第493話 国家緊急事態宣言とビルの上の生存者達
キレたタケルが瓦礫を蹴飛ばすと、それがゾンビの群れに飛んでいき何体も潰れた。
「くそが! 空爆で人間がめちゃめちゃ死んでんじゃねえかよ!」
それを聞きながらも剣技を繰り出す。
「飛空円斬!」
視界にとらえたゾンビを全て斬る。爆撃でバラバラになった人間を ゾンビが食っているのを見てタケルが不機嫌になった。そして俺がタケルに言う。
「ニューオーリンズは完全に隔離されたんだろう。致し方ない措置だ」
「ああ、分かってるよ。しかし…ゾンビ因子が強いんじゃねえか? 広がるのが早すぎるだろ!」
「とにかく新型ゾンビ破壊薬を撒こう」
「だな。先に進んで高い建物を探そうぜ」
「タケル。それにあんまり熱くなるな、冷静な判断ができなくなる」
「すまねえ。やっぱ日本とは処理の仕方が全く違うな。このあたりを見殺しにしてでも、アメリカ全土に広がるのを阻止しようって訳だからな。あまりにも判断が早くて、ちと面食らっちまっただけだよ」
そこにオオモリから連絡が入った。
「おう! 大森か!」
「状況はどうです? こちらはまだまだです。あちこちで足止めを喰らってます」
「ニューオーリーンズに突入したが、空爆で焼け野原になってるよ。あちこちに生存者がいるんだが、斬り捨てられちまったようだ」
「いきなり空爆ですか」
「ああ」
するとシャーリーンに変わる。
「恐らく、アメリカは知ってます。ゾンビの存在と、それの対処の仕方を。他の国よりも対策が早いのは、国家のエマージェンシーです。国家緊急事態宣言が発動したのだと思います。でなければ、政府が国民の目もはばからず空爆をすることはありません」
「アメリカはゾンビを知ってるってか」
「そうだと思われます」
そしてクキも言った。
「そして、いくつかの名前が出て来たよ」
「なんだ?」
「アメリカ国防長官のマーガレット・ブラッドリーだ。どうやらコイツがゴーサインを出したようだな。判断が早いのはそのせいだ」
そしてアビゲイルに変わる。
「恐らくその判断には国家感染症研究所のトップであるジェフ・ベイツ、そして食品医薬品安全省のトップであるガブリエル・ソロモンも嚙んでます。ミスター大森のハッキングにより、それらがはっきりしてきました」
タケルが言う。
「そいつらに利権と金がいってるって事か……」
「そうです」
そこで俺が言った。
「今は急ぎだ。次の空爆前に急いで生存者を連れ出そう。陸がダメなら海だ」
「分かりました」
通信を切り、俺とタケルは高いビルを目指した。そして中に入る事無く、俺はタケルに言う。
「これを背負え」
タケルが新型ゾンビ薬の入ったリュックを背負い、俺がタケルを背負う。
「まさか…」
「離すなよ」
そして俺はそのまま外壁を掴んで上へ上へと昇っていく。その屋上まで登り切ると、なんと入り口を押さえた人間達が居た。突然外から降り立った俺達を見て、女性が大きな悲鳴を上げた。
「きゃああああ」
悲鳴を聞いて、ドアを押さえている男が振り向いた。タケルが手を挙げて言う。
「あー、人間だ! おちついて! 俺達は人間! ユーノウ? アイムヒューマン」
「何処から来た!」
「ああ。昇って来た。クライミング」
「ここまで?」
「そう」
「三十四階だぞ!」
「それより、困ってるみてえだけど?」
「ゾンビだ! このドアの向こうに押し寄せてきている! 鍵は内側にしかないんだ!」
「あー、んじゃ俺達に任せて。オッケ? 任せて」
そしてタケルがゾンビ破壊薬の瓶を取り出し、今にも開きかけているドアに放り込んで、ガン! と足でドアを押す。
「スリー、ツー、ワン!」
そして男達に言う。
「手をどけて良いぜ」
「しかし!」
「いいから」
タケルがドアをあけると、そこに大量のゾンビが倒れていた。ゾンビが目図まりを起こし、上には昇ってこないだろう。
タケルがみんなに言った。
「よく無事でいたなあ。空爆されてたろ」
「幸いこのビルは逃れた。何故、我が国は国民を焼いたんだ?」
「国家緊急事態宣言が出てるぜ」
「なんと」
「ゾンビを広げたくないらしい」
すると皆が青い顔をする。そして一人の男が言った。
「核を使うんじゃないのか?」
「まさか! 国内でか?」
「だってどうやって収めるんだよ! ゾンビ映画で見たぞ! 最後は核で焼き尽くすんだ」
「やめろよ」
言い争いになってきたところで、タケルが皆に言う。
「あー、静かに静かに! 逃げるしかねえから。ちょっと待っててくれ」
そう言って、ゾンビ破壊薬を背負子から取り出す。
「ヒカル! 適当にぶん投げていいよな!」
「そうしよう」
俺とタケルが数本を手にし、屋上の縁から蓋を開けたゾンビ破壊薬の中身をぶちまけた。三十本近く撒いて、タケルが屋上の空調機械を指さす。
「まだ電気が通ってるぜ。動いてるみてえだ」
「そこにも流そう」
そして俺達は空調に、ゾンビ破壊薬を数本ぶちまける。
するとタケルが振り向いて言う。
「恐らくこのビルと周辺はゾンビが死んでる。とにかく海側に逃げた方が良い、陸側は軍隊が閉鎖してやがった。俺達は、まだ生き残った人がいるビルにいかなきゃならねえ」
それを聞いて女が言う。
「なら低いあのビル! あそこに人がいるわ!」
指をさす方向を見ると、三百メートルほど離れたビルの屋上に人達がいる。そして他の男も言った。
「あっちにも生存者がいる!」
「本当だ。運がいい人達だな!」
そして俺が、そこにいる人らに言う。
「とにかく爆撃が始まる前に逃げるんだ。危なくなったらこれをぶちまけろ」
そう言って俺は、新型ゾンビ破壊薬の瓶を差し出した。
「な、なんだこれは?」
タケルが笑って言う。
「除菌薬だよ。よーく効くから生き延びる為に使ってくれ」
「あんたらは?」
するとタケルが力なく笑う。
「ははは…あそこで生き残った人を助けに行くんだよ。嫌だけど」
「なら我々も!」
「いや。急ぐから…だよな?」
「ああ。俺に捉まれ」
「へいへい」
「離すなよ」
「離したら死ぬだろが」
「行くぞ!」
そして俺はリュックを背負ったタケルを背負い、屋上の端に走り一気に反対側へと走って飛んだ。
「おい……」
屋上にいる奴らの叫びが聞こえたような気がするが、俺は屋上から生き残った人らがいる、三百メートル先の屋上へと飛び移ったのだった。




