第544話 浮き彫りになる敵と味方
オリバー・クレイトンは本物だった。クレイトン家は厳重な警備を敷いて、被害者とその家族までも保護する方向に動く。さらに各業界に同じ名を持つ人間が入り込んでいるらしく、ファーマー社もその後ろ盾の組織も、簡単に火消しする事が出来ないらしい。
俺達は今、カリムが用意したロサンゼルスの拠点に潜み経過を見守っていた。その拠点はロサンゼルスのリトルトーキョーというところにあり、なんとその街には日本人が生き延びていた。まだ日本人と会話をしたわけではないが、あちこちでアジア人らしき人影を見る。リトルトーキョーの一角にある、住居用のビルの一室に潜んでいた。
オオモリが楽しそうに言う。
「世間に激震が走ってますね」
「どういうことだ?」
「今まで、沈黙を貫いてきた科学者や医療関係者が、ぽつりぽつりとファーマー社の悪事について話し出しています。それも、世界中のあちこちで始まってますね」
「なぜ今になって?」
「それだけ、この訴訟が注目されていたんですよ。どうやらクレイトン家には、科学や医療の権威にも居るらしく、どうやらそちらにも情報がこっそり伝わったみたいな感じです」
「探れないのか?」
「多分、ネットを介してないです。ですが、クレイトンや息のかかった人らが話す内容に、我々が渡した情報でしか知りえないニュアンスが含まれてますね」
「なるほど」
この部屋のあちこちにモニターがあり、いろんな情報が映り込んでいる。それぞれが画面を見て、話し合っているところだ。俺はオオモリが眺めている画面を見ているが、文字の情報がただ大量に流れていて、何が何だかさっぱりわからなかった。思考加速と詠唱理解で読み取ろうと思ったが、それを読み取ったところであまり意味は無さそうだ。そう言う事は、オオモリに任せておくのが一番だろう。
クキが腕組みをして笑いながら言った。
「うはは。潮目が変わってきたな」
クロサキが頷く。
「ですよね」
「そうだ。だが、恐ろしいのはこれからだ」
「はい。情報や法律で勝てなくなれば……実力行使をしてくる可能性が大きいです」
そしてクキがオオモリに聞く。
「ネットはどうだ?」
「ええ。少しずつ捉え始めましたよ。ファーマー社とつながりがあるか、金をもらって擁護に回って居た奴らが活発になり始めました。それに合わせて、同じ様にファーマー社側に回っている人らがいますね」
そこでマナが言う。
「ネットの会社でも擁護派と反対派がいて、ファーマー社の情報を制限をかけている会社と、情報をそのまま流している会社があるわね」
「どういうことだ?」
「ファーマー社関連の情報や、ゾンビ因子に関連したような情報をネットに書いたり、動画にしたりすると全て削除されてるみたい」
するとオオモリがにんまり笑って言う。
「大丈夫です。僕のAIウイルスちゃんが、全部魚拓とってるんで」
「きも!」
だがアビゲイルが目を輝かせて言う。
「素晴らしいですわ。ミスター大森。それを……それをどうするのです?」
「いま、世界中のサーバーから、無限にアカウントを生み出してアップする仕組みを構築中です。それが完成した暁には、消された情報や動画は永遠にアップされ続けます。そしてそれを、個人の否定派や正義感の強いインフルエンサーの画面に表示されるよう、インタレストターゲティング広告のようにおすすめに出し続けます」
それを聞いてアビゲイルが目を輝かせる。
「すばらしいわ!」
「そうすれば、アビゲイル博士に対するイメージも、変えられますよ!」
だが、それを聞いてミオが釘を刺す。
「それはそれで、危険かしら。ちゃんと正確に博士を擁護するようにしてね。嘘でマスを洗脳したら、ファーマー社とやってる事は変わらないわ」
「もちろんですよ……」
それを聞いていた、クロサキがオオモリに言った。
「美桜さんの言う通りです。下手をすれば、大森さんは独裁者にもなれますよね」
「な、ならないですよ! 僕は! 正義の為にやってるんですから!」
「大丈夫です。もし悪の道に染まりそうなら、私が逮捕してあげます」
「そんなあ」
「「「「「あはははは」」」」」
皆が笑った。未来に向かって新たな芽が出た事で、大夫明るい気持ちになっているらしい。オリバー・クレイトンと知り合った事で、こんなに大きく変化するとは思わなかった。
オオモリが続ける。
「そして、案の定グロス・オーエス・データ「GOD」が大きな制約を賭けてます」
「GOD本社はどこにある?」
「サンフランシスコですね」
「遠いのか?」
「……ここから車で六時間ほどです」
「なるほど」
そしてマナがぽつりとつぶやく
「7G技術や、ゾンビコントロール技術って……」
その言葉を聞いたオオモリが呟く。
「そうですね、GODならあり得ます」
「だよねえ」
そこで俺がオオモリに、ゾンビ化人間コントロールについて聞いた。
「なんで、ゾンビをコントロールできるんだ?」
「ああ、あれはですね、生体ウイルスじゃなくて、ゾンビ因子を囲んでいる物質のせいなんですよ。そこにナノマシンっぽいのが入ってたんですけど、あてずっぽうでそれをコントロールできないかとやってみたら、コントロール出来ちゃった。みたいな感じっすね」
「……偶然だったのか?」
「まあ、そうです」
それを聞いて皆が複雑な表情をした。だが、アビゲイルは言う。
「そういうものですよ! 研究の発見なんて偶然の産物の積み重ねです! 私がゾンビ因子のコアになるものを見つけてしまったのも、偶然の産物みたいなものですから」
「そ、そうですよね! 流石博士! 話がわかりますね!」
「ええ! 分かってますよミスター大森!」
どうやら天才は天才同士で分かり合えているようだ。今回のオリバー・クレイトンが動いた一件で、GOD社が派手に動いたとなると、やはり大きく絡んでいる可能性が高い。
そこでクキが言う。
「だがよヒカル。ちっとばっかし、オリバーから離れるのはまずいかもな」
「わかっている」
「ロサンゼルスにオリバーが居ると分っている以上、ファーマー社は必ず何か仕掛けて来る」
「もちろんだ。今までの流れではそうだからな」
それを聞いていたシャーリーンが言う。
「なるほどです……。しかしGODが関連しているなら、洗い出ししたいですね」
するとオオモリが目を輝かせて言った。
「えっ! GODをですか!」
「はい」
皆がシャーリーンに注目する。
「どうやってだ?」
「社員もたくさんいるのですが、あの大企業にはカリム様が産業スパイを潜り込ませています。その人達にコンタクトを取る事が出来れば、あるいは何か分かるかもしれません」
「産業スパイ?」
「もちろん、ビジネス的な要因で潜っているので、ファーマー社関連やゾンビ関連は全く感知していないと思います。ですが、何らかの要因は探れるかもしれません」
クキが腕組みをして首をかしげる。
「うーん。商売で潜入した産業スパイなら、ちっとばかし危なくないか?」
「そこは、もちろん加味します。ですが、社員や研修生として潜り込むことは出来るかもしれません」
「なるほどな……」
「まずは、コンタクトをとってみますか? リスクがない訳じゃないですが」
それを聞いてオオモリが言う。
「そうですね。GODといえば、世界最大手のIT企業です。セキュリティもそうだし、彼らのネット技術は侮れないです。こちらの事を感づかれるかもしれない」
「はい」
そこで俺がひらめいた事を言う。
「カリムの手下を危険にさらすより、オリバーはどうだ? クレイトン家とやらならば、それなりのコネがあるんじゃないか?」
すると一斉に俺を見る。そしてクキがにやりと笑って言った。
「ヒカル……アリだな」
「GODとのつながりの情報は、俺達はまだ確たるものがない。だが関連しているかもという情報を、オリバーに流せば何か動きが出るかもしれん」
クキがシャーリーンに言う。
「ヒカルの言う通り、身内を危険に晒す事はない。それはまた、次の段階にとっておこう」
「わかりました」
そして俺が言う。
「そういうのは、やはり覚悟を持った奴らにやってもらわないとな」
皆が頷いた。最初は半信半疑でオリバーに渡したデータだったが、確実にファーマー社を追い詰め始めた事で俺達も信頼し始めた。そこで俺がオリバーに接触し、この情報を伝える事になったのだった。




