第547話 浸透するエンハンサーXを阻止せよ
ゾンビ破壊弾製造の合間で、アジトのリビングに皆が集まり食事をとっていた。そこでオオモリが、例のアメリカンフットボールとボクシングの動画を見せている。それを見て皆が、明らかに異常だと確信しているようだった。
そこでクキが言う。
「ビンゴだったわけだ。ラスベガスは」
それにシャーリーンが頷いて答えた。
「あのような怪しい薬が売れるのは、欲望の町が一番という事なのでしょう」
クロサキがため息をついた。
「こういうものなのです。本当に強いものは薬を買わない、過去の栄光を引きずる人やどうしても届かなかった人に目をつけて売る。それが麻薬を売る手段の一つです」
それを聞いてアビゲイルが言った。
「問題は、麻薬と違うということです。もちろん麻薬も一度打てば辞められなくなりますが、試験体の細胞であるエンハンサーXは一度の使用で戻れなくなります。それはおろか、麻薬のように何度も吸収してしまえば……」
「どうなる?」
「自我を保つことは出来ずに、身体が変化をおこしてしまうでしょう」
それを聞いて、皆が眉間にしわを寄せた。
「麻薬のように何度も使ってしまえば……」
「化物になるのが速まります」
クキが苦い顔で言った。
「ギャングは、そんなのお構いなしに売るだろうな」
「九鬼さんの言うとおりです。効果を見れば、ギャングにも使う奴は出てきます」
一連の流れを聞きいていたタケルが、二個目の大きなチーズバーガーを齧りながら言う。
「んで。どうすっかね?」
「ああ」
そんな話をしつつも、皆は食事をやめなかった。衝撃的な映像を見ながらも、食いながら冷静に話し合いをしている。女達も、随分逞しくなったものだと思う。
「なるほど……そうか……」
クロサキが呟いたので皆が見る。
「オリバー・クレイトンから世間の注目を外すには、どうすればいいか? それはスポーツ関係や目立つ場所での、大きな事件ですよね。そうすれば、この裁判の事よりも、世間はそっちの派手な事件に目を向けますから」
「そうだわ。黒崎さんの言うとおり、別の事件を起こして目を逸らしてるように見えるわ」
「つうことは、オリバーの件に手を焼けば焼くほど、何か酷いことが起きるっつう事か?」
「武さんの言う通りです。それもやっているのは、ファーマー社ではなく……」
「ギャングっつうわけだ」
そしてクキが言った。
「まあ、それもあくまでも推測だがな」
考えれば考えるほどに、かなり状況が悪い方向へ行っていると分る。まあオリバーも分ってやっているとは思うが、ファーマー社との戦いが大きくなればなるだけ、あらぬところで被害が拡大する可能性があるという事だ。
俺が皆に言う。
「このプロボクサーやアメリカンフットボールの選手を始末したとしても、どこにどう広がっているか分からない以上、どうしようもないという事だ。協力者に頼む必要があるんじゃないか?」
「協力者?」
俺はアビゲイルを見る。
「俺の血清は、普通のゾンビにしか効かないんだな?」
「そうです」
「なら、やはりもう一度ゾンビ破壊薬を作らなければならない」
「ですが、そのような研究施設はありません」
「オリバー・クレイトンはどうだ?」
するとシャーリーンが言った。
「なるほど……あり得るでしょう」
しかしクキが口を挟んだ。
「全面的に信用出来るのかねえ」
「わかりません」
すると沈黙していたオオモリが口を開く。
「念のため、オリバーの周辺の回線もハッキングしてますが、おかしなところは無さそうです」
だがエイブラハムが言う。
「うーむ。オリバーは、アビゲイルを敵対視しておるがのう」
そこで皆が黙ってしまう。そう、オリバーはアビゲイルを、死の薬を開発した張本人として訴訟を起こしているのだ。その人間に、研究機関を貸してくれるわけはなかった。もしかしたら、この協力体制自体がダメになる可能性がある。一度はアビゲイルと遭遇しているが、別人だという事で誤魔化したからだ。
マナも言う。
「私達をファーマー社だと思うかもしれないわよね?」
「そういうことだな」
しかしながら、現状は頼るところがない。アメリカのザ・ベールが機能していないからだ。本気でやるならば、オリバーを説得するよりほかないだろう。
「もう一度、俺が話してみる」
タケルがうんうんと頷いた。
「それしか、ねえだろうな」
そしてアビゲイルが言う。
「手土産の、ゾンビ破壊弾は数箱出来てます」
するとオオモリがにやりと笑って言った。
「ニューオーリーンズのドローン作戦で撮った、破壊薬使用の映像がありますよ」
「それも見せてみよう」
「ボクサーとかアメフトの選手以外にも、出て来る可能性がありますよね? 氷山の一角ですよ」
クキが答える。
「怪しいのは片っ端から、リストアップしておけ。ゾンビ破壊薬が完成した時の為にな」
「わかりました!」
そして俺は出来上がったゾンビ破壊弾とUSBをリュックに詰め、直ぐにオリバーのところへと向かった。電子関係の連絡方法をとらないのは、俺達に足がつかない為である。
それから三十分後……。
俺は頭に氷嚢を乗せている、オリバーの前に立っていた。
「どうした?」
「二日酔いだよ、ラッキーボーイ。あんなに飲んでなんともないのかい?」
「飲んだうちに入らない」
「何本も開けたと思ったが」
「足りないくらいだ」
「恐れ入ったよ。それで、今度は何かね?」
俺はオリバーの前にあるテーブルの上に、リュックから取り出した銃弾を置いた。数箱ほど重ねた後で、オリバーが一つを手に取って箱を空ける。
「銃弾か」
「そうだが、普通の銃弾ではない」
「なら、なんだ?」
「ゾンビを殺す」
「ボディーガードにも預けていったそうじゃないか?」
「そうだ」
「本当に、これでゾンビを?」
「普通の弾丸でも、頭を打ちぬけば死ぬ。だが、これは体のどこに潜り込んでも殺す」
「どうやって入手したかを聞いても?」
それは言うなと皆に言われていた。下手をすれば、クレイトン家が……アメリカが俺を捕らえようとするかもしれないからと言われている。
「知らん」
「そ、そうか……」
「あと、これだ」
そう言ってUSBを置いた。
「これは?」
「あのデータに入っていなかった、ニューオーリンズのデータだ」
そしてオリバーはパソコンでそのデータを見始める。
「なんと……ニューオーリンズがこれほどの状態に……」
「見てもらいたいのはそこじゃない」
そして画質が悪いものの、何とか傍受したドローンのデータが映っていた。オオモリがいうには、米軍に捕まる前に衛星に飛ばしておいた物らしい。ゾンビがバタバタと倒れている様子が映し出される。
「どうなっている?」
「ゾンビを殺す薬を撒いた」
「ゾンビを……殺す薬? そんな物があるのか?」
「ある」
「どこに?」
「今はない。だが作れる者はいる」
「作れる者?」
「そうだ」
「誰か聞いても?」
「アビゲイル・スミス。ゾンビ因子の第一発見者だ」
「……」
オリバーは沈黙してしまった。自分が訴えを起こした名前が出て来たので、複雑な顔をしている。そしてカジノで出会っているので、それが現実である事に気が付いたようだ。
「やっぱりあれは夢ではなかった」
「説明をしたいんだ……」
オリバーはゆっくりと俺の瞳を覗き込む。俺が真っすぐに見返していると、オリバーはニヤリと笑って言った。
「いいだろう。ラッキーボーイの話なら聞こうじゃないか」
「それは助かる」
「ここで、断ったら。ボディガードごと皆殺しにされてしまうかもしれんからな」
「なっ! 俺はそんな事はしない」
「冗談じゃ。こんな冗談は日本では言わんのかの」
「悪い冗談だ」
そして俺は、オリバーに対して、俺達が旅して巡り合ったところから、アビゲイルとの事を話し始める。一連の話を聞いて、オリバーがふうとため息をついた。
「そうか。ラッキーボーイよくわかった」
「分ってくれたか?」
「ああ。どうやら、アビゲイル博士も被害者、しかもファーマー社に命を狙われているという事であってるな?」
「そうだ」
「信じよう」
そう言って俺に手を差し伸べる。俺はその手を取って聞いた。
「俺の言葉を信じてくれるのか?」
「わしはな、こう見えても切れ者と呼ばれる弁護士じゃ。相手が嘘をついているかどうかなどすぐにわかる。そしてラッキーボーイ、あんたは嘘がつけん性分のようだ」
「嘘は意味がない。まあ、敵を欺く時だけだ」
「このオリバーを味方と言ってくれるのか?」
「まあ……協力してくれるのならな」
「ラッキーボーイの実力は痛いほど分かってる。それで、何をすればいい?」
「最高の薬品研究設備を借りたい」
「わかった」
「そしてもう一つ。この事は、俺とオリバーだけの話にしてくれ。ボディーガードにも依頼者にも言うな。クレイトン家にもな」
「言ったら?」
「アメリカを捨てる」
「……」
沈黙が部屋を支配する。だがオリバーはニヤリと口角をあげる。
「クックックッ。あはははは! アメリカが人質か」
「もちろん、俺達が尽力して助けられる約束は出来んがな」
「そうなのかね?」
「今、仲間がそうならないように、懸命に準備をしているところだ。協力をしてくれ」
「ラッキーボーイ。あんたは今の話のあいだ、手を放さんかった。それだけ、協力を切に願っているということだ」
「そうだ」
「よし。ここだけの話と約束しよう」
「ああ」
そしてオリバーと俺は固く握手を交わした。
「連絡はこの方法のままか?」
「そうだ。俺が来る、どうするかはその時伝える」
「わかった。それまでに準備をしておこう」
「頼んだ」
そして俺は立ち上がり、そのまま部屋の入口へと歩いて行く。だが部屋のドアを開く前に、振り向いてオリバーに言う。
「年寄りは飲み過ぎに注意すべきだ」
「あははは! 忠告ありがとう。だが聞けんな。賭け事と飲むことは、死ぬまでやると決めてるんだ」
「そうか。ならまた来る」
「ラッキーボーイ!」
「なんだ?」
「アメリカに来てくれて、本当にありがとう」
「まだ救えてない」
だがその時だった。コンコンとドアがノックされる。
「入れ」
入って来たのはボディーガードだった。
「クレイトン様! ニュースを!」
「ん!」
そしてリモコンを持ったオリバ―がテレビをつけた。
そしてそこには……煙の立ち込めるラスベガスが映っていたのだった。