第474話 目覚める怪物
これだけ厳重な施設だけに、この鉄柱に入っているのはよほど重要な物なのだろう。イーライはこの部屋には入って来ず、部屋の外で中の様子を伺っているようだ。
聴覚強化で話し声を聞く。
「おかしいだろ。爆弾で壊されたものでは無かったぞ」
「レーザーでしょうか?」
「携帯のレーザー兵器を持っている組織がいるというのか?」
「しかし切断面が鮮やか過ぎました」
「ドアが壊されてるって事は、この中にいるって事だな?」
「そうだと思います」
「いいか、銃は使うなよ。万が一、施設が壊れたら大変なことになるからま」
「は!」
「じゃあ、お前からいけ」
「えっ…」
「早くしろ」
「はい…」
どうやらイーライに命じられ、ゾンビ化兵が一匹入り込んできたようだ。ナイフを持っていて銃は腰に差したまま、じわりじわりと中に進んで来る。イーライは恐らく、コイツがどうなるかを見ている。
途中まで来たゾンビ化兵がイーライに言った。
「な、何もありません」
「もっと奥へ行け!」
「…はい」
そいつはナイフを片手にじわりじわりと奥へと向かって来る。縦横無尽にめぐる室内のパイプや、機器を避けつつゆっくりとやって来た。俺とは離れた側の壁に進んで行ったので、俺の方からそいつに近寄った。
俺は全く殺気を持たずに、無造作にゾンビ化兵に近づいて行く。視覚で捉え僅かな隙間を狙って剣技を放つ。
「屍人刺突閃」
刺突閃は頭を貫き、そいつはゆっくりともたれるようにパイプに倒れひっかかった。
「おい、どうだ? 何かいたか?」
もちろん返事は無い。
「おい! 何かあったか?」
しばらく黙ってから、イーライが言う。
「お前とお前、見て来い」
「はい」
二人がナイフを持って侵入して来る。今度は左右に分かれ、周囲を注意深く探りながら。
何をしても同じだ。
俺は一人の側に潜み、そいつが真正面に来た時に刺突閃で仕留めスッと引いた。そのまま向かい側にいる奴の所に移動し、同じように始末する。
するとイーライが異常に気が付いた。
「こりゃ…なんかあったな」
「どうします?」
するとイーライが言う。
「そうだな…」
そして少しの沈黙があり、ゾンビ化兵に向かって言う。
「小銃を装備しろ」
「えっ! ここで銃を使うのでありますか!」
「そうだよ! お前、あの凍結牢を壊してこい」
「は? 何を…」
「ゾンビ化兵がやられたんだ。きっとこの中には恐ろしいバケモンがいる」
「まあ…そうかもしれません」
「なっ! だからバケモンにはバケモンをぶつけるんだよ」
「し、しかし」
「いいからやれ! そんで直ぐに逃げてこい!」
「大変な事になりませんか?」
「知らない。後は会社が何とかすんだろ、俺達の責任じゃない。ここに侵入した奴のせいだ」
「確かに」
最後のゾンビ化兵が入って来る。どうやらこの鉄柱の中にいるのは凍っていて、イーライはそいつを起こそうとしているらしい。
なら俺はその前にゾンビ化兵を殺る。
途中まで進んできた奴の頭に屍人刺突閃を撃つ。するとそいつは途中でドサリと倒れた。
「は? おい! どうした! おい!」
イーライが慌てている。
来い…次はお前の番だ。
俺がそう思っていると、イーライは扉の向こうから自動小銃をのぞかせた。
ダダダダダダダダダダ!
突然銃声が鳴り響き、何発かが鉄柱にあたる。だが鉄柱はびくともしていない、しかしその周りにある管の何本かにあたり、シューっと音をたてて何かを噴き出し始める。
イーライを確認すると、既に通路を逆戻りしているようだった。
俺がイーライを追うべく、部屋の入り口に向かった時だった。
グボォォォォォン!
バカでかい鳴き声のような物が鳴り響いた。
「なんだ?」
振り向けば周辺の氷が溶け始めている。そしてその音は鉄柱から聞こえていた。
「目覚めたか…」
だが…。
俺はポケットから、アビゲイルが作った新型ゾンビ破壊薬を取り出す。出てきたらこいつを喰らわせてやろうと思っていた。
グボオオオオオオオン!
更に鳴き声が大きくなった。
ピシっ!
頑丈な鉄の柱に大きく、ひび割れが起きた。
でてくるか。
そう思っていた時、ひび割れからシュッと! 槍のような物が伸びて来る。俺がそれを避けると、それは厚い壁を貫通した。その後、それは柔らかくしなやかになりずるずると床を這い始める。
ならコイツはどうだ。
ペキッ!
ゾンビ破壊薬のアンプルを折って投げる。
びきびきびきびき!
その触手に薬があたった途端、一気に触手が死んでいった。
しかし、信じられない事が起きた。その触手が根元から勝手に切れて、鉄の柱のひび割れが一気に何かで塞がったのだ。その塞がったものは瞬間的に固まり、ゾンビ破壊薬の侵入を防いでいるようだ。
知恵があるのか…。
「推撃!」
漂った新型ゾンビ破壊薬を、推撃で室内に送り込んでやる。
なるほど…。
固まった所は別の物質になっているようで、ゾンビ破壊薬の侵入を完全に塞いでいるようだった。
ならば。
「冥王斬!」
ザシュッ!
逃げただと?
斬撃が鉄柱を切った瞬間に、そいつは床に穴を空けて下に潜ったようだ。この建物がゾンビ破壊薬を通さないのを知ってるかのように。
俺はその気配を追う。そいつは俺の脚の下を通り抜けて、入り口に向かって移動していった。その速度は想像より早く、あっという間に部屋から抜け出てしまう。
縮地!
直ぐ部屋の外に出て気配を追った。既にイーライはエレベーターを使って地上に向かっている。
なるほど、奴らが危険だと言っていた意味が分かった。これは従来の化物とは次元が違う。そいつは急加速で、地上に向かって上がっているようだ。
俺がエレベーターの扉をこじ開けて中に入ると、上から壊れたエレベーターが降り注いでくる。どうやら上に上がれないように、イーライが破壊して落として来たらしい。敵がどんどん離れているので、俺はかまわず落下して来たエレベーターに向かって飛んだ。
「脚力最強化!」
剣技!
「断鋼裂斬 十連」
落ちて来るエレベーターは粉々になり、俺はその破壊されたエレベーターを通り過ぎて上に上に向かう。そしてエレベーターの一番上に辿り着いて、地下三階のホールに出た。
「どちらを追うか…」
イーライが逃げている方角と、正体不明のバケモノは違う方向に向かっている。
施設ではけたたましく警報が鳴り響き、事故があった事を知らせていた。
そして俺はイーライを追う事にした。すぐにイーライの気配が近づき、俺は剣を構えて撃つ。
「飛空円斬」
ザン!
「うお!」
イーライは何かを感じ取り、咄嗟にジャンプしたようだが、俺の剣技が両ひざを斬る。
ドン! ごろごろごろ!
イーライが転がりながら驚いていた。
「なんだぁ! 足が切れた!」
俺が近づいて行くと、ようやく俺の存在に気が付いたようだ。
「うお! なんだ! おっさん! お前は何だ!」
俺が剣を構えた時だった。
「おーい! 助けろ! 俺はここだ!」
そいつが大声で叫ぶと、上空にヘリコプターが飛んで来る。ライトがイーライを照らし出し、イーライが俺を指さしている。
「撃て撃て撃て撃て!」
ガガガガガガガガガガガガ!
ヘリコプターが機関砲を撃ってくる。だが俺はそれを咄嗟に避けつつ、剣技を繰り出した。
「突光閃」
バシュッ! キュンキュンキュン!
ローターを貫かれたヘリコプターは落下して爆発を起こす。
「な、なんだそれは! なんだそれはぁぁぁ!」
なるほど、試験体だが恐怖も感じるらしい…こいつは新型で間違いない。
「足が! 足が生えてこないぃぃ! なんでぇぇぇぇ!」
俺がイーライの所に行くと、突然懇願して来た。
「ま、まってください! 私も被害者なんです!」
俺は黙って見ている。
「そうだ! 子供がいるんだ! 家族がいる! だから助けてくれ!」
「馬鹿が。ゾンビに家族など居ても意味がない」
「へっ? なんでゾンビと…はっ!」
「お前は子供をゾンビにしようとした」
「見ていたのか! な、何の組織だ!」
「通りすがりの勇者だ」
「ゆ、勇者? なにを! は! まさか! お前は東京で発見された新種…」
「屍人斬!」
真っ二つに斬れたイーライは、白く変化して動きを止めた。気配感知ではもう活動はしていない。
そして次の瞬間。
ドガン!
基地の奥で爆発音がした。銃声も鳴り響き、どうやら大騒ぎにしているようだった。
さっきの奴か。気配が大きくなっているな…。
そして俺はそちらに、急加速で走っていくのだった。




