第543話 最初の一滴
ベランダから地面に降り立った俺は、周辺に感じる監視の気配を探った。
三カ所か……。
認識阻害をかけたまま、近くのカフェに陣取っている男を確認した。他に一般人がいるので、そこで何かをするわけにはいかない。そのままそいつを無視して、他の二人を確認するが、どいつも人目のある所にいる。
「あいつらも、襲われないように考えているわけか」
キッ! と、クキ達が乗る車が、目の前に止まって窓が開く。
「ヒカル!」
「監視者が三人。カフェとあそことあそこにいる、黒づくめのサングラスの男、新聞を読んでる男、電話をかけている男だ」
「了解」
「任せた」
「二十人以上はビルに入ったぞ」
「任せろ」
そして俺はすぐさま、ビルの入り口から無造作に入り込んだ。入り口のロック式自動ドアが、無理やり開けられている。中に入り気配を辿って一番近い敵の所に行くと、通路を見張っているようだった。
「刺突閃 三連」
後頭部に穴をあけた三人を、倒れる前に瞬時に集めて階段下に押し込む。見張りは他にいないようだが、どうやら対象の部屋を確定していないのか、他の連中は一室一室探しているようだ。
オリバーも無策ではなかったか。
恐らく、いろいろと想定済みなのだろう。そして俺は一気に最後尾の奴に近づいて、首だけをねじり後ろに向かせる。白目をむいて倒れるところをそっと掴み、階段に隠した。
よし。
俺が最後尾の奴を殺したのを、前の奴らは気づいていない。それから急いで斬り進み、各階層にそのまま死体を残しつつ、一気に先頭の隊まで殺してたどり着いた。二十人程度の人間なので、造作もない。
オリバー達が潜伏している部屋の階に到着したころには、もう五人しか残っていなかった。
「おい! どうした! 応答しろ!」
「ついて来てないぞ!」
「どうなってやがる!」
残る五人の前に、俺は無造作に姿を現す。
「なっ」
「ちょっとどいてくれるか」
「殺せ!」
銃を向けて来たので、一気に五人の首を刎ねた。次の瞬間だった。
ドン! と、オリバー達のいる部屋のドアが開いたところで、ボディーガードが銃を構えている。
「え」
俺の顔を見て驚いていた。
「もう少しでバレるところだったぞ」
「さっき、ベランダから飛び降りたよな?」
「ああ、一階から倒して来た」
「一階から? 五階から飛び降りて無事なのか? ……てか、こ、こいつらを倒したのか?」
「二十人ほど、あちこちに死体が転がっている。警察に見つかると大変じゃないか?」
するとボディガードの後ろから、オリバーがやってきてニッコリ笑った。
「なんと、全部片づけてくれたのかい」
「そうだ。だが、騒ぎを聞きつけて警察が来るぞ」
するとオリバーが首を振った。
「大丈夫。警察にもうちの一族はいるし、あとはいろいろ手を打っているさ」
そう言ってボディーガードを見る。
「今度は、こちらの組織がやって来る。敵を殲滅しに来る予定だったが、どうやら手間が省けたようだ。後始末はやるが、あんたは念の為に逃げた方がいいだろう」
「そうか。なら、外で見張ってる監視者もついでにお願いしたい」
「監視者がいるのか?」
「三人ほどいたが。たぶん、引き渡せるだろう」
「……わかった」
ボディーガードがあっけにとれらている。すると一階から、何かが上がって来る気配がした。
「何か来た」
「分かるのか?」
「味方か?」
「恐らくそうだ」
「階段に死体を突っ込んである」
「了解だ」
そう言って、ボディーガードはスマートフォンを取った。組織の連中に話をしているのだろう。
そしてオリバーが俺に言う。
「ラッキーボーイ。また借りが出来たようだね」
「貸しなど無い。あんたは、とにかくファーマー社を追い詰めるのが仕事なんだろう?」
「そうだ。今回の事を加味して、更に警備に力を入れる事にしよう」
「そうしてくれ。とにかく捕まえた奴の引き渡しだ」
「うむ」
そうしてオリバーと依頼人達を連れ、そのビルを下りていくと、組織の人間とやらが黒い袋を運び出しているところだった。その中に死体を入れて、早急に運び出しているらしい。
「オリバー。ずいぶん手早いな」
「そうでもせんと、警察に嗅ぎつけられてしまうからな。こちらはFBIにも一族がいるのでね、警察の到着を遅らせているのさ」
「いずれにせよ、ここは危険だ」
「もちろん、次の手は打ってあるよ」
「そうか」
そして俺達がビルと出ると、クキの車が離れた所に停まっていた。俺が手を挙げると、するすると近づいて来てワゴンの横のドアがスライドする。そこに、縛られた三人の監視役がいた。
「捕まえたぜ」
「引き取ってくれるそうだ」
するとその後ろのトレーラーから、男達が出て来て三人の男を連れて行った。
「こちらで調べさせてもらうよ」
オリバーが言うので俺は頷き、車に乗って振り返る。
「あんたらは?」
「大丈夫。迎えが来た」
トレーラーが出発したと思ったら、入れ違いにワゴン車が滑り込んできて、オリバーとボディーガードと依頼者がそっちを見る。
「あんたは、とにかく死ぬな」
「ありがとよ、ラッキーボーイ。気を引き締めるとしよう」
「そうしてくれ」
そうして俺達は、さっさとその場所を離れる。出発するとシャーリーンが言った。
「車を見られました。どこかで乗り捨てましょう。新しい車を用意させます」
「わかった。これから、どうなるだろうか?」
俺が聞くと、クキが言う。
「特殊部隊並みの動きの奴らが、二十人も一瞬で消えたんだ。容易に手を出せなくなったさ」
「なるほどな」
「俺達じゃなく、おそらく敵さんはクレイトン家を恐れるだろうね」
「そういうことか」
俺達は路上にレンタカーのワゴンを乗り捨てて、新たな小型バスへと乗り換える。いつの間にかシャーリーンが手配してたらしく、俺達はその場を後にした。
そしてオオモリが言った。
「皆さん! 早速、今日の裁判の件が報道されてますよ」
俺達は、その報道を見る。
「なるほどな」
一流の家系の弁護士が出した情報だけあって、それをデマとするのは時間がかかりそうだった。それに、オリバーが出したのは本当に触りの部分で、本格的に情報を出すのはこの後になるのだろう。
「流石だな」
クキが感心している。
「そのようだ」
俺達のやり取りを聞いていた、クロサキがぽつりと言った。
「ようやく……ですね」
「なにがだ?」
「ファーマー社の裏情報が、正規ルートで明るみに出たのは、これが初めてではないでしょうか?」
それを聞いていたアビゲイルが、嬉しそうに言う。
「ミス黒崎の言うとおりだわ。これで、初めて信憑性の高い情報として認知されたかもしれないです」
そこでオオモリが言う。
「それはそうですけど、アビゲイル博士の訴えはどこかで取り下げてもらいましょう。ヒカルさんの説得なら、きっとあのおじさんも聞いてくれますよね?」
「今度会ったら話してみよう」
「お願いします」
そしてタケルが笑う。
「これで、ファーマー社は火消しに大忙しになるぜ」
だがクキが訝し気に言う。
「手放しでは喜べんさ。ネズミを追い詰めれば、噛みつくだろう? 既にニューオーリンズと、フォートリバティで、アイツらは恐ろしい事をやっているんだ」
「確かに……」
シャーリーンが言った。
「ミスター大森。ここからは、本気で情報を掴んでいかないといけませんね」
「わかりました。全力を尽くします」
ようやく俺達は、次のフェイズに進んだことを理解した。ファーマー社はこの事で、どちらに転ぶのだろうか? オリバー・クレイトンが何処までやるかにもかかって来るだろう。
「裁判上手くいきますかね?」
すると、タケルがにんまりする。
「ラッキーボーイのコイン持ってんだ。ぜってー成功すんだろ」
するとクキが歯をむき出して笑う。
「違いない」
アメリカが……いや、世界が目覚めてくれるかどうか、それは誰にも分からない。だが一つの波紋が生まれ、俺達はそれが世界に広がる事を望むのだった。




