第562話 人間によって綻びかけた世界
俺とクロサキが手に入れた麻薬売人のスマートフォンを、オオモリに渡し内容を確認してもらう。オオモリがパソコンに繋いで調べている間に、他の皆はファーマー社やGOD社の動きを確認していた。
「こうしている間にも、奴らは着々と事を進めてるんだろう」
クキが腕組みをしながら、ディスプレイを眺めて言う。するとタケルが、テーブルに置いてあったハンバーガーにかぶりつき明るく言った。
「冷凍でもなかなかイケるな、こりゃ」
「すまんね。店が全て閉まっているからね、冷凍しかない」
「十分だよ。ロックダウンで店は閉まってるだろうしね。でも、人の出てるところもあったんだろ?」
それにクロサキが答える。
「ダウンタウンですね。貧民や路上生活者は行く場所が無いですから」
「ゾンビが出てたら、ひとたまりも無かったな」
「ヒカルさんと二人で、ゾンビ破壊薬は散布してきました」
タケルがもう一口、ハンバーガーを食べながらオリバーに聞く。
「オリバーさんの方には、ラスベガスの情報は入ってねえのか?」
「すまんが、こちらには、まだだね……」
テレビのニュースやインターネット関連では、ラスベガスの情報は見れなくなっているようだった。
「情報が入って来ねえか……」
「報道管制が入っているようだ。なんとか、情報網を使って調べているが、シアトルも完全封鎖されてしまったようだしね」
「実際に見に行きたくても、エンハンサーXやファーマー社の影がチラついちゃ動けねえ」
「もう少し待つしかない。7Gの技術はミスター大森でも、おいそれとはイカンのだろう」
オオモリが麻薬売人のスマートフォンを解析し、答えが出たようだ。
「どうだ? オオモリ」
「疑わしい番号がいっぱいありますね」
するとソファーに座っていたオリバーが、慌てて身を乗り出して聞いて来る。
「そのリストは見せてもらえるかな」
「これです」
オオモリがパソコンをくるりと回し、エンハンサーXを売ったであろう人間と、売った先の人間らしき名前を見せた。
「おお!」
「ネットで調べた限りですが、表の左に並ぶ数人がギャングか麻薬の売人、右側の列にずらりと並ぶのが、スポーツ選手や著名人の事務所などです」
渋い顔でオリバーが眺め、その後ろに立っていたボディーガードにも見るように言う。
「知った顔はあるか?」
するとボディーガードが、一人の名前を指さした。
「これは、恐らく麻薬カルテルの一員ですね。FBI時代に顔を見たことがあります」
「ビンゴじゃな」
「ええ」
そしてオリバーはすぐに、家の電話をとってどこかに電話をし始める。皆はメールなどでやりとりをするが、オリバーは俺と同じで通話が連絡の手段らしい。
通話をスピーカーにして繋げようとするが、相手側は電話に出なかった。
「ふむ。忙しいのかもしれん」
そしてオオモリが言う。
「すいません。僕は一旦7G回線の解析に入ります」
「そうしてくれ」
そう言ってオオモリは、部屋の隅に設置した大きめのパソコンに座りパチパチと始める。そして今度は、クロサキがボディーガードに尋ねた。
「FBI捜査官だったのですか?」
「ああ」
「私は日本の、特別機動捜査隊にいました」
「おお、ある意味同業でしたか。国は違えども、今はこうしてゾンビ対策を一緒にしている」
「ふふっ。そうですね、それでこの名前の人は?」
パソコンの名前を指さすと、ボディーガードはキーボードを叩いて、麻薬カルテルの情報を開いた。
「この組織の一員です。麻薬捜査官がこの組織を追っているのを見た」
「捕まってないんですね?」
「組織は大きいからね。コイツだけ捕まえたところで、どうしようもない」
「根こそぎやろうとしている訳ですね?
「そうだったと思う」
クロサキは元々潜入捜査官だったため、そちらの事情にも明るいのだろう。そして話を続けようとした時、オリバーの電話が鳴ったので、皆が静かに息をひそめる。
「クレイトンだ」
「ああ、クレイトン君」
「これは将軍。何かありましたか?」
「ラスベガスへの、核弾頭の攻撃は取り消されたよ。今は、シアトルにいる軍が手こずっていてね」
「本当ですか。それはなぜ?」
「リビングデッドが一斉に行動を停止したんだよ。何故だかわからんが、それによって軍が救出活動を再開させた」
「それは良かった」
「君は何か知ってるのかね?」
一瞬、俺達に緊張が走る。オリバーはどう答えるのか、それ次第ではここに居られなくなる。
「いや。分るはずもありませんな。そもそも、リビングデッドなど映画の世界じゃあるまいし。半信半疑で話を聞いておりましたよ」
「それなら、忠告だ。シアトルに行ってはならない」
「予定もありませんね」
「そうか、まだ騒ぎは収まっておらん。ロックダウンはしばらく続くが、そろそろ軍が食料の支給に入るだろう。食料は足りているかね?」
「あいにく、備蓄がありましてね」
「なるほど……やはり、君は鼻が良い」
「いやいや」
「では、何かあればまた連絡してくれ」
「ええ」
そう言って電話を切る。目当てのFBIでは無かったものの、俺達は一斉に歓声を上げた。
「やったぁぁぁ!」
「ルーサーはうまくやったようだな!」
「これで、わずかに残った生存者にも希望が出るわね」
タケルが咄嗟に部屋を出て行って、直ぐに子供を連れてきた。
「おい! お前のパパ! やったぞ! ラスベガスを救ったんだぞ」
「ほ、本当に!」
「ああ! ミサイルを撃ち込まれずに済んだそうだ」
「パパが?」
「ああ。多くの人間を助けたんだ。おまえのパパが」
すると、ずっと悲しそうな顔をしていた子供が、始めて笑顔を浮かべた。
そして俺が、子供の頭を撫でて言う。
「お前の父親は勇者だ。あの恐ろしい化物と軍隊を掻い潜り、目的を成し遂げた。強い男だ」
「うん!」
死にかけていた、子供の心に火が付いた。そしてタケルが言う。
「お前もハンバーガー食えよ」
「うん!」
ずっと食べ物を拒否していたが、ようやくハンバーガーを手に取ってぱくつく。
「どうだ?」
「おいしい」
「そっかそっか」
そんな話をしていると、またオリバーの電話が鳴り響く。それを見て、みんなに言った。
「今度はFBIだ」
スマートフォンを繋げた。
「クレイトンだ」
「何か用だったか?」
「あんたらが追ってる、ハーレム・キングピンの事なんだが」
「情報かい?」
「ちょっと電話を変わろう」
そしてボディーガードが話を始めた。
「どうも」
「久しいな」
「まあ、今はオリバーさんの下でやってます」
「君ほどの優秀な捜査官を引き抜くとは、オリバーめ」
「ははは。それで、先ほどの話なのですが」
「ハーレム・キングピンの?」
「ケイレブ・ハーパーを知ってますか?」
「……ケイレブ・ブレイド・ハーパーかい? もちろんだ」
「恐らく、奴はロサンゼルスに潜伏しているかと」
「なに!?」
「新しい麻薬を売りさばいている、という情報が入りましてね」
「なんだと……」
電話の向こうの緊張感が高まっているのが分かる。そして、詳細を聞き始めた。そこでボディガードは、俺とクロサキから聞いた、ダウンタウンのスキッドロウにいる麻薬の売人が、その情報を持っていたようだと言う話をする。
そしてオリバーが変わる。
「テレフォンナンバーと、その売人がいた場所の地図を送るよ」
「わかった。また何かの情報を掴んだ場合は、直ぐにこちらに教えてくれ」
「ああ」
そして電話を切り、オリバーは俺達を見る。
「すぐ動くかどうかは分からん。だが捜査の一環として、捜査員を送るかもしれんがな」
「それでもいいさ」
「そして、FBIや警察にも、腐っている者はいるかもしれん。全てを信用するわけにもいかんだろう」
「だが、何らかの動きがでれば、今までの騒ぎと繋がる可能性だってあるはずだ)
「ラッキーボーイのいう通りだな。とにかく、今は協力者にどれだけ根回しできるか、奴らを追い詰めるのはそれしかない」
そこでクキが言う。
「本丸さえ見つけられれば、俺達で壊滅させられるんだがな」
「それも、FBIの仕事だ。動きがあれば、こちらにも情報は流れて来るだろう」
「他にも知り合いがいるんですか?」
「大勢な」
皆が頷き、俺達はこれまでの動きとは違う事を実感していた。
シャーリーンが言う。
「クレイトン家がこれだけ影響力があるとは、存じ上げませんでした」
「古い家柄だからね。何世代も前、アメリカ建国の前から暗躍していたと父親から聞いた事がある」
「それでも、敵と味方の判別がむずかしいのですね」
「ファーマーもGODも、それほど強大だと言う事だ。まあ、莫大な富を武器にしている」
金。それは、前世でも大きく力を振るった。金を持っている者は、弱者に対して強く物を言えるし、さらに搾取し続けることができる。どうやらこの世界は、それ以上に金がものを言う世界らしかった。
ミオが言う。
「お金の為に、大量に人を殺すなんてクズも良いとこだわ」
「そのとおり。だがね、やはり戦争につながるものは、いつの世も金になるんだよ」
「軍需産業ならいざ知らず、製薬会社と巨大IT企業がそれに絡むなんて」
「時代……なのかもしれんな。だが、その陰には必ず何かいるだろう」
「なんです?」
「分からない。だが、こんな大それたことができるのは、奴らだけの話ではない」
「と、いいますと?」
「世界中の富豪や、陰で世界を操って来た者たち、他にも関連している企業はあるだろう」
それを聞いて俺がオリバーに聞く。
「オリバー。この世界は……もう、壊れているのか?」
「壊れている……そうだね。もう何十年も前に、壊れてしまってたのかもしれない」
その話がそうなら、前世のように魔王を倒せば平和になるなどという、単純な物じゃ無いという事だ。
「俺達は……完全な世界を相手にしているということだな」
「そういうことだ」
なるほど……俺は、既にほころび始めた世界に送り込まれていたのか。前世で世界を滅ぼしかけたが、あれは人間達の浅はかな考えによるものだった。そしてこの世界もまた、人間によって滅ぼされかけている。俺は、自分の宿命の奇妙さに苦笑いしてしまう。
あの、魔王だと思っていた、世界の核は……俺に何をさせようとしているのか。
まるで試されているかのような、全ての出来事に、意味など無いのかもしれない。だが俺がこの世界に送り込まれたのは、なにかの意味があるのかもしれないと思うのだった。




