第510話 突然始まったゾンビパンデミック
催涙弾が次々に投げ込まれる中、俺は装甲車の上に飛び乗り、ハッチから覗いてタケルに言う。
「あそこのビルに突っ込め、人間達は俺がどかす」
「了解」
装甲車は一気に、三階建てのビルの一階部分に走っていく。前に飛び出て来る人間達は、俺が縮地で近づき進路を開けた。
ドガガガ!
壁と窓をぶち破って装甲車がビルの中に突入し、俺がハッチを開けてアビゲイルを呼ぶ。
「来い!」
ハッチから出てくるアビゲイルを抱き、俺は装甲車から離れた。タケルもその後ろを、難なくついて来ている。
「おいでなすったな」
「やはりアビゲイルは狙われているようだ」
「それにしても、ファーマー社の奴らの動きが早い」
するとアビゲイルが言う。
「アメリカには沢山のファーマー社支部があります。情報網もさることながら、短時間で来れる範囲内に拠点があるはずです」
タケルが肩をすくめる。
「敵地にいるようなもんかい」
「はい」
「タケル。武装している奴らがこっちに来ている」
「米軍かファーマー社どっちだ?」
「わからん。いずれにせよ速やかにここを離れるぞ」
「おう」
「集中だ」
「了解」
タケルも思考加速のような物が使えるので、ここを離脱するまでは能力を使ってもらう必要があった。もちろん俺とは違い、後でその反動が来るかもしれないが、今が使いどころだった。
廊下の先にある窓にめがけて走り、剣技で壁ごと壊す。外に逃げ惑う市民がいるが、俺達はそれに紛れるようにして走り始めた。米軍もいてファーマー社もいる中で、アビゲイルを守りながら戦うのは危険だった。ファーマー社は恐らく、なりふり構わず攻撃してくるだろう。
だが逃げている時に、唐突に銃声が聞こえ始める。
「なんだ?」
「向こうで戦ってるようだぜ」
俺の気配感知にゾンビの気配が感知される。
「ゾンビだ」
そしてアビゲイルが叫ぶ。
「市民に被害がでます!」
俺達が立ち止まり、タケルが俺に言った。
「博士はヒカルから離れたらだめだ。俺が見て来る」
だがアビゲイルがタケルの腕を取る。
「いえ。私も行きます」
「俺が必ず守る。三人で行くぞ」
人の波を逆流しながら進むが、必死の形相で走る人達が増えて来た。
「これは! 催涙弾に混ぜて、あの薬がまかれたようです」
「ベルリンやローマで見たあれか!」
「はい! ゾンビ化薬かと」
俺達が通りに出ると、あちこちで人々がゾンビに襲われて、組み伏せられているところだった。一人に数人が群がり、体を食われている。人々が叫びながら逃げ惑っていた。
「うわああああ」
「にげろ!」
タケルが怒りに満ちた顔で叫んだ。
「あいつら! こんな所でもやりやがった!」
「なんとしても、アビゲイルをどうにかしたいのだろう」
「マジでなりふり構ってねえな!」
生きている人間とゾンビが入り乱れて、街はパニックに陥っている。混雑した状態で、ゾンビ化している人間と、普通の人間を見分ける事が難しくなっていた。もちろん俺を除いてはだが。
「大技は使えん」
「細かくやるしかねえか」
俺もタケルも、周囲の状況はゆっくりと見えていた。俺達めがけてゾンビが襲って来ても、そのこと如くを斬り捨てタケルがモーニングスターで潰した。
ガガガガガガ!
「おいおい。軍隊は生きてる奴もゾンビも関係なく撃ってるぜ!」
だがそれはもうどうしようも無かった。
「どこかにファーマー社の部隊がいるはずだ! まずはそいつらを叩こう!」
「あいよ」
俺が剣を抜いたまま、タケルとアビゲイルに飛んで来る弾丸を斬った。タケルが近寄るゾンビを潰し、俺達はじりじりと先に進んでいく。
「ヒカル! 報道が居た方にいくか?」
「ミスター武。あそこは既に壊滅しているのではありませんか?」
アビゲイルの言うとおりだった。
「一旦、ここを離脱する」
そう言って俺はタケルとアビゲイルを掴み、一気に近くのビルの屋上へと飛んだ。二人が目をぱちくりさせつつも、周りを見渡している。
アビゲイルが言った。
「破壊薬があれば!」
「仕方がない。軍と接触した段階で無くなるのは分っていた」
「どうすれば……」
「タケル、少しの間、周辺の警戒していてくれ! 俺は精神を集中して、ファーマー社の痕跡を探す」
「おうよ」
俺は目をつぶり、気配感知に能力を全振りする。すると数百メートル先にそれはいた。
「ゾンビ化人間の気配がする」
「行くしかねえな」
「アビゲイル。俺におぶされ」
「はい」
俺が屋上から隣のビルに飛び移り、タケルも同じようについて来た。これくらいの事ならばタケルも出来るようになっている。ビルの下では、逃げ惑う市民とゾンビの追いかけっこが続いており、俺達はそれに巻き込まれないようにルートを選びつつ先を急いだ。
「移動している! 離脱するつもりか?」
「こんなことをしておいてか」
「奴らの手口だ」
アビゲイルが言う。
「こんなに手軽に、ゾンビパンデミックを起こせるようになっているなんて」
「人知れず持ち込むことが出来るという事だな」
「アフリカの刑務所で使われたものと似ているかもしれません」
タケルがこめかみに血管を浮かべて言う。
「病原菌をふりまきまくりやがって!」
すると空にヘリコプターが飛んで来る。
「米軍だぜ」
「鎮圧に来たのでしょう」
だがそのヘリコプターは、地上からの砲撃により爆発してしまった。
「地対空ミサイルだ!」
「とにかくこの状態を、軍隊やマスコミに見られないようにしているのです」
「こんなことしてたら、ここも空爆されるぜ?」
「タケル。今はそれを押さえられん。とにかくファーマー社をつかまえるんだ」
建物の端に来たので、俺達は下に降りざるを得なくなった。そのまま飛び降りると、まだゾンビは広がって来ていない。
「じきに、ゾンビはここまで来ます」
「仕方ない! 優先してファーマー社を追うしかない」
タケルが路上に駐車している車の窓を割ると、キュイキュイキュイキュイ! と大きな音を立てた。俺が刺突戦で、音がしている部分を破壊する。
チュチュチュン! ブオオオ!
「乗れ!」
俺とアビゲイルが乗り込み、タケルは一気に車を急発進させるのだった




