く。
「……次に行ってみるか」
他は、みなそれぞれの休憩室に居て横になっていた。今のところは全員が怪しい動きをしていない。
ぐるりと巡回を終えて、俺は速やかにみんなの元に戻る。
「どうだった?」
「今のところはわからん」
「こちらでも映像を見ていましたが、不審な点はなさそうでしたね」
「話をしてもいいのか?」
するとクキが言う。
「盗聴器やマイクは全て見つけた」
「そうか」
俺が送った動画を見て、クロサキとクキが話合っている。
「警戒してますね」
「そうだろうな」
「大統領か、補佐官か、エスピーか、それとも反対に専門家たちが警戒しているのか分りません」
「まあ、直ぐにばれたら、吊るし上げられるだろうからな」
俺が聞く。
「スパイも、様子を伺っているという事か?」
「そうだろうな。いずれにせよ、ここに来てしまえば、外との連絡方法は限られている」
「そのようですヒカルさん。大統領の権限無くしては、勝手に連絡が取れないようです」
「そうか」
「あとは、どうするか」
「私達も、あちらに混ざって話をするようにした方がいいでしょうね」
「じゃあ、この休憩所に行って見るか」
「そうしましょう。自然な感じに」
そして俺とクキとクロサキ、そしてシャーリーンも一緒に行って見る事になった。休憩所に行ってみれば、さっきより人数が減り、男女二人になっている。
「あ、どうも」
「あ。これはこれは、日本人の皆さん」
「飲み物はありますかね」
「ええ、どうぞ」
そして俺達はその人らに混ざり、飲み物をもらって話を始める。
「あなた方は、何の専門家なんです?」
「疫病対策室と……」
「俺は獣医ですよ」
「そうなんですね」
「あなた方は、ジエイタイ?」
「そうです。日本の自衛隊」
「随分と、若い女の子がいるんですね」
そこでクキが言う。
「それでも、優秀な隊員だ」
「そうですよね。生き延びて来られたんですもんね」
話した様子は怯えている訳でも、不安を感じているわけでもなさそうだ。そしてクロサキが言う。
「しかし、ファーマー社は酷いですね」
「ええ。一体何を考えているのか」
「本当ですよね」
すると疫病対策室の女が言う。
「日本は気の毒です。それが、我が国の会社が引き起こした事だとは」
「それは……もう、アメリカも同じでしょう」
「そうですね。日本の話を詳しく聞かせていただいても?」
そしてクキとクロサキが、事細かく日本の経緯を伝えていく。それをきいて、二人が青ざめて来た。
「そんなことに……」
「アメリカの状態は、パンデミックが起きる直前の日本にそっくりです」
「壊滅……してしまう」
「と、思います。このままでは」
「許せんな!」
「まったくだわ!」
なるほど、本気で言っているようだ。この二人は違うと見ていいだろう。クキが俺に目配せをするので、軽く首をゆっくりふる。
「いやあ、お邪魔した! コーヒーをありがとう」
「ええ。ここは自由に使っていいらしいわ」
「そうさせていただこう」
そして俺達はその場を後にする。
「地道な捜査が必要ですね」
「そのようだ。まあ後はヒカルが探るかだな」
「続けよう」
そして俺達が、薬品開発室に行くとそこに人が数人集まっていた。どうやら、どんな薬を作るのかが気になっているらしい。
「あ、ヒカル」
ミオが来る。
「何をしている」
「薬の事が知りたいとの事で、何人かが見学にきたのよ」
「そうか」
アビゲイルもエイブラハムも集中しているので、説明はマナがしていた。だが、もちろんマナも必要以上に話してはいない。そして、話を聞いていた奴らは戻って行った。俺達も、まだ引き続き調べようと言う事になる。
だが、問題はその夜に起きた。
「いつのまに……」
認識阻害と隠形で忍んでいるところで、人の死体を見つけてしまったのだった。しかも、休憩所で話した獣医の男が死んでいた。俺はその映像を撮り、直ぐにみんなの元に戻る。
「とうとう、何かがおきましたね」
クロサキが言う。
「悲鳴やその音は聞こえなかった」
「たまたま、ヒカルさんがいないときにやったのでしょう」
「大統領に伝えるか?」
するとクキが言う。
「いや、第一発見者は俺達じゃない方が良い」
だがそうしているうちに、直ぐに人がやってきた。
「人が殺された!」
「なに!」
そして俺達は白々しく、その現場に向かうのだった。




