第465話 コンゴ民主共和国の難民キャンプ
アビゲイルが調べて分かったのは、新しい病気は全くの新種らしい。若年層、それも十代がかかると重症化するらしく、その予防策と処方をアビゲイルが医師達に指導した。
「すばらしい。そんな事が分かるんですね」
「あとは感染症予防の除菌薬があるんです。それは村の一か所に蓋を開けて置いておいてください、もしかするとエボラウイルスにも効果を発揮するかもしれません」
そしてゾンビ破壊薬を医師団に渡す。
「わかりました。それでは利用させていただきます」
クキが医師団に聞く。
「治療中の武装集団はどうするんだい?」
「もう同じような活動は出来ないでしょう。それよりも悪魔に睨まれているので、改心すると言う者が多いようです」
「本当に大丈夫ですかね」
「この地は脅威と共存している地域ですからね。もっと大きい組織は、ここにいる彼らのようにそれほど無茶はしないんです。それこそ再び軍との、内乱になってしまう」
「部外者がどうこう出来るものではないですが、皆さんくれぐれも注意してください」
「ありがとうございます」
「クーラーバッグをありがとうございました」
「ええ」
三つのクーラーバッグには、それぞれの動物の検体が入っている。それを持ってアビゲイルは何かを開発しようと考えているのだ。検体は俺の氷結斬で固めており、しばらく溶ける事は無いだろう。
地図を広げて、ルートを確認していると医師が言う。
「まだまだ危険地帯は続きますよ? この先には難民キャンプがあります」
シャーリーンが言う。
「キンシャサに抜け、航空機に乗ってコートジボワールに向かいます」
「御武運を祈ります」
最後にアビゲイルが医師達に告げた。
「あなた方も、大変な仕事ですが頑張ってください」
「ありがとうございます」
俺達は車に乗り込み西へと向かう。俺達の車は道なき道を進むが、なんと橋が流されてしまっている川にぶつかった。
「こりゃ車が水没する深さかもな」
皆が腕組みして川を見ていた。そこで俺が言う。
「俺が泳いで向こう岸へと車を持って行く」
「行けるか?」
「大丈夫だ。乗ってくれ」
俺はすぐにスーツを脱いで、車に乗っているミオに渡す。パンツ一丁になって川に向かった。
俺が川に身を沈めると、そこに一台目の車がやって来た。窓を開けたタケルが俺に言う。
「本当にこのまま進んで大丈夫か?」
「問題ない」
車が前に進んで来たので、俺はその下に潜り込んだ。そのまま体で受け止めて、車を乗せ川を泳いでいく。岸まで来ると、タケルがアクセルを踏んで陸地に上がった。
「マジで泳いで車が運べるのかよ……」
「むしろ運びやすい」
「は、はは。そうかいそうかい」
そしてまた向こう岸に渡り、今度はクキが運転する車が来た。俺はまた車の下に体を入れて、車を担いだまま川を泳ぎ切った。陸地につくとクキがアクセルを踏んで上がる。
そして俺が上がると、車の中の女達やアビゲイルやシャーリーンが、俺を食い入るように見ていた。俺が下を向くと、パンツが流されてしまっていた。
「おや?」
するとミオが手で目を隠しながら降りて、タオルを渡して来た。俺がそれで体を拭くと、着替えのパンツを渡してくる。それを穿いて車に行きスーツを着込んで髪を整える。
シャーリーンが言った。
「素晴らしい肉体美です」
「そうか」
「皆さんの気持ちが分かるような気がします」
「何の事だ」
「いえ、こちらの話です」
そうして俺達はまた車に乗って進み始める。すると荒れた道に何本も木々が倒れていた。俺とタケルが下りて、その木々を森の中に投げ込んでやる。
そして戻るとシャーリーンがまた言った。
「まるで重機みたいな、お力ですね」
「大したことは無い」
それから四時間ほど進んで行くと、ようやく人の住むテント群が現れた。そこに銃を持った軍人がうろついており、シャーリーンは先の村が武装集団に襲われた事だけを伝えた。それを本部に通達して、軍隊が差し向けられるのはずっと先らしい。クキが言う。
「ここが避難キャンプだ」
途中の道で、子供達がポリタンクを担いで歩いていたのを見た。どうやら水を求めて水源に向かって歩いている途中らしい。やせ細った子供が多く、まともに食料を食べる事も出来ずに働かされているのだ。
それを見ていたタケルが言う。
「水さえありゃ、俺達は数日喰わなくても大丈夫だ。食料を全部放出しちまおうぜ」
「付け焼刃だがな」
「いいだろ」
クキが皆に聞く。
「どうする?」
すると皆が賛成した。なので俺達は荷物に入っている水以外の食料を、全て取り出して袋に詰める。
クキが言った。
「多分、勝手にやったら軍隊に目を付けられる。食料を取り上げられたら最悪だ」
そこでエイブラハムが言う。
「朝まで医師団といたんじゃし、医師団のふりをして見回りとすればいいじゃろ。誰も俺達が医師団じゃないとは分らんて」
シャーリーンが頷いた。
「ドクターのおっしゃる通りかと」
アビゲイルが言う。
「それならば、皆が新型ゾンビ破壊薬を持ってください。あちこちに撒いてほしい」
「あいよ!」
シャーリーンが軍人に医師団だと話し、キャンプを巡回させてくれというと、間もなく許可が下りた。俺達はこっそりと食い物を携帯し、薬を持って難民キャンプを歩きだす。
「とにかく痩せた子にこっそり食わせよう」
「「「「「了解」」」」」
俺達はあちこちでこっそり、やせ細った子供に声をかけては食料を分け与えた。大人に取り上げられないように、その場で食わせていく。もちろんクキが言うように焼け石に水だろう。だがそれでほんの一日でも長く生き延びられれば、彼らの命は繋がるかもしれない。
食料を食べさせながらも、ゾンビ破壊薬を振りまいて病原菌対策をして行く。すべての食料が無くなって俺達は一カ所に集まった。
「全然足りないな」
「仕方がない。俺達の目的はここの人道支援じゃない」
「ま、そうだけど。この現状をみたら何もせずにはいられなくなるぜ」
そして最後にクキが皆に言う。
「これが、俺達が生きる世界だ」
もちろん状態としては、ゾンビで壊滅した日本やイスラエルの方が酷い。だが皆はここの状態を見て、他人事だとは思えないのだろう。
「たまんねえな」
「この国じゃあ、あちこちでこんな風景が広がっている」
俺が言った。
「今できる最善を尽くす。それでいい」
「まあ…そうだな」
軍人に見回り終わった事を伝えると、軍人がシャーリーンに何かを言った。
「なんて?」
「タバコや酒は持っていないのかと。もちろん持っていないと答えました」
「なるほどな」
軍人らは俺達をじろじろ見ているが、これ以上いても揉めそうなので出発する事にした。武装した兵士はあちこちにいて、このキャンプが襲われないように見張っているのだろう。だが統制が取れているような感じはなく、クキが呆れたように言う。
「引き金に指をかけている奴がいるなあ」
「危険だな」
さっき食料を食べさせた子供達が、俺達に手を振っていた。
「もしかしたらまだ貰えると思ってるのかもな」
「はあ…切ねえ。わりいが俺達が飲まなきゃいけねえ水しかねえ」
「仕方がない」
そして俺達は難民キャンプを離れ、再びキンシャサに向かって出発するのだった。




