第513話 試験体の脅威からの挽回 レベル開放術
フォートリバティ付近の都市部は火の海となり、俺達はどうすべきかの判断を迫られた。ここは郊外の空港ではあるが、いずれはあの試験体の余波が来る。そうすればここにも、軍隊のミサイル攻撃が始まってしまうだろう。
「生存者の避難を早めてもらいましょう! そんなに時間は無いわ!」
アビゲイルの言う事が最優先だと皆が思う。
「皆が集まっているところに!」
俺達が急いでターミナルに戻ると、生存者達は窓から都市部を見て呆然としていた。
シャーリーンが制服の一人に尋ねる。
「航空会社の返事はなんと?」
「まだ来てません」
不安そうな人々と、焦る空港の人間。すぐそばで戦闘行為が行われており、その戦火がいつここに届くかもわからない。一刻を争う状況で、俺達も直ぐに対抗手段を講じねばならない。
「とにかく! 飛べる旅客機があるのなら、飛ばすしかないです!」
「は、はい……ですが……」
そこでようやくそこに、空港の人間が走って戻って来た。開口一番、言った言葉は俺達が求めるものでは無かった。
「正体不明の航空機に民間のヘリコプターが撃墜されたため、飛行許可が下りません」
「高高度まで上がるまでは、我々が攻撃を防ぎます!」
「どうやって?」
信じてはもらえなかった。
「ぼやぼやしてたら、ここも危ないんです!」
だがクキが制した。
「シャーリーン。無理だ。彼らを納得させているうちにどうにかなってしまう」
「……」
外から聞こえてくる爆撃音と衝撃波に震える生存者達。壊滅してしまった可能性の高い、都市部の人間達。究極の選択が迫られ、皆がその場に立ち尽くす。
絶望的なその状況に、クキがぽつりと言った。
「あれがヒカルが言うようなバケモノならば、米軍とていつまでも持ちこたえられない。今は時間的な余裕はなく、一刻の猶予も無い状況だ。生存者がどれほどいるか分からんが、多少の犠牲はやむをえまい! ヒカルの技でどうにかするしかないだろう。だがその人殺しの十字架を、ヒカルだけに背負わせるわけにはいかん。俺達も徹底抗戦で、どうにかあのバケモノを食い止めるしかあるまい!」
そこで俺がクキを睨みつけて言う。
「クキ。あまり俺を舐めるなよ。あれを鎮めて来ればいいのだろう?」
「なんだと? どうやって……」
だが俺の気迫にクキが黙る。
「クキ、この施設にいる人間を地下に退避させろ。それも一番深いところに。万が一爆撃で、建物が崩れても俺が後で掘り起こす。出来るだけ息を潜めて、生存者達を守ってくれ」
「一人で行くのか?」
「どれだけ出来るか分からんが、わずかに残った生存者だけでも何とかしよう。それにここで食い止めねば、この国はあっという間に飲み込まれてしまうだろう?」
皆が俺を食い入るように見る。そしてタケルが言った。
「いつもの優しいヒカルじゃねえな。めっちゃおっかねえ顔してるぜ」
「ああ。俺は腹を立てている」
そしてタケルがクキに言う。
「九鬼さん。いずれにしろ、俺達はこいつに賭けるしかねえ。ヒカルなら問題ねえよ」
「わかった。なら俺達は、俺達の出来る事に最善を尽くそう」
「そうね。ヒカルがやると言って出来なかったことは無いわ!」
「美桜の言うとおりだぜ!」
「よし! ヒカル! 暴れて来い!」
俺は静かにうなずいた。そしてアビゲイルに言う。
「あれの一部を取って来ればいいんだな」
「ええ。だけど保管する物が無いと危険です。無理にとは言いません」
「問題ない」
「なら、お願いするわ」
そしてミナミとマナが、俺の手を取って言う。
「待ってる」
「皆を救って」
「当然だ。好き勝手させてたまるか」
他の生存者達は何を言っているのか分からず、ポカンとしていた。
そこでクキが大きな声で叫ぶ。
「飛行機が飛ばないなら、地下深くに避難する必要がある! 軍隊の爆撃が始まったら、ここはぺしゃんこに潰れてしまうだろう! まずは、安全な地下へ空港内の全ての人間を避難させるんだ!」
「はい!」
空港の制服を着ている人間達が慌ただしく走り、生存者達を地下へと誘導し始めてくれる。
「こうしている間にも人が死ぬ。行って来るぞ」
「頼んだ!」
俺は皆と別れて、空港を飛び出した。
一気に精神を集中させて、村雨丸を引き抜いた。死にかけている都市を目の前にして、最高に精神を研ぎ澄ませていく。
周囲に人はいない。
「レベル上限解放。剣技拘束解除」
ドウゥ!
俺が気を放出したことで、近くにある車が吹き飛び建物がひしゃげていく。空港の一部も壊れてしまったようだ。
「制限解除。魔力最大放出!」
バン!
俺の周囲の車や、標識が溶けて崩れていく。
「超高速思考。絶対防御発動」
その瞬間、俺が感知する空気や世界が止まった。浮かび上がる塵さえも、空中に浮いたままになる。俺の立っている地面が沸騰しはじめ、膝までめり込んでいく。
ここから町まで生存者無し。経路掌握、術式発動。
「超空間跳躍術!」
ドン!
次の瞬間、十数キロ先の街の中心に居た。俺が通って来た道筋にあった建物は、左右に百メートルほど何もなくなってしまう。空港から真っすぐに更地になってしまったのだ。
いた。
試験体とバケモノたちが居た。どうやらコロンビアで見た物とは違って、飛び散ったのが人間に寄生して多くの化物を作り出しているようだ。ゾンビではない、膨大な量の試験体がその辺りいた。
「まるで魔王ダンジョンの五十三階だな」
あそこは悪魔の巣窟になっていた。倒す事が難しい悪魔が所狭しと存在していて、エリスの聖結界が有効だった。超高速思考の為に、黒い液体のような試験体も、試験体に変えられたバケモノも止まっているように見える。飛んでくるミサイルも、堕ちて爆発したミサイルも止まっていた。
「アビゲイルが、持って帰ってくれと言っていたか」
アビゲイルの言っていた事を思い出す。そして俺は剣を構えた。
「絶対零度閃!」
ぎしぃぃ!
周辺の空間全てが凍り付いた。
「絶対封印結界!」
十センチほどの四角い結界の中に、凍った試験体を閉じ込める。それでアビゲイルからの依頼は済んだ。結界をポケットに仕舞いこむ。
「どれだけ救えるか……技を発動してから既に二秒が経過しているな」
そんな行動をしているうちにも、足元のアスファルトが魔力でぐつぐつ煮えたぎって来た。
「広範囲完全気配感知」
俺の脳内に、僅かながら生きている生存者の気配が、地図上に浮かぶように感知された。
「いま、助けてやるぞ! 超空間跳躍術!」
ゴウ!
周囲の建物や車を破壊しながら、都市内にいる全生存者に向けて走り出す。俺が通り過ぎた後は建物が崩れ、車が全て吹き飛んでいく。道路も抉れ、人間が生活できるような状態じゃなくなっていく。
いた。
地下に五人。どうやら父母と子供達のようだ。俺が現れても認識する事が無いまま、五人を一気に引き連れて、数キロ離れた安全圏に置いて次の生存者のところに向かう。俺の通り道はやはり、全て破壊されて建物が崩れ去ってしまった。次の場所には八人が居た。俺は車をぶった切り、器にして全ての人間を乗せ持ち上げて走る。
「三秒……」
ダンジョンのような洞窟で使うのとは違って、想定よりかなり時間がかかってしまっていた。もう俺は都市を維持する事を考えるのをやめた。
「レベル開放。超高速空間跳躍術!」
ゴウッ!
それから一分間に、試験体が暴れ回る場所にいた生存者千五百十八人を安全圏に移動させる。
「気と魔力の残りが半分。充分だな」
既に生存者はおらず、その空間にいるのは黒い試験体と憑依された試験体だけになった。
さらに魔力を燃やす。
「最大究極奥義!」
バン!
俺を中心に半径百メートルの建物が潰れた。
「さて、ここまでやってくれたお礼をさせてもらおう」
ブオオオオオ! さらに壊れて行く建物が広がって行った。
「異界多次元剣嵐雨!」
空に無限とも言えるような黒い穴が現れた。そこから影のような黒い剣が数万の数で飛び出す。
「屍人斬! 追尾剣撃!」
空中に浮かんだ、黒い剣が一気に雨嵐の如く吹雪いた。それが通り過ぎた後は試験体はおろか、建物も地面も何もかもが消え去っていく。魔力がどんどん削られるが、残りの魔力が三割になったころには試験体も、憑依された試験体も跡形もなく消え去って行ったのだった。




