第523話 研究所員を防衛する試験体
俺が先頭で更に先に進むと、突然あちこちから銃弾が飛んできた。ゾンビ化兵の気配はしなかったのだが、見れば機械がこちらを狙っている。この先の壁は全てが鉄製になっているようで、試験体対策がなされているようだった。
「刺突閃! 五連!」
金剛と結界で身を守りつつ、剣技で全ての機械を破壊する。クキが後ろから走ってきて言う。
「大丈夫か?」
「問題ない」
「ありゃ、試験体の対策だろうな」
「そのようだ」
「無人の防衛機構か……雰囲気が変わったな」
「試験体の暴走を警戒してるんじゃないだろうか。無駄なゾンビ化兵の損耗を無くすためじゃないか?」
俺とクキの会話にアビゲイルが言う。
「そうでしょうね。試験体の改造中に、制御に失敗する場合もありますから」
「確かにな」
すると治験者の男のひとりが聞いて来た。
「あんたらは、これについて何かを知ってるのか?」
クキがそれに答えた。
「そうだ。あんたら、ネット上で見た事は無いか? ゾンビが世界中で出現しているところを」
「見た事はある。あれと、ここで錯乱した人間が一緒という事か? ゾンビなどデマだと思っていたが」
「いや。デマじゃない。実際に起きているし、あんたらもその対象だ」
「なんで……ゾンビなんか作り出してる?」
それにはシャーリーンが答える。
「いくつかの用途があります。まずは軍事用途ですね。死なない人間を戦地に送り込み戦わせる。または放射線の除染作業にも使えますし、危険な場所での作業もこなせます。ただ……一番の目的は、人間のドローン化となります」
皆が唖然としていた。
「そ、そんな事をしてるのか? それならもっと情報が回ってもおかしくないはず……」
それにはオオモリが答える。
「メディアが全てコントロールされているんですよ。それに政府や企業にも多額の金がばら撒かれているんです。そのおかげで政治家たちも、その事について話す事はできないんです。話せば暗殺されます」
「そんなことが……」
「そうです」
更に他の女が言った。
「でも、実際に目の当たりにしてしまえば信じざるを得ないわ。完全にゾンビになった人を見たもの」
生存者の皆が頷いた。助けた娘が父親に縋りつき、震えている。
「ママは……ママ……が」
「大丈夫だ。大丈夫だよ」
父親は怯える娘の頭を優しくなでながら、ニッコリと笑顔を浮かべて安心させようとしていた。子供が父親の服を握る手に力がこもる。そして俺は周辺の確認をし、皆に告げる。
「俺が先の部屋を確認する。状況を見定めるから皆はここで待て」
皆は俺の言葉にうなずき、俺はクキに言う。
「皆を守ってくれ」
「了解だ」
「アビゲイルは俺と」
「分かったわ」
俺は警戒しつつその鉄壁の部屋を進む。さっき破壊した防衛用の銃の残骸が散乱し、それを踏み越えながら先へ進むと大きな扉が現れた。そして俺がアビゲイルに言う。
「この先に何かいる。俺の後ろに隠れろ」
「はい」
「断剛裂斬」
ドアを破壊し、斬れた先を見渡す。
「なんだ?」
切れ目に手を入れて、グイっと亀裂を広げる。アビゲイルが中を見ると、一瞬怯んだように声を出す。
「うっ」
その先の部屋はとても広かった。広い部屋の中には理路整然と、大きな円筒状のガラス培養槽が並び、試験体のなりそこないになった人間が大量に詰められていたのだ。
「実験か……」
俺の声にアビゲイルが言う。
「……未完成の個体です……でもこんなに?」
それはどこまでも続いているように見える。培養槽の中の試験体は土気色の肌をしており、筋肉が異常発達して、虚ろな目で浮かんでいたのだった。
そしてその奥には、俺達の侵入から身を守るように白衣の人間達が並んでいた。そいつらはロボットのような形状の試験体に守られ、こちらを冷たい目で睨んでいる
「なんだ! お前達は!」
一人が逆上したように言う。だが俺達の後ろから、あの助けた娘が走り寄って来た。
「ママを! ママを探して!」
アビゲイルが娘を抱き留めて、父親を呼ぶ。
「危険です。早くこの子を連れて行って」
クキと父親が慌ててこちらに着て、子供を抱きかかえた。
「ママを! 助けなきゃ!」
「待つんだ。彼らの言う事を聞くんだ!」
「でも!」
その声よりも早く培養槽の向こうにいた試験体が、ゆっくりとこちらに動き出した。俺はクキに言う。
「俺が片付ける。生存者を連れて隣の部屋に戻れ! 後方の警戒をしろ!」
「そのつもりだ」
クキに連れていかれる親子とアビゲイル。俺はそれを尻目に一気に奥に進んだ。すると白衣の奴らが不敵な笑いを浮かべ、俺に言い放つ。
「なんだ? 銃か? 機関銃か? そんな物では……」
だが、俺が村雨丸を構えたのを見て唖然としている。
「さ、サムライソード? そんな物でここにきたのか?」
「銃などあてにならん」
俺がそう言った時、一斉に装甲を着た試験体が飛びかかって来る。
「氷結斬! 水流閃!」
一帯を凍らせ、試験体の行く手を阻む。だが身動きの取れる試験体が氷を突き破って前に出てきた。
「屍人、乱波斬!」
一瞬で細切れになる試験体を見て、白衣の連中が唖然としている。
「な、なんだぁ! それはぁぁ!」
「だから言っただろう。銃よりも役に立つと」
すると一人の白衣を着た女が叫ぶ。
「銃の使用許可!」
「しかし……試験中のやつらがいるんだぞ!」
「そんな事より、あのおかしな奴を仕留めなくては!」
ビービービービー! とサイレンが鳴り響き、片側にいた白衣の奴が言う。
「銃の使用許可! OK!」
すると試験体の腕に付いた銃の小窓が、赤から青に変わった。
キュゥゥィィィィィイ! ガガガガガガガガガガガ!
バリンバリンと周囲の培養槽を割りながら、試験体たちは一気に銃撃をして来た。もちろん金剛と結界で全くの無傷。次の瞬間、俺は一体の試験体の隣りに立ち剣技を振るった。
「屍人冥王斬!」
装甲ごと切り裂いて、一帯の試験体が崩壊していく。俺はすぐに縮地で、すぐそばの試験体に近寄り剣技で破壊する。既に試験体は俺の動きを追ってはおらず、あらぬ方向に銃を撃ち始めた。そのおかげで培養槽が破壊されてしまい、試験体同士の相打ちをしていく。流れ弾が白衣の連中にまで降り注いだ。
装甲と試験体の性質のおかげで、銃撃では全く損壊できないようだった。俺は銃弾の飛び交う中を次々に飛び回り、試験体を一体一体と沈めて行く。銃撃をコントロールする事は出来ずに、次々に培養槽が破壊されて行くのだった。




