第512話 敵の非道な戦術
仲間達に都市部のゾンビパンデミックの状況を説明し、俺達がファーマー社を追っていた事を話した。だがその後で俺が違和感を感じ、戻って来た事を聞いて皆が納得して頷く。
「ヒカルが言うのなら間違いはないだろうな」
そこでアビゲイルが言う。
「ファーマー社は最新のAIを駆使しています。恐らくは、何らかの対抗策を練っていると思います。特にここはアメリカですから、施設も最新機器が揃っているのです」
するとオオモリが言う。
「残念ながら、僕の端末は今ごろ海の底です。対抗する為に、最新の端末を入手しないとダメです」
「探すしかあるまい」
俺は気づいた事を言う。
「前の世界では、魔人が人間達を人質にとり巨大な龍をぶつけて来た。ただ単に龍を撃退するならわけはなかったが、人を盾に取られると手出しが難しくなる」
クキが言った。
「都市部もゾンビと人が入り乱れてしまうと、殲滅速度は極端に遅くなるしな」
「そう言う事だ。市民が居ると攻撃できない事を、ファーマー社は知っている」
「ベルリンやローマで、俺達の戦い方を知られたからな。逆に奴らは人命などお構いなしに、ゾンビ化薬を使用してくる。そこに未知の試験体を入れられたら、甚大な被害が出るぞ…」
「そうなるだろう」
ミナミが怒った顔で言った。
「ムカつくけど、アイツらも散々実験データを取って来たからね。その対処法を持っていてもおかしく無いわけね」
アビゲイルが厳しい表情で言った。
「私一人を狙う為に、なんと言う事をするのでしょう」
「そうだな、ファーマー社にとってはそれだけ邪魔な存在なのだろう」
「そう……ですね」
「いずれにせよ、この地に博士がいる事がバレましたし、このまま黙っているとは思えませんよね」
「大森の言うとおりだろう」
そして俺とツバサが、窓の外の空を見上げる。
「何か来たわ?」
「都市のほうだな?」
オオモリがスマートフォンを見て言う。
「誰かが撮っている、SNSのLIVE映像です! 見てください!」
俺達が見ると、ヘリコプターが大きな鉄球を吊るして運んできたようだ。
それを見てクキが言う。
「チヌークで吊り下げてるのか。何だありゃ」
だが俺には分かった。
「コロンビアのファーマー社基地で見た奴と同じ気配がする! まずいぞ!」
「うわ」
スマートフォンで見る映像では、鉄球から上に向かって黒い液体が上がっていってるようだった。それがあっという間に、ヘリコプターを包み込み真っ黒になった。
「堕ちるぞ」
プロペラが止められ、それが地上に落下していくのが見えた。
「自分らも、やられてるじゃねえか!」
映像でヘリコプターが爆発し、少ししてここまで音と振動が伝わって来た。ガラスがびりびりと震えて、中に避難していた人たちもスマートフォンを見て怯えている。
俺が言った。
「……堕ちた」
「ファーマー社、マジでなりふり構ってねえな。アメリカが大変な事になっちまうんじゃねえのか!」
シャーリーンがわなわなと震えて言う。
「なんという事を。あれでは都市部はもう助からない」
「その通りだ。そして、じきにここまで広がって来る」
それを聞いていた黒人の母子が震え、腰を抜かして座り込んでしまった。そこでミオが言う。
「航空会社の人に言って、ここにいる人達だけでも飛行機に乗せて飛んでもらいましょう!」
マナも頷いた。
「それが良いわ!」
「そんな話を、聞いてくれるじゃろうか?」
「緊急事態だわ! 何とかしてくれるかも!」
見れば避難民のところに、制服を着た女が数名いる。そこに向かい、状況を伝えてみる事にした。
シャーリーンが言う。
「すみません。インターネットで情報を見ましたか?」
「見ました!」
「あの黒い怪物はじきにここまできます。軍隊では太刀打ちできないのです! ここにいる人達だけでも、飛行機に乗せて飛び立つことは可能ですか?」
「管制室に聞いてきます!」
「早く!」
「はい!」
係員が走り去り、避難している人達からも声がかかる。
「いったい、これは何なんだ!」
それにクキが答えた。
「これは映画でも何でもない映像だ。映っているのは、ゾンビの成れの果ての怪物だよ」
他の男が言う。
「米軍は何をやってるんだ!」
「恐らく軍隊じゃあ歯が立たん」
「都市には、家族がいるんです!」
「今はここにいる人達だけでも何とかするしかない」
「い、いかなきゃ! 家族のところに!」
一気にざわつき始め、入り口に殺到する者やカウンターに走って行く者などがいる。
「動かん方が良い!」
「じゃあどうするって言うんだ!」
「とにかく、飛行機に乗って逃げるのが最善だ!」
そこにいる人達は騒然となっているが、俺達も次にどうするかを考えなければならなかった。
ミオが言う。
「アビゲイル博士だけでも逃げてもらわないと!」
だがアビゲイルは首を振った。
「私は残ります。ミスターヒカル! あれの組織を何とか回収したいのです!」
「どうするんだ?」
「対抗薬を作ります!」
「だがまずは、あれを抑えねば! とにかく屋上に! 見晴らしのいい所に行って確認した方が良い」
「わかった!」
屋上に上がり、都市の方を見るとあちこちで煙が上がっているようだった。 オオモリが俺達にスマートフォンを見せて言う。
「もう、ほとんど映像が取れません。アップロードした物が見れるだけです」
「壊滅したか……」
そこまでの状況を見て、クキが苦渋の表情を浮かべて言う。
「コラテラルダメージだ。ヒカル……この都市を消すつもりでやらねば」
「ああ……」
だがアビゲイルが言う。
「対応薬の設計図は出来ているんです! 素材を取って高度な研究施設さえあればどうにかなります」
クキが首を振った。
「それまでもつか? ヒカル」
「数時間だ……」
アビゲイルが呆然とする。
「そんな……」
そんな時だった、北側から都市部にかけて何百の火柱が上がる。それを見てクキが言った。
「フォートリバティ基地から、ミサイル攻撃しているんだ!」
俺が言う。
「ダメだ! 飛び散る! 止めさせないと!」
そんな俺達の願いもむなしく、延々とミサイル攻撃は続くのだった。




