第537話 守るものたちの眠り
ラスベガスはあちこちに大きなホテルがあり、俺達はカリムが経営するホテルに滞在する事になった。身分証明など何もいらずに、セキュリティの高い部屋を用意される。到着したのは朝だったので、皆は疲れて寝室に行ってしまった。
「凄い街だな」
俺は窓の外を見る。
ここは、人々に活気があるようだ。今までのどの町よりも、人にゆとりがあるように見えた。そして俺と一緒に起きていたクキが答える。
「だな。夜になればもっと面白くなるぞ」
「そうか」
「夢と欲望の町だからな」
「ミオが楽しそうに語っていた」
「世界有数の観光地だからだ」
「そうか。それで、皆寝てしまったのか?」
「そうだな。エイブラハムの言葉が響いたらしい」
「この世界が、この世界の形をしているうちに楽しもう……か」
「そりゃそうだ。世界を救う為に戦っているとはいえ、タケルも含め、皆若い。ひたすら人の死と直面し続けるなんて、精神が持たないだろうよ。俺もそれでいいと思う」
「そうか」
「そういや、ヒカルは少年の頃から、ひたすら戦いに明け暮れていたんだもんな?」
「ああ、それが当たり前だった」
「せっかくこの世界に来たんだ。お前もまだ若いんだし、少しは遊ぶといい」
「俺は、酒があればいいがな」
「まあそういうな。女達はお前と遊びたくて眠ってるんだ」
「わかった」
既にラスベガスに、エンハンサーXが持ち込まれたかどうかは分からない。だがここには富裕層も、麻薬カルテルも、ギャングもいるらしかった。だとすれば、あの薬が持ち込まれた可能性は非常に高い。
そしてクキが言う。
「俺も少し眠るよ。こんなに安全に眠るのは、いつぶりだろうな?」
「ああ」
「ヒカルも少し休め」
「わかった」
とはいえ、俺にそれほど休息は必要なかった。ロズウェルで戦ったが、既に車の移動で十二時間ほど何もしていない。その間に、魔力も体力も完全に元に戻っている。
俺にそう言うと、クキは部屋を出て寝室に行ってしまった。俺は窓際からソファーに座り、軽く目をつぶってみる。
……皆はそんな風に言っているが、今回の件はかなり堪えている。いままでは、ファーマー社が、秘密裏に研究をし、実験をするに留まっていた。アフリカでも流出を阻止したと思えていたが、結局はアメリカで、日本同様に不特定の人達に流出してしまった可能性があるのだ。
しかも……ただのゾンビ因子ではなく、試験体のゾンビ因子が出回った可能性が。
オオモリもショックを受けていた。もしかすると、オオモリのゾンビコントロールを上回る仕組みが出来たかもしれないと知ったから。
だが……焦っても仕方がない。このような事態は想定済みだ。もっと絶望的な状況で旅をした事もあるし、現状まだ世界は滅びてはいない。
気配がして目を開けると、後ろからミオが来た。
「起きたのか?」
「ううん。寝れないのよ」
「疲れているだろう?」
「うん。だけど、全然眠れなくて」
「そうか……」
そして、ミオが俺の隣りに座る。ホテルの上質なガウンを着てリラックスしているが、気持ちが落ち込んでいるのが分かる。
「ヒカル。これから、どうなるかな?」
「……なるようになる」
「……そっか、そうだよね」
「だが、希望はある。こちらにはアビゲイルもオオモリもいる。どちらも一度は、ファーマー社を出しぬいたやつらだ。しかるべき施設さえあれば、どこかで必ず終止符はうてるはずだ」
「ヒカルは、凄いね」
「凄くはない。だがやるだけやってみるだけだ」
「うん」
そして沈黙が落ちる。するとミオが俺の肩に頭を乗せた。
「ヒカルの隣りが一番落ち着く」
「そうか。ならばここで眠れ」
「うん」
すると……また一人の気配が来た。
「あ。美桜」
「ん……南」
「眠れなかったよね?」
「うん」
するとミナミが言う。
「ツバサもマナも眠れずにいるのよ……」
「そうか……」
すると、ミナミが俺の肩に手を乗せて言った。
「ねえ。ヒカル。私達と一緒に寝て」
「一緒に?」
「大きなベッドがあるの。そこで一緒にだと眠れそうだから」
俺がミオを見ると、ミオも頷いている。
「わかった。それでみんなが眠れるのなら」
そして俺は立ち上がり、皆がいる部屋に連れていかれた。部屋に入ると、マナもツバサも眠れずにベッドの上に座っている。
「連れてきたわ」
「「ヒカル」」
そしてマナが、俺にホテルのローブを渡してくる。
「さ。着替えて。スーツだと、寝心地が悪いわ」
「わかった」
俺はその場でスーツを脱ぎ、ホテルの柔らかなローブを羽織る。俺はミオとミナミに手を引かれ、大きなベッドの真ん中に横たわらせられた。すると四人は、俺の両側に横になる。
「これでいいのか?」
「これがいいのよ」
「みんなは風呂に入ったが、俺はまだ入ってない。臭うんじゃないか?」
「ううん。これでいいの!」
「そう! ヒカルの匂い!」
「落ち着くわ」
「眠れそう……」
「そうか」
そして、そのうちに皆が寝息を立て始める。眠れなかったらしいが、相当疲れていたのだろう。あっという間に心拍が緩やかになり、熟睡してしまったようだった。
皆が猫のように丸くなり、俺の体に寄り添っている。四人は、このホテルに着いた瞬間に風呂に入って清めているからいいが、俺は特に何もしていなかった。むしろ女達の仄かないい香りが、俺の鼻腔をくすぐりなんとも言えない感覚になる。
それから……日が沈むまで、何故か俺は眠る事が出来ずに目がさえたままだった。特に困る事はないが、自分が何故眠れなくなってしまったのか分からない。
「……ヒカル」
「目覚めたか」
「ずっと起きてたの?」
「ああ。ミオは寝れたか?」
「久しぶりにぐっすり眠れたわ」
その声に他の三人も目覚め始める。
「ほんと。スッキリした」
「深く眠れたみたい」
「わたしも」
そこでようやく、俺は気になっていた事を言う。
「俺も風呂に入って来る」
マナがニッコリ笑って言った。
「ごめんね。わがまま言って」
「いや。いい」
そうして俺は部屋を出た。何故か俺の心拍数は上がっていた。エリスの事を忘れたわけでは無いが、女に甘えられて眠るという事が、こんなに寝ずらい事だとは思っていなかった。
部屋を出ると、クキとタケルが俺を出迎える。
「ヒカルも眠れたか?」
「いや。眠りは必要ない。それより風呂に入って来る」
「おう。行ってこい」
そして俺は、ホテルのシャワールームで水をだして、体を冷やすのだった。




