第472話 ファーマ―社の秘密基地をつき止める
イーライは普通の人間がするように、足を組み新聞を読んでいる。どうやら昨日の爆破騒ぎの記事を読んでいるようだが、その口角が上がっており不気味に笑っていた。
イーライは人間そのもの。まさか民間の旅客機で移動するとは思わなかった。何処からどう見ても普通の人間に見える。だが俺には試験体の気配が伝わってきており、明らかにイーライは試験体である。
そして俺は他にも気が付いていた。イーライを意識している人間が俺達以外にもいる。それを隣のオオモリに告げた。
「奴…だけじゃない」
「まってください」
するとオオモリが、スマートフォンを使って俺に見せて来る。
・ファーマー社でしょうか?
「分からんが、恐らくそうだ」
・皆に伝えます。
「ああ」
オオモリが皆のスマートフォンに送信した。皆は特に何も見ていないようにしながら、時間をずらしつつスマートフォンを確認して行った。
どうするか。
どれも人間だが、訓練されている気配がする。俺達のように別々に乗り込んでおり、周囲を警戒しているのが分かる。恐らくは、他の組織が紛れ込んでいないかを確認しているのだろう。イーライがつけられている可能性を考えているのだ。
オオモリがスマートフォンを見せる。そこにはクキのメッセージが映っていた。
・確認した。恐らく何かは仕掛けてくるだろう。注意せよ。
俺は既に全ての敵の位置を把握している。
そこに搭乗時に母親と乗って、おもちゃを落としていた西欧系の子供が、また母親に連れられて歩いて来た。それがイーライの脇を通ろうとした時、イーライの手が子供の手を撫でる。
腹立たしい。
イーライは子供にゾンビ因子を植え付けたのだ。その子が俺のそばを通ろうとしたので、俺は配られたコップをわざと通路に落とした。すると子供がそれを拾い上げ、俺に渡してくれた。
「ありがとう」
スッと子供の手に触れて、ゾンビ因子の除去施術をする。感染後、直ぐだったので一瞬だった。
子供は何事もなく母親と共に通路を歩いて行く。
子供の体を勝手に変えてしまった。数ヵ月もすれば、何らかのスキルが芽生えてしまう可能性がある。だがゾンビになるのは阻止しなければならなかった。
親子は何事もなくトイレを済ませ、前に向かって歩いて行った。その子供の姿を見たイーライは目を見開いて、自分の手を見つめ直している。恐らく体調に変化が起こらないので、不思議に思ってるのであろう。
そしてオオモリがスマートフォンを見せて来る。クキからの連絡だった。
・全員が確認した。いつでも動ける。
その時、飛行機のアナウンスがなる。どうやら目的の空港に近づいているらしく、座ってくださいといっているらしい。俺はそれに従い椅子に座ってベルトを締めるが、イーライも同じようにしていた。
どうする…。
すると飛行機の前面から、ベルト装着の確認をするために係員が歩いて来る。それを見て俺とオオモリが目を見開いた。
シャーリーンだった。一人が制服を着たシャーリーンだったからだ。
どういうことだ?
ひとりひとりのベルトを確認しつつ、イーライに話しかけてベルトの確認をしている。そして次々に確認をして、俺達の席も同じようにして通り過ぎて行った。
飛行機は何事もなく空港に着陸した。イーライとファーマー社と思しき奴らは、いち早く搭乗口に向かおうとするが他の乗客に阻まれていた。だが次々に人を押しのけて、我先にと通路を進んで行く。
イーライは、もうゾンビ因子を振りまく事はしなかった。ここで騒ぎにしても意味がないからだ。
シャーリーンが俺のところに来て言う。
「対象者には発信機を取り付けました」
「そうか……」
俺達も荷物をまとめて飛行機を降りる。そして俺達は空港をでて、サンパウロの町へと紛れ込んだ。するとクロサキが接触してくる。
「ヒカルさん。こっちです」
俺が行くと、裏通りに仲間達が集まりつつあった。
タケルが言う。
「びっくりしたぜ。シャーリーンがキャビンアテンダントになってた」
そこでクキが言う。
「彼女は俺達よりも、はるかにスパイの仕事に慣れているようだ」
遅れてみんなとシャーリーンがやってきて、シャリーンがタブレットを出した。
「やはり敵は全員一緒ですね」
タブレットには地図と固まった赤い点滅が動いていて、車に乗って移動しているらしかった。
「アイツは子供をゾンビにしようとした」
それを聞いてクロサキが言う。
「恐らく騒ぎを起こして、敵対組織の炙り出しをしようとしたのでしょう」
ミオが頷く。
「騒ぎが起きなかったから、敵対組織はいないと判断したのね。その為に子供を使うなんて」
「ああ。ミオ、あれを野放しにしてはだめだ」
「急ぎましょう」
そこにトラックが現れ、シャーリーンが言う。
「組織の人間です。乗ってください」
俺達はトラックの荷台に乗り込んで、イーライが向かった方角へと走り出す。それから一時間ほど走ると山中に差し掛かり、森林の間の道路を抜けると何らかの施設が見えて来る。
それを見てクキが言った。
「こんなところに…これは軍事基地だ。恐らくはファーマー社のな」
高い壁に有刺鉄線が張り巡らされ、入り口は一カ所しかないようだ。入り口には見張りが立っていて、ゲートをくぐるには何かのカードを示さないといけないらしい。俺達はそこを素通りした。
そしてクロサキが言う。
「ここはさすがに見つけられませんでしたね。ファーマー社の研究所でも会社でもない」
「危ない思いをして尾行して、正解だったわけだ」
「ですが。ここからどうするかです」
そこでオオモリが言う。
「ドローンを手に入れましょう。近代的な町なのできっと手に入れられるはず」
アビゲイルが頷いた。
「新型ゾンビ破壊薬の散布ですね」
「はい」
そしてシャーリーンがどこかに電話する。
すると三十分もしないうちに農業用のドローンがトラックまで届けられた。
「カリムさんっていったい何者なんでしょう?」
タケルが真顔で答えた。
「まあ石油王だろうな」
俺達は新型ゾンビ破壊薬をドローンに詰めこんだ。
そこでシャーリーンが言った。
「追跡の信号が消えました」
「気づかれたか」
「そのようです」
トラックの荷台にコントローラーとディスプレイが用意され、それを見ながらオオモリドローンを操作し始める。ドローンは一気に大空へと舞い上がり、ファーマー社の軍事基地の方角へと飛んでいく。
「基地が見えました」
「直ぐに取り掛かろう」
だがその次の瞬間、ザザッ! と画面が消えた。
「うわ。たぶんドローンジャマーです。ドローンをロストしました」
どうやら基地には、ドローンが進入できないようになっているらしかった。
「基地の中を嗅ぎまわってもらっちゃ困るんだろう」
「進入するしかない。俺が行って見て来る」
皆が俺を見て頷いた。
「気を付けてな」
「皆は離れたところで待機していろ」
変装して初老になった俺は、するりとトラックの荷台を下り基地に向かって森林を走るのだった。




