第545話 法律家へ情報を伝える
オリバー・クレイトンは、ビバリーヒルズという地域にいるらしい。アメリカでも有数の高級住宅街で、治安がいい場所なのだそうだ。そして俺は高い塀に囲まれた場所にきて内部の様子を探るが、銃を持っている奴らが警備に回っているようだった。
塀の上には鉄線が張り巡らされており、監視カメラが動いている。
「なるほど厳重なようだ。そして周辺にも見張りがいるな……」
監視行動をとっている奴らがいるが、もちろん認識阻害を発動している俺には気が付かない。閑静な住宅街ではあるが、あちこちに木々が生い茂っており隠れるところはいくらでもある。
守るにもいいが、隠れるところが多いのも良し悪しだな。
シュッと、上空に飛び高い塀を超えると、大きな住宅が目に飛び込んで来る。屋上に降りて、扉を開けようとしたが手を止める。
何かあるな。
シャーリーンが言っていたような、警備装置があると直感が働く。そこで俺はするりと庭におり、玄関らしきところの先にある茂みに体を隠す。小さな石を取り上げて、それを玄関に投げつけた。
コン!
その音で、内部の人の気配が動いたようだ。入り口に二人やってきて、扉を開き外を確認している。銃を構えているようだが、敵の進入を警戒しているのだろう。ドアが開いたその隙に、俺は縮地で家の中に飛び込む。ボディーガードは俺に気が付くことなく、まだ外側を警戒しているようだった。
奥か。
そのまま奥に進み、人の気配のするところに入ると、オリバーと依頼人たちが話をしているところだった。俺は、その依頼人の後ろに座り様子を見る。
「しばらくは危険ですから。ここに居てもらいますが、手続きが終われば警官の警備が付きます。既に根回しもしていますので、しばらくの辛抱ですな」
「「「「はい」」」」
被害者の親族たちが、神妙な面持ちで聞いていた。認識阻害をしているために、誰一人として俺に気が付いてない。
そこで俺が言う。
「警察では力不足の時もある」
「それは分ってます。ですが、あなた方の生活もありますから」
「あまり、ファーマー社は舐めない方がいい」
「もちろん……」
するとようやく、オリバーが後ろに座っている俺に気が付いた。
「ラッキーボーイ!」
「ああ」
すると依頼者たちが一斉に振り向いた。
「えっ?」
「いつの間に?」
「誰?」
だがオリバーは気にせず、俺のところに来て手を出して来た。
「良く来てくれたね」
「少し話したいことがあってな」
「そうかそうか。そいつはありがたい」
そこで不思議がっている依頼人のうちの、スーツの男が言う。
「この人は一体だれなんです? お知合いですか?」
「ああ、知り合いだよ。今回の裁判を大きくこちらに有利にしてくれた張本人だ。彼がくれたデータのおかげで、ファーマー社は震えあがっておるところさ」
「この人が……」
皆がざわついた。
そこでオリバーが言う。
「警備がいたと思ったがねえ」
「ああ、玄関を開けてくれたので入って来れた」
「そうなのかい?」
「断りは入れてない」
「なるほど」
「とにかく緊急で相談したい事がある」
「わかった。皆が聞いていいものなのかな?」
「不用意に巻き込まない方がいいかもしれん。この人らの安全の確保もあるだろう」
「それじゃあみな、自由にしてていいからね。食べたいものがあったら、使用人に声をかけてくれ」
皆が頷いて、俺はオリバー・クレイトンに連れられ別室へと向かう。すると廊下で、あの時のボディーガードが顔を出した。
「あ、あんた。あの時の」
「世話になったな」
「こちらの台詞だよ。あの人数を一人でとはな……、あんたが居なきゃ俺達は殺されていただろう」
「他愛もない事だ」
「たあいもない……」
そしてオリバーが言う。
「ささっ。話をしに行こうじゃないか」
「ああ」
すると俺は書斎のようなところに通された。ソファーに座るように言われ、チャイムを押して何かを頼んでいる。
「酒は飲めるね」
「もちろんだ」
すると使用人がトレイに酒とグラスと、簡単なつまみを乗せて持ってくる。
「ラッキーボーイと、祝杯をあげたかったんだ」
俺は酒を見て言う。
「いいやつだな」
「おっ。酒の味がわかるようだね」
「ああ。酒は美味い」
蓋を開けて、とくとくと二つのグラスに注ぎ、俺に一つを渡してくる。そしてオリバーはグラスを俺の前に持ってきた。
「裁判の成功を祝って」
「ああ」
チンッ! とグラスを合わせて、俺達は一気に酒を口に放り込んだ。
「いける口だな」
「美味い酒はいくらでも」
「君らのおかげだからな。おもてなしくらいさせてくれ。本当は他の連中も一緒がいいが」
「いいんだ。彼らは安全の為に今は身を潜めている」
「危険な橋を渡って来たのだものなあ。あの情報はそれほどに、危険なものだった」
「あれを見たか?」
「うむ。ゾンビ因子、ゾンビ化手術、そしてバケモノ……たしか試験体とやらだな」
「その情報を出したのか?」
「流石にだしてない。あれを表に出して、直ぐに世間に信用してもらう事は出来んさ。だが、それらの周辺の情報だけでも、ファーマー社には大打撃を与える事が出来ている」
「そうか」
「切り札のカードはね。一気に出してしまったら勝負にならない。こっちにはキングにエースにジョーカーまで揃っているんだ。まずは弱いカードから切って、相手の様子を見るところさ」
「それでもかなりファーマー社は慌てていると」
「そのようだ。まだスペードの五くらいしか切ってないのに、アリの巣をつついたような騒ぎだ。正直な所、あの情報はファーマー社だけでなく、国家も世界も揺るがす大事件だ」
「そうなんだ。戦争をしているんだ」
「そのようだね。世界情勢が変わるような情報だけに、こんな裁判なんかで全部使う事はないさ。いわゆる匂わせというやつだな」
「そうか」
そう言ってオリバーが、新しくついだ酒をちびりと飲んだので、俺もつがれた酒を一気に飲み干す。そしてまたトクトクと俺のグラスに酒を継いだ。
「で、相談とは?」
「オリバーは掴んでいるか? ファーマー社とのつながりのある企業を」
「多少はね」
「俺達が掴んだ情報の中に、ちょっと気になる企業があるんだ」
「聞いても?」
「それを伝えに来た」
「そうなんだね」
「ああ」
またちびりと酒を飲んだので、俺も合わせて飲み干す。
「ふふ。良い飲みっぷりだ」
「ああ、美味い」
「飲め飲め」
トクトクとつがれる。
「で、何処の企業かね」
「グロス・オーエス・データ」
「……随分とビッグネームが出て来たね。GODとはね」
「ああ」
「だが、あそこは医療関係には手を出していないが」
「医療とは関係ない、電子で関係している」
「それは?」
「ちょっとまて」
そこで俺は、スマートフォンを取り出しオオモリのボタンを押す。
「ヒカルさん。こちら大森です」
「接触した」
「変わってください」
そして俺はスマートフォンをオリバーに渡す。
「はい」
「どうも。ラッキーボーイの仲間です」
「ああ。あの時いた、ファットボーイだね」
「ファット……」
「あ、失敬。なかなかに賢そうな顔をしていた青年だね」
「あ、ああ。えっと、何処まで話を?」
「GODが絡んでると」
「そうなんです」
そうしてオオモリが、詳細をオリバーに話をしてくれた。一通りの話が伝わったところで、オリバーが大笑いし始める。
「いいね! 実にいい! GODの印象操作や情報制限には、これまで泣かされっぱなしだったんだ。まさか、ここにきて繋がるとはね」
「まだ、完全なつながりを追えていないんですよ」
「いや、私の勘が……いや、これまでの経過からして間違いないさ。しかし、なんと恐ろしい計画をしているんだろう」
「それを阻止せねば。更にファーマー社の思い通りになっていくと思います」
「クレイトン家でも手を焼くような名前ばかりだ。こりゃ更に命がけでやらんといかんな」
「よろしくお願いします。お伝えする事は以上です」
「わかった」
そしてオリバーが俺にスマートフォンを渡した。それをしまいこみ。オリバーに尋ねる。
「かなり危険だがどうだろう?」
「そちらの業界にも知り合いはいるさ。とくにGODの商売敵とかね。それにあそこは、何度も訴えられているからね。弁護士仲間で関わっている人もいる。たしか独占禁止法なんかで関わった人らがいるよ」
「よくわからん」
「それを、調べてほしいって言うのかな?」
「そうだ。もしそれが間違いないのなら、ファーマー社ごとGODも潰さねばならん」
「GODを潰すか……それこそ、世界がひっくり返るだろうね」
「それでも、世界を支配させるわけにはいかん」
「その通りだ。ラッキーボーイ」
「よろしく頼む」
そう言って帰ろうと思い俺が立ち上がると、オリバーはニッコリ笑って言う。
「まあまて。まだ瓶が空になってない。それにもっと飲ませたい酒があるんだよ」
俺は素直に座る。
「いいね。ラッキーボーイ。酒の付き合いが良い奴は成功するよ」
「成功? ファーマー社の悪事を止められるのか?」
「ははは。そうか、ラッキーボーイは成功には興味がないか」
「ある。ファーマー社を止められるなら、そして平和な世界になるのなら」
「ははは。いいね、やっぱりラッキーボーイはいい」
そしてオリバーは、俺のグラスにまた酒を注いで瓶を空にした。そのタイミングでまたドアがノックされ、また違う酒が運び込まれてきたのだった。




