第552話 検体を確保する
ストラトスフィアタワーが見えるところで、俺達は周囲の空を確認していた。人は避難していなくなっており、そこら中にゾンビがウロウロと徘徊している。見える範囲に幾つか高いビルが見えていて、その屋上にヘリコプターが下りているのが見えた。
「あれじゃねえかな?」
「いや。あれは人を救出しているようだ」
「そっか」
先ほどから、何機ものヘリコプターが飛び回っており、どれがファーマー社のものかは分からない。先制攻撃されれば敵に逃げられるので、スマートフォンの電源を切りこちらの位置情報をきっていた。
「でも、繋がない事にゃ埒があかないな」
「タワーに登るか」
「しゃあねえな」
ゾンビだらけの町を走り、ショッピングセンターに行くと、既にその中もゾンビだらけになっている。
「ゾンビ!」
子供が叫ぶが、タケルがあっさりとゾンビを潰した。
「うわ。凄い」
「とりあえずバイクを隠して、子供を背中に縛るロープを探そう」
「おっけ」
俺達は軒下にバイクを入れ、ゾンビ達がいるショッピングセンターに入っていく。次々かかって来るゾンビだったが、全てを駆除し目的のロープを手に入れた。そして子供に言う。
「少し窮屈になるかもしれない」
「うん」
俺が持っているリュックをタケルに渡し、子供を背負ってしっかりと縛り付けた。そしてバイクのヘルメットをかぶせ、しっかりとしがみつくように言う。
「んじゃ、いくか」
「建物伝いに近づいて、タワーに入るぞ」
「おう」
身体強化を施した俺達は、建物伝いにストラトスフィアタワーの手前の建物まで来た。空にヘリコプターの気配はなく、真っすぐにタワーの下に潜る。
「敵の気配はない」
「スマホの電源を入れるぜ」
タケルが電源を入れ、ゾンビを潰しつつ待っていると連絡が入った。
タケルが俺の目を見て繋げた。すぐにつながったのでタケルが答える。
「ども」
「来たか?」
「ああ。何処に行けばいい? ゾンビだらけでどうしようもない」
「タワーに登って来れるか?」
「分かった。エレベーターは使えるんだろうか」
「問題ない」
ゾンビを処理しつつ、エレベーターのボタンを押すと、上からゆっくりと下がってくる。
「気配はどうだ? ヒカル?」
「今のところ周囲に気配はない。エレベーターにゾンビが乗ってるくらいだ」
「そうか。上に、敵がいんのかな?」
「どうかな? ただ罠だろうな」
「だよなあ」
すると、子供が俺の背中からぼそりと言う。
「お兄ちゃんたち。馬鹿なの? なんで敵の誘いに乗ってるの?」
なるほど。子供から見れば俺達は馬鹿に見えるらしい。タケルが笑いながら言う。
「ちがうぜボウズ。俺達は敵をひきつけてんだ」
「こっちから寄ってるように見えるけど」
「ああ、まあ俺達は餌みてえなもんだ」
「……馬鹿なの? 死んじゃうじゃん」
「あーなるほどね。まあ、殺せるもんなら殺して見ろって感じだ。こう見えても俺達は強いからな」
「相手は銃を持ってるんだよ」
「あ、それも想定してんだよ」
「馬鹿みたい」
目の前のエレベーターが開いて、中から数体のゾンビが出てきた。それを瞬時に剣技で切り捨てる。
「ジャパンのサムライみたいだね」
「サムライ? いや勇者だ」
「あ。知ってるよ! 日本のアニメに出て来る!」
タケルが笑って言う。
「そうそう! それそれ、その勇者」
「凄いね。じゃあ勝てるね!」
「そう言う事だ」
エレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押した。何事もなく、上階に到着してドアが開く。うめき声が聞こえて来て、そこにゾンビがうろついていた。
「まあ……こんなところに呼ぶのは、おかしいよな」
「ほら! こんな所に人が来るわけ無いよ! 騙されたんだよ!」
「まあ、人はな」
そして電話が鳴る。タケルが出ると相手が言った。
「着いたか?」
「ああついた。何処にいる?」
「直ぐに行く」
俺達が外展望台で待っていると、ヘリコプターの音が聞こえてきた。風が強いが、どちらから飛んできているかは分かっている。
「恐らくここに向かって来ている」
「来たか」
そのうちに、ヘリコプターの機影が見えて来て、俺達の方に回り込んできた。
「あんたらか? 手を振れ」
タケルが手を振る。その次の瞬間だった、ヘリコプターの脇から何かを構えている奴がいる。
それを見た子供が大きな声で叫んだ。
「ほら! バズーガ砲だよ! やっぱり罠だ」
だが俺が言った。
「うまく引っかかってくれたな」
「こうも簡単に釣れるかね」
俺はすぐさまタケルの腕をつかみ、そのままヘリコプターに向かって走った。そしてストラトスフィアタワーの端から飛び、バズーカの弾とすれ違いにヘリコプターに飛び乗った。
敵は突然の事に、唖然として俺達を見ている。
「邪魔だ!」
タケルがそこにいた三人を掴み、外に放り出した。
「やめ!」
「うわ!」
「わあああああ」
落下していく奴らを尻目に、手錠をかけられて固定されているボクサーに言った。
どうやら身動きが取れないように、縛られて何かを着せられている。
「子供を連れてきた」
するとボクサーは目を見張って、自分の子供を見る。
「ボーイ! 生きていたのか!」
「パパ!」
俺はすぐにボクサーの拘束を斬った。既にタケルはヘリコプターの操縦士に銃を突き付けており、冷静に言う。
「降ろせ。頭を撃ちぬくぞ」
「お、お前達は何だ! なんでそんなところにいるんだ?」
「この人を助けに来たんだよ」
だがそいつは笑い始める。
「くっくっくっ」
「何がおかしい? 殺すぞ」
「死ぬのはお前らだ!」
そしてヘリコプターは急降下し始める。俺はタケルに行った。
「そいつはゾンビ化兵だ。落ちても死なん」
「そういうことかい」
地面に激突する寸前に、俺はボクサーとタケルを掴んで、空中に飛んでいた。ヘリコプターは爆発し、地面に着地する。すると周りのゾンビ達が、爆発につられてこちらに寄って来た。
「ゾンビ化兵も混ざってるな」
「さっき振り落としたのがそうか?」
「そうだ」
するとボクサーが言う。
「ダメだ! アイツらは死なない! 銃弾でも死ななかったんだ! 逃げよう」
「分かってる。そうでなければ、あんたを捕らえる事なんてできなかったろうからな」
「……あ、あんたら、一体何者なんだ?」
「話は後だ」
そして俺は、タケルとボクサーに言う。
「伏せろ」
ダッ!
「飛空円斬!」
ザン! と見える範囲のゾンビが崩れ、三体ほどが体を斬られながらも、バタバタと動き回っていた。
「屍人斬、刺突閃三連」
そしてゾンビ化人間は静かになる。
「な、なんだ? 本当にボーイの好きなアニメのようだな」
「そうなんだ。この人は勇者なんだよ」
「ユーシャ?」
「そうだよ」
そんな話をしていると、燃え盛るヘリコプターがガン! と動いた。燃える人間がそこから出て来て、俺達を睨んでいるようだった。
「あんなになっても生きてるんだよ」
「丁度よかった」
シュッ、と縮地ですれ違いざまに、そいつの首を切り落とし頭を掴む。燃える頭を掴みつつ、そのまま皆の元に戻った。
「あ、熱くないのか?」
「問題ない」
ブンブンと頭を振って火を消した。焼け焦げたゾンビ化人間の頭を手に入れる。
ボクサー親子は唖然として俺を見ているが、タケルが冷静に言った。
「あんたも、一緒に来てもらえるかい? このラスベガスを脱出するからよ」
「わかった」
そしてタケルが聞いて来る。
「この人に試験体因子は?」
「あるようだ」
「適合者ってやつか?」
「ああ。そのようだ」
タケルがリュックから金属のケースを取り出した。それに、ゾンビ化人間の頭を入れて鍵をかける。
「もう一個は使わなくて済みそうだな」
「ああ。良かった」
「いくか」
俺達は、隠したバイクのところに行く。ゾンビを倒していく俺達を見て、ボクサーは唖然としていた。
「強いんだな」
タケルがボクサーに答える。
「あんたも災難だったな。相手のボクサーを殺しちまって」
「ああ……私は何という事をしてしまったのだろう」
「薬……使ったんだろ? エンハンサーXを」
「……そうだ。あれがこんな力を生むとは思っていなかった」
「縋るのも分かるけどよ。やっぱり受け入れねえと」
「分かっている」
子供は何の事か分かっていないらしい。
「あんたは俺のバイクに乗れ」
ボクサーが俺の後ろに座る。すると丁度子供が挟まるような形になった。
「ボーイ。ママを守れなくてすまなかった」
「……うん……」
俺は二人に言った。
「これからロサンゼルスに向かうぞ」
「わかった」
バイクは燃え盛るラスベガスを滑り出し、ゾンビや軍隊を避け来た時の侵入経路に向かって走り出す。恐らく、この町の人間の半数以上はゾンビになってしまっただろうと思う。ひとまずは米軍の救出部隊に任せ、壊れて行く街を後にするのだった。




