第433話 ゾンビに汚染されつつある地域へ
高級ホテルの一室、テレビでは中東で暴動が起きているというニュースが流れている。自衛隊からの情報では、間違いなくゾンビパンデミックだという事だ。エイブラハムはそのニュースを見て、日本でパンデミックが始まった頃に似ていると言っている。
その部屋に殺し屋が来て言う。
「時間です」
俺達は荷物をまとめ、殺し屋についてホテルを後にする。遠くに三角形の山のような物が聳え立っており、それはピラミッドという古代の王の墓らしい。俺達はそれを見ながら、殺し屋が用意したマイクロバスに乗り込む。バスには赤い十字のマークが描かれており、何かに偽装しているようだった。中にはいろんな物資が積まれており、それはどうやら本物の医療品らしい。
「すっごいねピラミッド」
「ほんとだねえ…距離感がバグるわ」
「このあたりはまだ平和だよな」
「ここから数百キロ先では地獄が待っている。はっきりとした状況が分からんから、作戦の立てようがないのも辛い所だ。自衛隊の情報とすり合わせて、臨機応変に対処するしかない」
「「「「「「了解」」」」」」」
バスを運転している殺し屋も、その話を聞いて言う。
「状況次第では、車が止められるかもしれません」
「ぎりぎりまで連れて行ってくれ。サルバトーレには、きちんと仕事したと報告してやる」
「分かりました。ここから一日はかかるので、それまでは適当にしててください」
俺達の乗ったマイクロバスが走り始めるが、一時間もしないうちに止められてしまう。殺し屋がバスを降りて説明を始めた。隣国が大変な状況だと説明されているようだが、殺し屋は俺達が国際救助の医師団だと説明している。
「なるほど、ボランティアの医師団という事になっている訳だ」
「俺が医者かよ」
「ドクターと博士がいるからな、あながち遠くはない」
するとエイブラハムが言う。
「わしの出番があるやもしれんのう」
「待機しててください」
だが殺し屋が戻ってきて言う。
「行って良しだそうです」
「そうか」
「この先にも観光地や何やらがあるから、まだ車どおりはあるようですね」
「なるほど」
それから六時間ほど荒野を走ると、また検問所のようなものが見えて来る。
クキが言う。
「銃を持ってる」
すると殺し屋が言う。
「軍人でしょうねえ」
「ここは国境か?」
「そうです」
とりあえずは、この殺し屋に任せるしかなかった。マイクロバスを停めると、全員が降りるように指示される。俺達はバスを降りて、バスの前に集まった。
殺し屋が言う。
「我々は海外から来た医師団だ。この先で暴動が起きていると聞き、支援しに来たんだ」
「バスの中は?」
「医療物資が積んである」
するとマイクロバスの中を見た軍人が答えた。
「医療物資がある」
「そうか。なら、ある人と話をしてくれ」
建物の中から、スーツを着た人が出て来た。少し異質なその雰囲気に俺達は警戒をする。
「こんにちは。あなた方は医師団だそうですが?」
「そうだ」
「なるほど…」
コイツは…なんだ?
俺は自分の持っている杖を、いつでも使えるように備える。スーツの男もバスの中を見て、それから質問をして来た。
「どんな治療が出来るんですか?」
そこで、エイブラハムが前に出る。
「どんなもなにも無いわい。腕がちぎれりゃ縫い合わせる、骨が折れれば繋ぐ、腹痛を起こせば薬を与える。それ以外に何かあるのかね?」
「……わかりました。この先では多くの怪我人も出ておりますし、酷い状況になっております。命の保証は出来ませんが、それでも行きますか?」
「ふん。今にも死にそうな人がおるというのに、医者がしり込みしてたら誰が助けるんじゃ? あんたが助けてくれるのか?」
するとスーツの男は苦笑して言う。
「失礼しました。とにかくこの先はお気を付けください。暴徒が襲ってくる場合があります」
「それとて患者かもしれん」
「わかりました。どうぞお通り下さい」
そうしてスーツの男が軍人に言った。
「通せ!」
「「は!」」
ゲートが上がり、俺達のマイクロバスは国境を越えた。特に軍人が何をしてくるというわけでは無く、俺達はスムーズに入ることが出来たのである。
運転しながら殺し屋が言う。
「先生のおかげです」
「なんじゃ、正体を分かっとったのかい」
「あなた方は、今一番世界で騒がれている人達ですから」
「殺し屋にも顔を知られとるとはのう、うかうか寝ても居られんわい」
「ここまで来れば、私の仕事は終わったも同然です」
エイブラハムが、髭を撫でつけながら殺し屋に聞いた。
「あんたの名は?」
「まあ…ジョーイと呼ばれています。ジョーイ・ベックと」
「ジョーイや、この先がひどい状況か分かっとるのじゃろ? 良くここまで来たのじゃ」
「仕事ですから。金をもらわなきゃならないですし」
「なるほどのう。なら危険地帯に入る前にとっとと帰ったらいい。無駄に死ぬことは無い」
「もちろんそのつもりです。ですが…興味も出て来た。昨日、九鬼さんに言われた、仲間の為に命をかける男の戦いというものに」
「まあ、それは勝手じゃがな」
車が進むにつれて、次第に人の気配が無くなって来た。それから一時間半ほど走ると、ようやく小さな町が見えて来る。
「あの町でガソリンを詰めようと思いますが、よろしいでしょうか?」
俺もミオも既に違和感を感じているが、俺はそれに答える。
「いいぞ」
町に入ってすぐに、皆が状況を掌握したようだ。状況が分からない、運転しているジョーイが言う。
「なんか…町が静かすぎるな」
それにタケルが言う。
「まずはガソリンを入れろ。電気が来ているうちは楽だ」
ガソリンスタンドを見つけて、ゆっくりと車が入っていく。
皆は既に自分の得物を持っていた。
「ドアを開けてくれ」
プシュッ! とドアが開き、俺達が先に降りる。
そしてミオが言う。
「店の中に三体、女トイレに一体、男性トイレにも一体いるわ。じきに周辺から近づいて来るわね」
ミナミがするりと、傘に仕込んだ日本刀を抜いて言う。
「店は私が」
「んじゃ。俺が男のトイレをやるぜ」
そしてクロサキが言う。
「では私が女子トイレを。皆さん用をたしますか?」
「いくわ」
「私も」
「私も行く」
「じゃあ一緒に行きましょう」
そしてクキが俺に言った。
「周辺はヒカルに任せて良いか?」
「そのつもりだ」
そしてタケルがオオモリたちに聞く。
「大森。便所行くか?」
「ついて行きます」
「爺さんは?」
「わ、わしも」
そこでクキが言う。
「博士も行っておいた方が良い。ここから先はどうなるか分からん」
「わ、わかりました」
その状況を見てジョーイが聞いて来る。
「いったい、どうなっているのです?」
「例の暴動だ」
「暴動…そういうふうには見えませんが」
「騒げば集まって来るさ」
「何がですか?」
「ゾンビだよ。アイツらはこんなところまで来ているらしい」
店やトイレからゾンビを始末する音が聞こえて来る。俺はすぐにバスを離れて、周辺のゾンビを始末し始めた。それほど数は多くはないが、フラフラと道端に出てきた奴を刺突閃で仕留めて行く。
ガソリンスタンドに戻ると、皆が周囲を警戒しながら待っていた。
「半径二百メートルは潰した。ガソリンは?」
するとジョーイが言う。
「つ、詰め終わった」
そこでクキが聞いた。
「もう一度聞くが、どうする? もう仕事は終わっている。ここからは俺達が適当に車を奪取して、先にいくつもりだ」
「……待ってください。もしかして既に真っ只中に居るという事ですか?」
「そう言う事だ。まだ入り口だからそれほど数はいないようだが、どうやら感染者がこの町に逃げ込んだらしいな。生存者がいるかどうかも怪しいところだ」
「ゾンビらしいのは見てませんが?」
「仲間達が処分したからな。ガソリンを詰めやすいように、じゃないとあんたは帰れなくなるだろ」
「私のガソリンの為に、やってくれたのですか?」
「そうだ。あとは皆の用足しだな。だが帰りは気を付けてくれ、事故を起こしたり車が故障したりすれば致命的だ。まあ万が一はあんたの銃で、ゾンビの頭を撃ち抜けば止まる」
「……」
ジョーイが考え込んでいる。
「私はゾンビを見ていません」
「だが実際に居たんだ」
「にわかには信じられませんね」
「んじゃ。直ぐにサルバトーレに電話をして、仕事が終わったと伝えてやる。それで帰れ」
そう言ってクキはスマートフォンを取り出し、サルバトーレに電話をかけた。
「九鬼だ。仕事は終わった。奴に金を振り込んでやってくれ。本当に助かったよ、ドン・サルバトーレ。ああ、俺達は全員無事だ」
クキが話をして電話を切る。
「口座を確認すれば入ってるそうだ。という訳で、こっからはこっちの仕事だ。お疲れさん」
するとジョーイがタケルに言う。
「武さん。あんたは、この仲間達が世界で一番安全な場所にいると言っていた。それは今この場所でも変わらないのかい?」
「ああ。変わらないぜ、今この場所が世界で一番安全だ」
「……」
少し考え込んでいたジョーイが、俺達に言った。
「私は見てみたい。あなた方が言う神の御業を」
クキが驚いたように言う。
「いいのか? もう金は振り込まれているんだぜ」
「ここからはプライベートの時間ですよ。私の自由にさせてもらいます」
「そうか。ならあまり危ないマネはするな、ゾンビに関しては全員がエキスパートだ。出来ればスタンドプレイじゃなく指示に従ってもらいたい」
「わかりました。ではしばらくの間、あなた方を知るためにご一緒します」
どういう風の吹き回しかは知らんが、ジョーイが突然ついてくる事になった。
「んじゃ、この町の掃除からだな」
タケルが言うと皆が頷いた。そこで俺が言う。
「ジョーイ。お前は俺と居ろ、変な真似はするなよ」
「もちろんしませんよ。何かしたら私が帰れなくなる」
「その通りだ 」
そして俺達はバスに乗り込み、殺し屋を連れて、この小さな町を巡回する事にしたのだった。




