第536話 終末世界が来る前に
どうやら麻薬カルテルの動向は、電子では末端まで調べられないようだった。その対策について、オオモリとクロサキとシャーリーンが話し合っている。
「ある程度の流れはつかめるんですけどね。その先がなかなかわからない」
「仕方ありません大森さん。大規模な麻薬組織はFBIや麻薬捜査官を警戒していますから。捜査のプロである彼らは、麻薬カルテルの盗聴もしますしハッキングもしますので、筒抜けになるのを恐れて、直にやりとりしている場合が多いのです」
「確かにそうです。ミスター大森のAIがいくら優れてても、電子上に履歴が無ければ難しいでしょう」
「そうなんです。紐づけが出来ないんですよ。もう一歩なんだけどなあ」
三人で考えた試みは、銀行履歴や通信履歴ではなく、スマートフォンの通話履歴から割り出した場所の、地域の監視カメラの情報だった。監視カメラに麻薬の売人や、麻薬カルテルの人間が映り込んでいないか? あとは飛行機のチケットなどの購入履歴や、行動範囲の確定など。
「分かったのは、大きな取引は末端の売人はほとんどやらないという事です。このあたりにわずかに流れていたエンハンサーXは、この地元の富裕層をターゲットにしていたようです。それを調べようが無いのが辛い所です」
「仕方ないでしょうね」
「もう少し頑張ってみます」
そして、オオモリは再びパソコンとのにらめっこを始める。
するとそれを耳に挟んだタケルが、頭の後ろに手を当てながら上を向いて言う。
「てかよ。ファーマー社は金儲けの為じゃなく、ワザと、試験体ゾンビ因子汚染肉を売ったんじゃねえかな? アビゲイル博士も言ってたろ? 研究者が絡んでるかもしれねえってよ」
皆が一斉にタケルを見た。そしてマナが言う。
「あんた……」
「あー、ウソウソ! 忘れてくれ。適当な事を言った。馬鹿だな、おりゃ、邪魔して悪かった」
「凄いじゃない!」
「へっ?」
「きっとそうよ。だってあんな危険なものを、目先のお金欲しさにばら撒くかしら」
「確かにそうだけどよ」
するとクロサキが大きく頷いた。
「大森さんが追えなくなっているのが証拠かもしれません。あんな殺人鬼や、金欲しさに悪事に手を染めている奴を介してワザと流した。そう考えると辻褄が合います」
「んでも、なんでだ? わざわざ流す必要あんのか?」
そしてそれを聞いていたオオモリが、深刻な顔で言った。
「もしかすると……」
「なんだよ」
「僕が出来た6G回線ゾンビコントロール。その上を行く技術が出来上がったんじゃないでしょうか?」
「どんな?」
「6Gコントロール。もしくは7G回線による技術で、ゾンビ化人間や試験体感染者を操るやつです」
それを聞いてクキ、クロサキ、シャーリーンが眉を顰める。
「まずいな」
「そうですね」
「エンハンサーXが、スポーツ選手だけじゃなく、富裕層や……政治家に流れたら」
それを聞いて、ようやく皆も気が付いたらしい。
「なら、ワザと撒いた理由もわかる。しかも、富裕層に渡るように仕向けているって事だわ」
「そうですね美桜さん。もちろん仮説ですけどね」
皆が更に、事の重大さに気づいてきたようだ。ファーマー社はワザと因子をばら撒いて、地位のある者をコントロールしようとしているのかもしれない。日本を出た時、最初に懸念していた実験が、最終段階に入った可能性を示唆している。
するとオオモリが悔しそうに言った。
「実際の大統領や政治家、富裕層に渡ったら……全部が本当に、フェイクニュースじゃなくなります」
そこでクキが言う。
「大森。最近意見を変えた政治家や、企業のトップを洗いだせるか?」
「やってみます」
そしてパチパチとパソコンを弾く。その間にシャーリーンが言う。
「富裕層が集まる場所と言えば……」
「ロサンゼルス」
「ですね」
そうしてオオモリが画面を見て言った。
「まさか……」
「なんだ?」
「グロス・オーエス・データ……」
それを聞いて皆がざわつく。
「あの……大手のITですか?」
「定かではないですが。最近突然、医療や薬事に進出しています。ここのCEOは最初は、異業種には手を出さないって言ってたんです」
それを聞いて、クキが乾いた笑いをする。
「Gross OS Data通称GOD……ゴッド社か」
「ええ」
そして俺が聞く。
「ゴッド社とは?」
「ITの最大手だよ。世界一の大企業と言っても過言ではない。この世界のITを司るような会社だ」
「そいつは……厄介だな」
だけどそこで、クロサキが言った。
「ですが、次の行先はいくつか決まりましたね」
オオモリが答える。
「ロサンゼルス、ラスベガス……それとサンフランシスコ」
「シリコンバレーですか。一度行って見たいと思っていたんです!」
オオモリが喜んでいる。そしてクキが言う。
「まあそうと決まれば、直ぐに発とう。何処まで防げるか分からんが、やるだけやってみるしかない」
「ですね」
そうして俺達の次の行先が決まった。それはラスベガスという、富裕層が集まるカジノ街らしい。なぜかミオが目をキラキラさせているが、どうやら前に一度だけ行った事があるようだ。
「ねえ、不謹慎だけど……」
皆がミオを見る。
「なんだ? ミオ」
「カジノ行ってみたい」
するとタケルが言う。
「俺も」
クキが苦笑いして言う。
「遊びじゃねえんだがなあ」
だけどそれには、エイブラハムが笑いながら言う。
「ふぉっふぉっ! 九鬼さんよ。この世が終わるかもしれないと隣り合わせじゃ、まだこの世界が成り立っている間に、楽しんだってバチは当たらんじゃろ」
するとシャーリーンが答えた。
「では、カリム様の経営するホテルがあります。そこに向かいましょう」
そしてタケルが運転するキャンピングカーは、ロズウェルを出発する。もちろんこの周辺でも、まだきな臭い感じは残っているが、末端をいくらやったところでエンハンサーXは止まらない、という判断だ。
走るキャンピングカーの中で、オオモリが次々にアメリカ中のスポーツ選手、著名人、政治家をリストアップし始めた。それをよそめに、俺が窓の外を眺めて思った事を言う。
「このあたりには山が見えないな。まるで前世にでも戻ったようだ」
「そうなのね? でも本当に、何処まで行っても平野が続くし緑も少ないわね」
ミオの言葉を聞きつつ、クキが俺に言ってくる。
「到着は明日の朝だ。ここまで俺がずっと運転して来たからな、酒でも飲もうと思うが、ヒカルは付き合え。マジで飲まねえと、やってられねえ事になって来やがったからな」
「もちろんだ」
するとエイブラハムも言う。
「終末に酒。いいねえ、わしも混ぜておくれ」
「もちろんだ」
そうして俺達三人は、高級酒をグラスに注いで飲み始めるのだった。それをはた目に見ながら、それぞれ好きな事をし始める。
ミオは本を読み、ツバサは音楽を聴く。ミナミは日本刀の手入れを始め、マナはオオモリと一緒にパソコンとにらめっこを始めた。クロサキとアビゲイルとシャーリーンは、ポーカーとか言う遊びに興じ始める。
その光景を見て、エイブラハムが優しい微笑みを浮かべ、これから起きる不安を払拭するように酒を飲み始めるのだった。




