第551話 消えたボクサーの手がかりを探せ
地下室に隠れていた子供に、タケルが近寄って行くと、子供が更に部屋の隅に逃げていく。
「おーい。お兄ちゃんは悪い奴じゃないよ」
しかし、子供はこちらに寄って来なかった。こんな暗闇に一人で隠れ、怯えきっているように見える。
「どうすっかな」
「捕まえるしかあるまい」
そしてタケルが寄っていくと、するりと脇を抜けてこちらに走って来た。
パシィ! と腕を掴むと、子供は咄嗟に俺の手に噛みついて来た。もちろん、子供に噛まれてびくともするわけではない。ゾンビ因子にも感染していないようだし、その力はとても非力だった。俺はそのまま、じたばたする子供を持ち上げて目の前に持ってきた。子供が俺を見て大声で叫ぶ。
「放せ! 悪い奴め!」
横でタケルが言った。
「おお、俺達は悪者になってんぜ」
「状況からすると、そう思われても仕方がない」
子供はじたばたしており、なかなかバネのある強い子供だった。よく見れば肌が黒く、目だけがきょろきょろと白く光っている。
そしてタケルが言う。
「待ってくれ。俺達は、お前をどうこうする気はないんだ。今、大変なことになっているだろう? だから助けに来たんだよ。信じてくれ」
すると子供がじたばたするのをやめた。
「でも、警察じゃないじゃないか」
「警察とは違うけどな」
「アイツらの仲間みたいな格好だ」
「あいつら?」
「こういう黒い服を着てた」
俺を指さして言う。どうやら、ゾンビではなくスーツを着た人間を警戒しているようだ。
「スーツをか?」
「そうだ」
「そいつらが来たのか?」
「……ママに銃を撃ったんだ!」
「そうか……」
一階で起きた惨劇の事を言っているのだろう。肌の色からしても、どれかが兄弟で、どれかが母親なのかもしれない。
「お前達も、狙ってるんだろ!」
「狙ってる?」
「パパを狙いに来たんだ」
俺とタケルは顔を見合わせた。子供の言葉からすれば、恐らくここを襲ったのはファーマー社だろう。
「パパはどこいった?」
「わかんない」
それ以上タケルは何も言わなかった。こんな小さな子供に、現実を突きつけるには辛過ぎる。
「あ、とにかく。ここに居てもどうにもならねえ。周辺はゾンビだらけだし、お兄ちゃんたちと逃げないと、いずれやられちまう」
「行かない!」
「いや……それは……」
「いかない!!」
とはいえ、置いて行く訳にはいかない。それには、自分の家族の悲惨な状況をどう理解させるかが問題だった。一階で銃殺されていた家族を、見せるべきか……迷う。
「強制的に連れていくか」
「行かない! 行かない! 行かない!」
「まいったな」
そこで俺が言う。
「見せるしかないか」
「きつくねえか」
「だが……」
「いや。もう連れて行っちまおうぜ。俺達が恨まれてもいい」
「それは構わんが、この子はずっと引きずるんじゃないか」
「いずれにしろ……だろ」
「そうか……」
とりあえず俺達は、そのまま一階に上がる。人が死んでいた方に行かないようにしたが、子供が俺達の予想とは反する事を言う。
「ママは死んだんだ」
「えっ」
「……」
「撃たれたあと、動かなくなった」
「……そうだな」
俺が認める。そしてタケルが聞いた。
「なんでおまえは助かったんだ?」
「あの地下は、中からしか開かないんだ。ママと皆が撃たれたのを見て、急いで隠れたんだ」
それを聞いて俺は子供に言う。
「良く逃げた。おまえは偉いな。ママと、兄弟は残念だ」
「兄弟じゃない。遊びに来てた友達とママだよ」
「友達か……」
「そうだよ……死んじゃった」
「辛いな」
「……」
子供は俯いてしまった。そこで俺が子供に言う。
「俺達は、その悪党を懲らしめる為に来たんだ。どんな奴だった?」
「お兄ちゃんみたいな服を着てサングラスかけてる奴と、仕事の服着てる奴らだよ」
「サングラスの奴は何人だ」
「一人か二人」
「お前は随分としっかりした子だな。偉いぞ」
首を横に振って、子供の表情が曇って来る。どうやら俺達が助けに来たのだと信じ始めたらしく、ポロポロと涙を流し始める。
タケルが聞く。
「辛いよなあ……。パパといたのか?」
「パパは家にいたけど、連れていかれたんだとおもう」
「パパのお部屋はどこだい?」
「こっち」
抱いている俺の胸で、指をさす子供。俺達は誘導されながら、ボクサーの部屋へ行く。俺が入ってすぐに、エンハンサーXの気配を感じた。タケルがあちこち探すが、特にめぼしいものは無さそうだった。
「スマートフォンもねえ」
「先をこされた形になったという事か」
「ボクサーを連れていくために、ベガスでこんな事をしでかしたのかね?」
「もしくは、インドで見た女の子のように、触れるとゾンビになってしまう状態なのかもしれん」
「ああ……なら、それを隠蔽しに来たって感じか」
「いずれにせよ。探さねばなるまい」
「行くか」
俺達が話をしていると、子供が声を発した。
「あの……」
子供が口ごもる。
「どうした?」
「パパの、スマートフォンは僕が隠した」
「そうなのかい?」
「下ろして」
俺が子供を降ろすと、そのまま子供部屋に連れていかれた。子供はひとつの人形を拾い上げ、その背中からスマートフォンを取り出す。
「お、電源切って隠してたのか?」
「見つからないように」
「でかした」
タケルが子供の頭をくしゃくしゃと撫でた。すると子供が言う。
「パパは、連れていかれる前に話してたよ」
「そうか」
タケルがスマートフォンの電源を入れる。だが画面にロックがかかっており、中を見る事は出来ないようだった。
「大森に連絡してみっか」
「ああ」
そしてタケルがオオモリに電話をかけた。
「おう」
「どうしました?」
「ボクサーの家に来たが、ボクサーは連れていかれたみてえだ。だけどスマートフォンを子供が隠してくれてたんだよ。それが開けなくて困ってる」
「じゃあ電話番号を聞いてください」
「番号はわかる?」
すると子供は次に自分の鞄を持って来る。その中から、カードを取り出して俺に見せた。
「番号を言うぞ」
「はい」
タケルが番号を伝えると、ボクサーの携帯が鳴り響いた。
「どうすればいい?」
「電話を繋げてください」
タケルがスマートフォンを繋いでしばらくすると、オオモリが言う。
「開きました」
「サンキュ」
そしてタケルは、ボクサーのスマートフォンを開いて確認した。
「連絡してきたやつは非通知みてえだな」
「あ。大丈夫ですよ武さん。何処からかけたか、番号の逆探知をします」
俺達が少し待つと、タケルのスマートフォンに情報が流れてきた。そしてオオモリが言う。
「ボクサーのスマホの電源を入れたので、敵に位置がバレた可能性があります」
「了解。サンキューな」
「いつでも連絡してください」
そして通話が切れた。俺が子供に言う。
「ここに、また怖い奴らが来る。一緒に来てくれるか?」
黙ってうなずいた。
「ママは残念だが連れていけない」
「うん……」
タケルが俺に言う。
「んじゃ、こっちからコイツに電話してみっか」
「してくれ」
そしてタケルは、オオモリからもらった番号に電話をかける。スピーカーにして、俺にも聞こえるようにしてくれた。
プッ! と電話がつながる。
こちらが黙っていると、相手が言う。
「誰だ?」
「あー。このスマートフォンを拾ったんだが、最初の履歴にかけてみたんだよ」
「……そうか。こちらから取りに行こう。何処に行けばいい?」
タケルが俺を見たので、俺が答える。
「ここは、暴徒だらけなんだ。ラスベガスを脱出したい」
「じゃあ、ストラトスフィアタワーまで逃げて来れるか?」
「わかった。何とか行ってみる」
そして俺達の次の行先が決まる。俺の前に子供を乗せ、二台のバイクはストラトスフィアタワーに向けて、全速力で走り出すのだった。




