第571話 揺れるアメリカ市民と食糧問題
まずは俺達が、そこにいる人達に、なぜこんな事になっているのかを説明する必要が出てきた。そこで、これまで俺達が見て来た事を全て話したが、信じる人間は半分半分というところ。
そこにいる一人が言う。
「そんなものは陰謀論だろう。国務長官や医療局が、ファーマー社とグルだなんて」
それに俺が首をひねって言う。
「本当の事なのだが……」
すると他の女が言った。
「あれは、デマでしょ。デマだから信じるなと、テレビでも言っていたわ」
「いや……なら、今のこの現実は何だ」
「それは、病原菌の仕業に決まってるわ。だから、それが蔓延してこうなったの」
「いや……病原菌ではない。これは……」
そこでアビゲイルがフォローを入れてくれる。
「生物兵器です。紛れもなくファーマー社が開発したものです。それに、私は……」
それに対して、ミオが静かに言う。
「博士も、そこまでで……」
「でも」
念のため俺達の正体を、ここにいる人には伝えていない。そして、ある男が続けて言う。
「しかも、GOD社まで……あの巨大IT企業まで絡んでるなんて、信じられないな」
今度はオオモリが言う。
「本当です。ナノマシンを開発して、それもゾンビ細胞と融合させてます」
「ナノマシン? そんな物があり得るのか? そんな未来的な物が」
「いや、それと融合している者がいてですね……」
「ありえん」
そこで、もう一度俺が言う。
「ここにいる皆も死んだ者や、ゾンビを見たんだろう。あり得ないという答えはないだろう」
「いいやデマだよ。それにあれは暴動だ。ゾンビだと思ってる、集団ヒステリーだろ」
だが、それに他の奴が言う。
「いやいや。真実だろう、いくらなんでもこんなに証拠がそろってちゃあな」
「証拠? 暴動が起きただけでか?」
違う女が言う。
「いいえ。あれはゾンビだわ、絶対に死んでる状態で動いてた」
「バカバカしい」
「むしろ、この状況で信じない方が、どうかしているわ」
「なんだと?」
「これが起きる前は、大多数があなたのような考えだった。でも、流石にこれは違うでしょ」
「映画の見すぎなんだよ」
「うそでしょ、あれは映画なんかじゃない」
ピリピリしたムードになってきた時、ドアからオリバーが入って来た。
「いやいや。皆さん……いろいろな考えがあると思います。一概に、どれが真実と決められない事もあるでしょうな。だけど、一つ言えるのは、こちらのミスター九鬼は日本の自衛隊だ」
それを聞いて一同がざわついた。
「日本は病気が蔓延して壊滅したはずだ」
そこでクキが言う。
「ああ。この状況と同じだよ。五年からそこらで、壊滅するだろう。十年は持たないはずだ」
「アメリカが……滅ぶ?」
「アメリカだけ、で済めばいいがな」
「……」
オリバーが場を取り持つ。
「まあ、終わりにしよう。今は、そんな話をしている場合ではない。いま、父がなんとか無線で連絡を取ろうとしているが、米軍の周波数にも何にも引っかからない」
「だめか……」
「ああ、ミスター九鬼。最初の案でやるしかあるまい」
そこで一同は、いったん静かになった。いまはそれが頼みの綱で、皆は早くこの騒ぎが収束して帰る事を望んでいるのだ。だが、直ぐに帰れるようにはならない事は、俺達は知っている。
「国防総省に行くか。その前に、どこかの施設なり軍隊なりから連絡をしないと」
「やはり、あんたの父親を連れて、ゾンビを突破するしかあるまい」
「まあ、ラッキーボーイがいるなら可能だろう。だがその前に、大きな問題がある」
そこで俺が答える。
「問題とはなんだ?」
「この湾に逃げてきた船たち。そう遠くない時間で、食料と水が尽きる」
「なるほど」
「そこでだ、ブロック島という島があるんだ。そこと無線で連絡が付いたのだが、そこにはゾンビが発生していないらしい。だが、外からゾンビが入るのを恐れて、自警団と警察が協力して閉鎖している」
「そこに行きたいと?」
「そうだが、自警団は武装をしているんだ」
「わかった。なら、そこに船を回せ」
「ラッキーボーイ。いいのかい?」
「いいもなにも、それしかないだろう」
「わかった。ならば、直ぐに周辺の船にも伝えよう」
「そうしてくれ」
オリバーがその部屋を出て行き、振り向けば残った人らが二手に分かれているようだ。どうやら先ほどの話し合いの結果、割れてしまったらしい。
とりあえず俺達も、ブロック島に向かう為の準備のために部屋を出た。他の残りのメンバーが待つ部屋に行くと、待ちくたびれたようにタケルが言う。
「話し、終わったんか」
「まあ、平行線だ」
「そうかい」
「それよりも、ブロック島という所に、この船団を連れて行くそうだ」
「なんでだ」
「食料と水が枯れるらしい」
「なるほどな」
ここにいる皆は、日本でもっと過酷な状況を経験しているため、そう言われたところで当然だろうという顔をしている。そう、これからアメリカは、日本のようになってしまう可能性があるのだ。
そしてミナミが言う。
「いやだわ。また、人と人が争うの」
ツバサも残念そうな顔をする。
「ああ、なっちゃうのかな。日本みたいに」
マナも悔しそうに答える。
「残念よね」
なるほど。彼女らは、経験者だけあって、これから何が起きるのかを知っているようだ。俺が来た時は既に壊滅していたが、崩壊していく様は見ていない。だが、彼女らはその渦中にいて、食い止める事すらできなかったと悔やんでいた事もある。
そこでミオが言う。
「さっきもね、人々が割れてわ」
「割れてた?」
「デマだって言う人達と、私達の言う事が本当だという人達」
「はあ……それか。残念ね」
オオモリも不満そうに言う。
「あるあるですね」
その話は俺も日本で散々聞かされた。日本人もほとんどがデマや、陰謀論として片付けていたらしい。人が死んでも、ゾンビが出ても信じられなかったらしいのだ。その結果、壊滅という現実が訪れた。
「実際に見ても、信じないってのはなんなんだろうね」
「プライドなのか……周りの意見に流されてるのか。それとも、怖いのか?」
「怖い?」
「自分がゾンビになるかもしれない、という事実から目を逸らしてる」
「受け入れられないと……」
「ええ」
だが女達が俺を見た。そして、ミオが言う。
「もう、この船の人達がゾンビになる事は無いのにね」
「ヒカルが施術を施したんだもんね」
「そんなこと、余計に信じないかもね」
そこで俺が言う。
「仕方がないさ。俺だって、魔王だと思っていた者が星の核だった。実際に戦うまでは、疑いもせずに戦っていたんだからな」
「そうか……」
そしてそこに、オリバーとその父親が入って来た。どうやら周辺の船に連絡をして、ブロック島に行く事を伝えたそうだ。
「では皆さん、ブロック島へいきましょう」
「そうしよう」
ニューヨーク沿岸にいる船団が、ブロック島に向けて動き出すのだった。




