第549話 秘密の研究所と必要な物質
オリバーが用意した研究施設は、通常の病院では無かった。堅牢な建物の地下室に、様々な研究用の機器が揃えてある。そこに仲間達と一緒に来て、オリバーと顔合わせをするところだった。
俺達が待っていると、オリバーとボディーガード数名が部屋に入って来る。いつも一緒にいるボディーガードも、隣に立っていた。
「お待たせしたね。ラッキーボーイとお仲間さんたち」
クキが挨拶をした。
「クレイトンさん。カジノ依頼ですな」
ボディガード達はクキを見て、厳しい目つきになる。おそらくクキは、相手を警戒させてしまうような気配を発しているのだろう。だがオリバーは構わずに、クキの手を取って言う。
「あんたが、リーダーという訳かい。よろしくお願いするよ」
「まあ、経験上そうしているだけですがね」
「……ふむ」
やはり、クキは一目置かれているようだ。そして、相手の気配に気づいたクキが言う。
「あー、なんと言ったらいいかな? 俺がリーダーだとしても、この中には俺より強い奴が、何人かいるってことを付け加えておこうかね」
それを聞いたボディガード達が顔を合わせてから、俺たち全員を見た。
そこでクキの言葉に俺が付け加える。
「そのとおり。俺のような特殊な能力を持った奴らだ。全員が人間離れした何かを持っている」
「ラッキーボーイのような力?」
「そうだ」
「恐ろしいな。壊滅した日本から来た人らが、全員何らかの能力をもっていると?」
「まあ、そうだ」
するとボディーガードの一人が、苦笑しながら言う。
「信じられない。どこからどうみてもお嬢ちゃん達だ。そこの太っちょに能力があるとは思えない」
なかなかに喧嘩腰だが、オオモリだけが何故かうんうんと頷いている。そして相手の言葉は、恐らくこちらを警戒しての事だ。それにまだ若い女達に、そんな能力があると思えないのも当然だ。
だが突然、ミオが口を開いた。
「南の入り口に二人、東の部屋に四人、二階廊下の東に一人、北の階段付近に二人、入り口から入って来たあなた達の他に、外で警備をしている人らが西に三人、東に三人、車両に一人待機してるわ」
それを聞いてボディーガード達はざわつく。そしてオリバーが、いつもそばにいる奴に確認をとった。
「どうかね?」
「間違いありません」
「だそうだ」
すると、けしかけて来たボディーガードが素直に謝る。
「失礼しました」
やはり俺達を試しての事だったらしい。それに俺が付け加えて言う。
「そこにいる俺の相棒と、そっちの日本刀の子は、あんたらが束になっても敵わないが、試してみたらどうだ?」
俺はもちろん本気で言っていた。タケルとミナミは、どちらも前世で言うレベル十を越えていて、普通の人間にはどうする事も出来ないだろう。
すると、いつもオリバーの隣にいるボディーガードが苦笑いして言う。
「あんまりいじめないで欲しい。ラッキーボーイの能力から推し量っても、彼らの力が凄い事くらいは分かっているさ」
すると俺の仲間達がくすくすと笑った。そこでタケルが言う。
「気にしないでくれ。最近、ヒカルは冗談を覚えたんだよ」
「冗談か……心臓に悪い」
そしてクキが言う。
「二十名近い警護をつけてくれるとは有り難いですな」
「当然の事だよ。博士が世界を救うのだろう?」
そしてようやくオリバーは、奥にいるアビゲイルに目を向けて言った。
「博士……」
「どうも……」
昨日までは敵同士という間柄、だが話し合いの上では和解しているはず。
「私は誤解していたようだ」
「ゾンビ因子を見つけてしまったのは本当なのです。ですが私の手を離れて、一人歩きし始めてしまい、世界を破滅の危機に追いやってしまったのも事実」
それを聞いて、オリバーがふうっとため息をついて言う。
「いつの世も、研究者の立場はそうだ。あのアルベルト・アインシュタインも相対性理論を見つけたが、核弾頭を日本に落としたのは彼じゃない」
するとアビゲイルが悲しそうな顔で言う。
「はい……また、日本が最初の実験場になってしまいました」
「極東のあの国は、なぜ標的になってしまうのでしょうかねえ?」
「わかりません。それをファーマー社の本部を突き止めて、問いたださねばなりません」
「それは、やはり私の仕事なんだろうねえ」
「やって……下さるのですか?」
「その為に、こんな事をしている」
「はい」
そしてオリバーが部屋の中を見渡した。
「オーダー通りの研究機器をそろえたつもりだが、まだ必要なものがあれば言ってくれたまえ」
「機器は問題ありません。後は、こちらが用意するだけです」
「何を用意するというのかね?」
「ゾンビ、及び試験体の細胞を回収してもらいます」
そこで皆が俺を見た。もちろん既に話し合っているので、俺は頷いて言う。
「俺とタケルが行く。後は、全員でアビゲイルの護衛だ」
ボディガードが何か言いかけるが、俺はそれを制する。
「もちろん、あんたがたを信じていない訳じゃない。だが敵は、想像を絶するのだと理解してほしい。二十人も警護をつけてもらっているが、人数の問題ではないんだ」
そしてオリバーが言った。
「ベガスは米軍も包囲しつつあるようだ。本当に二人でいいのかい? うちのシークレットも同行させるが?」
「……」
いつも一緒にいるボディーガードが、オリバーに笑っていう。
「クレイトン様。我々は、足手纏いだと言われております」
「はは。そうか」
そしてクキが言う。
「我々も武器の携帯をします。それでいいですね?」
「かまわんよ」
「ではそのように」
そして俺とタケルは目配せをした。ボディーガードが言う。
「バイクは用意してある。好きに使ってくれ」
「ああ」
「ありがてえ」
そしてアビゲイルが俺に言う。
「ミスターヒカル。準備はしておきます。後は新型の遺伝子が手に入ればなおありがたい」
「まかせろ」
俺とタケルは、用意されたリュックを背負い、その部屋を抜け出ていく。外に出れば、バイクが二台用意されており、俺達はかけてあるヘルメットをかぶる。
「CBRー1000RRだぜ!」
「いいな」
「自分の国のバイクが一番だよ」
俺達は、早速バイクにまたがりエンジンをかける。
ブォン! ブォン!
「いい音だ」
「ヒカル! スピード違反は気にするな! 捕まらなきゃ大丈夫だ! かっ飛ばそうぜ!」
「わかった! なら思考加速を使え!」
「おっけ」
俺達は秘密のアジトを飛び出し、喧騒のロサンゼルスの中、爆音を轟かせ疾走し始めた。
思考加速により意識が極限まで研ぎ澄まされ、周囲の全てが止まる。歩行者は絵のようになり、車も微動だにせず、交差点の信号も変わらない。空気中に舞う埃の一粒一粒までも止まっているようだ。
そのおかげで、回避ルートが瞬時に見つけられ、最も安全なラインが分かる。
「よし! フルスロットルだヒカル!」
「わかった!」
俺達はアクセルをさらに開け、バイクは異次元の速度に加速した。景色は残像となって、俺達はバイクと一体化する。最高速で駆け抜ける俺達は、風となり地獄と化したラスベガスへと走るのだった。




