第453話 インドの古ぼけた村にゾンビ
俺達はチェンナイの北西に位置する、バスホール湖のほとりにある錆びれた村にいた。ファーマー社のデータにあった住所に来ているつもりなのだが、そこにあったのは古ぼけた診療所のような建物で、ファーマー社の社屋とは到底思えない。
そこで俺とミオがキャンピングカーを下り、診療所の中に入っていく。
「すみません」
「あ、患者さんかい?」
「いえ。人魚がいると聞いたもので」
「なんだ、新聞の連中か? 帰ってくれ、外の連中は見たと言っているが誰もそんな物は見ていない」
俺が単刀直入に聞いてみる。
「ここはファーマー社か?」
「なんだ! あんたらはファーマー社か! 出て行け!」
「えっ」
「敷居をまたぐなと言ったはずだ」
「いや。俺達はファーマー社じゃない」
「いずれにせよ、うちは関係ない! とっとと帰ってくれ」
そう言って俺とミオは追い出される。
「何かは、あるようね」
「だな」
「まずは戻りましょう」
そして俺達がキャンピングカーに戻り、皆に今あった事を説明する。
「なるほどな」
「関係ありそうですね」
そしてクキがタブレットを見ながら言う。
「確かにここが研究機関となっているんだがな」
マッピングされたそこには、確かにファーマー社のマークがある。するとクロサキが言った。
「周辺の聞き込みをしてみましょう」
「そうしよう」
クキとクロサキ、俺とミオの二組がその村の聞き込みをすることにした。
周辺には掘っ立て小屋のような建物があり、そこに人々が住んでいる。だが俺達を見るとドアを閉めて隠れた。どうやら俺達とは話をしたくないらしい。
「隠れちゃうね」
「そのようだ」
更に先のあばら屋が立っている場所に行き、俺はある気配に気が付いた。
「なんだ?」
「どうしたの?」
「恐らくは…ゾンビだ」
俺の言葉にミオが精神を集中させた。
「本当だわ」
そう言ってミオが上着の内側に手を忍ばせる。だが俺はそれを制した。
「武器は警戒される。仕舞っておこう」
「わかった」
そして俺達がその気配のする方向に行くと、ボロボロの建物が見えてきた。気配はその中からで、入り口には老婆が椅子に座っていた。俺とミオがそこに入って行き、老婆に聞いてみる。
「こんにちは」
老婆がゆっくりと見上げて言った。
「なんだい?」
「中に人がいるの?」
「いるよ」
「会わせて欲しいんだけど」
「あんた医者かい?」
「医者の仲間かな」
「診てくれるのかい?」
「会わせてくれたら」
そして俺達が中に入っていくと、部屋にボーっと前を見たままの子供のゾンビがいた。既に体組織は変わっており手遅れの状態だ。
「この子、どうしたの?」
「孫はね。人魚を見たと言ったんだよ。だけどその次の日に凶暴になってね、診療所に縛り付けておいてもらったんだ。だけどある日、先生が大人しくなったと言って連れて来たのさ。それからはずっとボーっと前を見たまま、ご飯も食べず水も飲まずに干からびて来た。だけどまだ生きているのさ」
腐食しつつある体で、ただ前を見て座っている。機能停止しているわけではなさそうだが、動く気配もなさそうだ。
「人魚はどこで見たの?」
「すぐそこのパスボール湖さね。何人か見た人がいるらしいんだけど、新聞社が面白おかしく書きなぐるだけで、なんにも解決しちゃいない」
「見た人達は?」
「いるよ。だけどいつしかその事を話さなくなった。中には見たと言った数日後に姿を消して、居なくなった人もいる。もっぱら人魚にさらわれたんだとの噂だがね、誰もその行く先を知る者はいないのさね」
俺とミオが顔を見合わせると、ミオが俺に聞いた。
「どうしよう」
「まずは相談しよう」
「そうね」
そしてミオは老婆に言う。
「ちょっと調べてみます。お邪魔しました」
「ダメなのかい?」
「ごめんなさい。ちょっとわかりません」
「そうかい……」
老婆は悲しそうな顔をした。そして俺達はキャンピングカーに戻る。するとクキとクロサキも戻っていた。
「ヒカル。どうだった?」
「ゾンビがいた」
「……やはりあれはゾンビか……」
「クキ達も見たのか?」
「はっきりゾンビとは言えんが、全く動かない、見た目はゾンビの女の子がいた」
「こちらは子供だった」
それを聞いてアビゲイルが言う。
「私が診ます」
そこでクキが言った。
「ファーマー社の関連かもしれないのに、博士を外に出すわけにはいきません」
「ですが、見てみないと分からない」
するとシャーリーンが言う。
「では」
シャーリーンが車の収納からアタッシュケースを取り出す。それを開けると、髪の毛やレンズのようなものが入っていた。
「ウィック?」
「はい。カツラとカラーコンタクトレンズをつけてください」
「わかりました」
アビゲイルが黒髪になり、カラーコンタクトレンズで黒目になった。そしてその上から更に眼鏡をかけると、完全な別人に見える。
「これでわかりません」
「すばらしい。ではミス美桜、ミスターヒカル、私をそこに連れて行ってもらえますか」
「わかった」
そして変装したアビゲイルは医療キットを持ち、俺達と一緒にさっきのゾンビの子供がいるところに行く。ミオが老婆に説明をした。
「お医者さんを連れて来ました」
俺達が入っていくと、さっきと同じように子供がまっすぐ前を向いて座っている。人を襲う気配は無さそうで、ただ静かに滅びを待っているかのようだ。
それを見たアビゲイルがポロポロと涙を流す。ミオがアビゲイルを支えて言う。
「さあ、先生」
「あ、ああ。はい」
そしてアビゲイルは医療キットを開き、注射器を取り出してゾンビ子供の腕に刺した。空の注射器をひくと、真っ黒の血液が流れ込んで来る。それを数本取って老婆に言った。
「とにかく調べてみます」
「孫は元に戻るかのう…」
「お約束は出来ませんが、とにかくお調べします」
「そうかい……」
すっかり諦めているようだ。そして俺達は再びキャンピングカーに戻り、アビゲイルが皆に言った。
「血液を調べるので、それなりの医療機関に行きたいです」
それを聞いてシャーリーンが言う。
「調整します。お待ちください」
シャーリーンが方々に連絡を取り、どうやら医療機関が見つかったようだ。俺達のキャンピングカーは、その錆びれた村を離れ、シャーリーンの指示で医療機関へと向かう。
「ゾンビなのに人を襲わなかった」
「全く動かなかったね」
「どういうことだ?」
アビゲイルがそれに答える。
「突然変異か、もしくは何らかの措置が取られたか…」
「明らかにゾンビだったがな」
「念のため、シャーリーンさんは採血したゾンビの血には触れないでください」
「わかりました」
そして到着した医療機関に、アビゲイルと俺とクキ、そしてシャーリーンが入っていく。既に話がついているようで、アビゲイルはそのまま医療機器があるところにむかった。
「遠心分離機があったわ。お借りできるかしら」
「いいそうです」
そしてアビゲイルは医療機器を使って、先ほど取った子供ゾンビの血を調べ始めるのだった。




