第534話 麻薬組織の陰
クロサキにも、俺の影響が色濃く出始めているようだ。飲み屋などで、試験体の因子を含んだ人肉についての聞き込みをしているのだが、相手がなんの疑いもなく洗いざらい話を始めるのである。
クロサキの話方や身振り手振りだけではない、新たなスキルが発現しているように見える。そしてそれには、本人が一番よく驚いていた。
「こんなに、すらすらと情報が引き出せるようになっているなんて……」
「前世に存在したスキルで、沈黙を破る声を操る者がいた。それに似ている」
「そんな人がいたのですか?」
「そう言う能力者の多くは、王家に使える事が多かった」
「王家……」
「王族を、たぶらかす者がいるからな。それらを制するのにつかわれた力だ」
「それが私にですか?」
「クロサキの元々の力が引き出されたのだろう」
「私にそんな力が……」
恐らく間違いない。それでなければ、バーのゴロツキがあれほど素直に話をするわけがない。
俺達がロズウェルの裏通りを歩いていると、タケルからスマートフォンに連絡が来た。クロサキが電話を取り、話を始める。
「はい、はい。えっ? わかりました」
そして電話を切る。
「何かを見つけたようだな?」
「麻薬の売人が、おかしなものを売っていたそうです。ヒカルさんに見てもらいたいそうです」
「わかった」
それから、俺とクロサキはタケル達に言われた場所に行く。治安の悪そうな場所で、タケルとミナミが俺達を待っていた。
「おー、来たか!」
俺は、すぐに違和感に気が付いている。
「試験体のゾンビ因子を持ってるのか?」
すると、タケルとミナミが顔を合わせて頷いた。
「やっぱりか」
「それはなんだ?」
「なんか、ラリってスーパーマンになれる薬が出回ってるんだそうだ。それがこれ」
「なるほどな」
袋に入った粉を俺に見せた。そこには、試験体のゾンビ因子が確かに存在している。
それを見てクロサキが言う。
「まさか、人肉が違法薬物になった訳ですか……」
「細胞を壊して人を作り変えるものだからね。覚醒剤より酷いヤツだ」
「こんな物が出回ってしまえば、アメリカはおろか世界が終わる」
そしてタケルが、俺達に聞いて来る。
「そっちはどうだい?」
「こちらも似たようなものです。麻薬カルテルに流れ込んでいるらしいとの情報は掴んでいます」
「うわあ。またおっきな組織が出てきそうだな」
ミナミが腕をくみ、複雑な顔をして言った。
「流石に大森君だけじゃ、情報はつかめないか?」
そう言うと、タケルが背伸びをしながら言う。
「んじゃ、まずは売人から潰していくかあ」
「まずは皆に言わなきゃね」
するとクロサキが言う。
「ただし、麻薬カルテルは奥が深いです。かなり危険だと言わざるをえません」
「そっか」
「まとまって動くのは危険かもしれません。軍隊とやるのとはまた違います」
それを聞いてタケルが答える。
「プロの黒崎さんがいうんだ。そりゃ間違ってねえだろうな」
「ええ。まあファーマー社同様に手段を選びませんからね」
俺が三人に言った。
「そのようだ……既に見張られている」
路地裏で立ち話をしていた俺達を、誰かが見ているようだった。車に乗った連中で、遠くから俺達の事を監視している。
「撒くか?」
「いや。挨拶に行こう」
ミナミがにやりと笑う。
「賛成ね。私もシャーリーンからもらった日本刀を試してみたいわ」
「あー、五本も貰えたよな」
「GHQが戦争の時に、日本から取り上げた物なんだって。名刀も含まれていたらしいの」
「使いたいのか」
「まあ……ね」
だが、それを聞いていたクロサキが俺達を制する。
「ここで接触しても、大きな成果は得られないかと思います」
「どうしたらいいだろうか?」
「まずは歩きましょう。とどまっていれば、他の町の人達からも怪しまれます」
「おう」
「そうね」
俺達四人は、周囲を気にしながら街を歩く事にした。すると案の定、俺達について来る車がある。
「売人探すのに派手に歩いたからなあ」
「それを言うならば、こちらも派手に聞き込みました」
思わず俺は笑ってしまう。
「ふふ」
三人が俺を見る。クロサキが笑って答えた。
「もしかして、ヒカルさんは、こうなればいいと思ってたんですね?」
「まあな」
「釣るためですか」
「そう言う事だ。まさかここまで簡単だとは思わなかったがな」
「なるほどです。では、私の推測ですが、恐らく麻薬組織は私達が、FBIか違う組織どうかを疑っている状況だと思います」
「なぜだ?」
「このあたりのゴロツキなら、警察の顔を知っているでしょう。ですが、四人とも知らない顔というのはあり得ません。となると、FBIか、もしくは麻薬捜査官DEAと言う事もあります。恐らく見張っているギャングらは、それを突き止めようと思っていますね。そしてFBIが動いてるとなれば、ここで売るのをしばらく止めます」
「捕まえて、始末すればどうなる?」
「蜥蜴の尻尾きりで、大元は手を引くでしょう」
「分からなくなるという事か?」
「そうなります」
捜査という者の難しさを知る。大元を押さえなければ、試験体のゾンビ因子が他の地域に流れてしまうという訳だ。
そしてクロサキが、スマートフォンでメッセージを打ち込んだ。待っている仲間達に、どうするかを伝えているのだ。それが全て終わった時、クロサキが俺達に言う。
「ならば、それっぽい動きをしましょう」
「どうするの?」
「シャーリーンさんにお願いしてあるので、そこに」
そして俺達は、追跡者が見失わないように通りを歩いて行く。するとある場所に、車が一台置いてあった。
「乗りましょう」
俺達がその車に乗り込むと、クロサキが運転席に座り鍵をソファーの下から拾った。そしてエンジンをかけ、俺達の車は、するするとその場を走り出し、クロサキは注意深くバックミラーを見た。
「ついて来てます」
「どうするんだ?」
「ダッシュボードを開いてください」
それを聞いてタケルがダッシュボートを開く。
「なんかある」
「発信機と偽の身分証明です」
「なるほど。これを相手につける訳か」
「分らないようにつけてくださいね。行きますよ」
ギャギャギャ! と車を横に向けて、後ろからついて来る車を停めた。すると後ろの車も急ブレーキで止まる。クロサキとタケルが車を降りて、身分証明を開きながらダッと走り後の車に辿り着く。だがそれを振り切って、バックして車はさっさと逃げて行ってしまった。
車に戻ってきたクロサキがタケルに聞く。
「どうなりました?」
「車の下に付けれた」
「じゃあアプリを見てみましょう」
スマートフォンに地図が映り込み、そこには光の点が進むのが見えた。
「大森さんが作ったアプリです」
「なるほどね」
「これで、我々が捜査官だと勘違いしたでしょう。必ず動くはずです」
「さっすがプロだね」
そして俺達はその地図を見ながら、ギャングの行先を確認するのだった。




