第554話 ナノマシンの追跡を遮断せよ
一緒に消防署に入っていくと、消防隊員たちがボクサーを見て驚いている。そして、署員の一人がボクサーに声をかけて来た。
「えっ! なんっ! チャンプ!」
それを聞いてボクサーが答える。
「昔の話だ」
「なんだってこんな所に? サプライズかなんかかい?」
「そういうわけでは……」
「おい! ルーサーだ! あの! ルーサー・ブルースが来たぞ!」
そしてぞろぞろと、消防隊員が集まった。どうやらこのボクサーは、ルーサーというらしい。
「ま、まあ。そんな騒ぎにするつもりはないんだが」
すると、消防隊員達がワイワイと話を始めた。
「もう、引退かと思ったけど、劇的な復活劇! 皆が興奮したんだぜ」
「まあ……ありがとう」
本当は喜ぶところなのだろうが、ルーサーは素直に喜んでいない。少し表情が暗くなるのを、消防隊員たちは感じたらしい。
「ありゃ。不幸な事故だろ。気にしてるのか?」
もちろん、試合で相手の首が折れて死んだことを言っている。あれは事故だと思ってるらしい。
「まあ……な」
「ありゃ、見事に入っちまったからな。次の試合も決まってるのかい?」
そしてルーサーは、首を振って消防隊員に言った。
「そんなことよりも、ベガスが大変な事になっているんだ」
「あ、暴動が起きてるんだって? ニュースでずっとその話題だ。ベガスから人が流れて来なくなってしまったしな」
「そうだ。俺達は、そこから逃げて来たところだ」
「テレビでやってたがそんなにひどいのかい?」
「そうだ」
「ここまで来るだろうか?」
「米軍が閉鎖をしているからな、それを越えて来るかどうかはわからん。だが俺は、妻をあそこに残して来てしまったんだ。何とか救出しに行きたいんだが」
「軍に任せた方がよくないかい? 相当、危険なようだが」
「いや、軍も混乱していて多分救出が遅れる。あちこちに爆弾が仕掛けられて、テロが行われているようなんだ。その前に妻が死んでしまう」
もちろん既に死んでいるのだが、ルーサーは嘘をつき通していた。
「テロ……そいつはヤバイな」
そこで、ライブ動画をスマホで見ながら消防隊員が言う。
「あっ! また爆発した!」
多分それは……米軍の攻撃だろう。だがそれを見て、ルーサーが嘘をつく。
「そうだ。爆弾が仕掛けられているんだ」
「そんなところに、行くってのか……」
やはりラスベガスの状況は、動画で見ても酷いことになっているのが分かる。そこに戻るという、ボクサーの言葉を聞いて消防隊員たちがざわざわしていた。
「そっちの二人は?」
唐突に俺達に質問が来た。
「俺達も逃げてきた。だが、どうしても行くと言ってきかないからな。一緒に戻る事にした」
「そうそう! あんな爆弾だらけのベガスに一人で行くなんてよ! 自殺行為だぜ。だから俺達もな」
すると消防隊員たちが話し合いを始め、一人の隊員がルーサーに言う。
「爆弾処理の防弾服があるんですが、それを着て行ってください!」
するとルーサーはすぐに消防隊員の手を握る。
「そうか! 貸してくれるか! これで妻を助けに行ける!」
すぐさま防弾服が用意され、消防隊員の協力のもとで装着された。あっという間に、ルーサーが完全防備の状態になる。
「これで少しは何とかなるかもしれない」
「ありがとう! この事は一生忘れないよ」
「頑張ってくれ! チャンプ! 俺達はあんたを応援する!」
「早速行って来る!」
すると消防団員の奴らが言う。
「次の試合も楽しみにしてるぜ!」
「あんな事故は気にすんな!」
「頑張ってくれよ! 奥さんを助けてやれ!」
消防署員に見送られつつ、タケルが言う。
「マジでうまくいきやがった。元、チャンピオンは伊達じゃねえ」
するとルーサーの息子が嬉しそうに言う。
「そうだよ! パパは凄いんだ!」
「ああ。おまえの父ちゃんはチャンプだったんだな」
「そうだよ」
そして俺が言う。
「後はアルミとやらだが」
「んじゃ、ホームセンター行くか」
そして俺達は、その街のホームセンターに行って、防火用のマットを買った。
「これをガムテで巻き付けるぜ」
「よし」
そして防弾服の上に、アルミの防火用マットを巻き付けていく。もう、銀色の不思議な人型の人形のようにしか見えない。
「パパ! ロボットみたい!」
「そうか?」
「カッコイイ」
そしてタケルが苦笑いして言う。
「シュールだけど、これで電波を遮断できるはずだぜ」
「行こう」
タケルがバイクに乗り、その後ろに座る銀の甲冑を着たルーサーを縛り付ける。目立つが、きっとこれで敵からは追われる事はないだろう。
「パパ! カッコイイ!」
何故か子供だけテンションが上がっている。そしてタケルがキラキラ光る人を乗せて、俺の前を走って行った。
町を離れてしばらくすると、後方でドン! と音がなり、煙が上がっているのが見える。離れた所には、ヘリコプターが飛んでおり、どうやらそこから攻撃されたらしかった。
俺はバイクを止めて、剣技を繰り出す。
「閃光孔鱗突!」
するとそのヘリコプターは火を噴いて、地上に落下し爆発する。
「いくぞ!」
消防署でもたついたおかげて、増援が追い付いて来ていたらしい。そして間違いなく、ルーサーの体内にある何かを追跡している事実がそれで分かった。
「間違いないようだな」
「そのようだ」
その後、俺達がロサンゼルスの手前に到着し、タケルがクキに連絡をした。
「九鬼さん」
「到着したか?」
「ああ。だが目立ちすぎてロスを走れねえ」
「どこかに隠れていろ。俺達がピックアップする」
「すまねえ」
俺達が寂れた街にバイクを進めた。すると、ルーサーが言う。
「暑い。水を……」
「待ってろ」
タケルがバイクで、飲み物を買いに行った。すると銀のルーサーを見つけて、子供達が集まって来る。
「なにこれ! ロボット?」
答えに困った俺はそのまま答える。
「そうだ」
「凄い。ロボットだって」
「うそだあ。ロボットなわけないよ。着ぐるみだろ」
「ねえ。ロボットなら強いはずだよね」
「そうだ! みせてよ! 力を!」
そして俺が言う。
「ほら、どっか行け!」
「みせてよー!」「そうだよ!」「嘘なんでしょ!」
するとルーサーの子供が言う。
「嘘じゃない! 強いんだ!」
「嘘だあ!」
子供がべそをかくような表情になると、ルーサーはおもむろに地面に向けて拳を降ろした。
ズン! エンハンサーXの影響か、物凄い力でコンクリートにヒビ割れが出来た。
「うわあ! 本当だ!」
「凄い! ロボットだ」
「凄いぞ!」
そこにタケルが戻って来る。
「な、なんだなんだ? どうなってやがる?」
「この、ロボットが珍しいらしい」
「そうかそうか。んじゃ、その力も見たんだろ。おまえらどっか行け。じゃないとロボットが暴走してとんでもない事になるぞ!」
そうやって脅かすと、子供達は慌ててその場を去って行った。
「ほら。飲みもんだ」
俺が顔の前のファスナーを開けて、タケルが買ってきたペットボトルを突っこんで飲ませる。タケルが子供にも飲み物を渡した。
「コーラで良いか」
「うん」
そして俺達が水分を補給していると、向こう側にさらに大勢の子供が見えた。
「うわ。友達を読んだのか。逃げっぞ!」
「そうだな」
俺達はバイクに乗って場所を移す事にする。
「ちっと山の方にいくぜ!」
このままラスベガスに行っていたら、目立ってしまいSNSで撮影されたかもしれない。そうなれば、ファーマー社に感づかれる可能性が高かっただろう。タケルがここで止まった判断が、正しかったことに俺は感心するのだった。




