第428話 ローマの戦いを終えて
マフィアの拠点に戻った俺は、とにかく琥珀色の高い酒をたらふく飲ませてもらっていた。
俺の隣りで、呆然としながらサルバトーレが言う。
「一体…あの酒はどこに消えちまったって言うんだ…」
サルバトーレが地下にある酒を次々に持って来てくれて、それを順番に飲んでいったのだが、地下に貯蔵してあるブランデーが無くなってしまったらしい。
ジュリオがサルバトーレに言う。
「正直、俺も驚いているぜ親父。体の体積からいって一体どこに消えたんだ?」
申し訳なかったか…。
「すまんサルバトーレ。約束とは言え…」
「いやいや。いーってこった。別に商売の酒が無くなった訳じゃねえ。うちに置いておいた、それはそれは珍しいブランデーが一本残さず無くなったのは痛えけど、核弾頭を何発も帳消しにしてくれたお礼だ。安いもんだぜ」
「かなり美味かったぞ」
「そりゃそうさ。目ん玉飛び出るくらい高けえ酒だからな。つうかよ…なんでちっとも酔っぱらわねえんだ? 神様の子ってのはそういうもんなのか?」
「いや俺は神の子ではない。だが、気分は良くなったぞ」
「普通なら気分が良くなった、なんてもんじゃすまねえ。どんな酒豪でもあんなに飲んだら、文字通り死んじまうぜ」
「死ぬほどじゃない」
するとジュリオが言う。
「親父。このお方は杓子定規で計っちゃいけねえ、法王がおっしゃるように使いなんだからよ」
「そうだったな」
「いや…俺は使いなんかじゃないがな」
「そんなわけあるかい!」
「とりあえず好意はありがたくもらっておく」
「イタリア人を数百万単位で助けてくれたんだ。好意をもらったのは俺達さ」
「そう言ってもらえるとありがたい」
俺は一日中飲んで、次の夜を迎えてしまった。皆はローマでの戦い疲れもあり、休養を取って寝ている。俺はほんの少しの睡眠で全回復するので、直ぐに起きて酒を飲んでいたという訳だ。
そこにクキがやって来た。
「おかげさまでぐっすり眠る事が出来た」
「マフィアの見張りなんかじゃ、心もとなかったかもしれんがな」
「そんな事はない。隠れるには良い所じゃないか」
「まあ敵さんも、マフィアに隠れてるなんて思わねえだろうからな」
「そういうことだ。それでローマの様子は?」
するとジュリオがテレビのリモコンをつけた。
「このとおりさ」
そしてジュリオがクキにリモコンを渡す。クキが操作して次々にチャンネルを変えるが、何処も同じニュースが流れていた。
「イタリア軍の制圧と法王の演説か…。法王も救助されたようだな」
「まだ多少ゾンビが残ってるようだけどな」
「殺し方は美桜が教えてるからな。ローマもベルリンと同じで、じきに鎮圧するさ」
「あんたらのおかげだよ。ローマが核で焼かれずに済んだしな」
「そいつは大将のおかげだけどな」
「ああ」
そしてジュリオがクキにコーヒーを差し出す。
「すまない」
「他のみんなは?」
「まだ休んでいる。まあ、そろそろ動き出すだろうがな」
クキがゆったりとソファーに腰かけた。
「なんか食うかい」
「ありがたい」
ジュリオがテーブルの上のボタンを押すと、扉を開いてマフィアの子分がやって来た。
「客人に料理を」
「はい」
「ヒカルさんも何か飲むかい?」
「コーラはあるか?」
「コーラを用意してくれ」
「はい」
そうしてマフィアの子分は出て行った。クキがテレビを消してソファーの背もたれに寄りかかり、天井を見てぽつりと言う。
「こんな世界線があるなんてな。まだまだ知らない事だらけだ」
「どういうことだい?」
「モナコの富豪やイタリアンマフィアに、助けてもらう事があるとは思いもよらなかったよ」
「ははは。助けてもらったのは俺達だがな」
「いやいや。あんたが動かなかったら、ローマは消えていたし、俺達があそこに居なければ法王が死んでた。法王が生き延びてくれたというのは大きな意味を持つ」
「そう言う事かい…。それを言うなら、日本の自衛隊と一緒に戦うとは思わなかったぜ」
「そうそう親父の言うとおりだぜ。世界が滅びるかもしれないなんてのに、のんびり指をくわえてみてるわけにゃあいかねえ。だけど流石にゾンビや核弾頭なんて、俺達にゃあどうしようもねえ」
皆がそれぞれの想いを胸に戦っているのが良く分かった。
「嬉しいな」
「どうした? 大将?」
「日本だけじゃなく、世界に同じ思いで戦っている人がいる事が嬉しい」
「そのとおりだな。人間捨てたもんじゃない」
コンコン!
「失礼します」
そしてマフィアが料理を運んで来る。シチリアの郷土料理らしく、見た目もとても綺麗なものだった。そしてサルバトーレが聞いて来る。
「それで? 計画通りこの地域から離脱するのか?」
「いや…」
すると、そこにオオモリとタケルが入って来る。
「説明しますよ」
オオモリがパソコンの画像を開く。
「なにをだい?」
「自衛隊からの通信です」
そしてパソコンの画面に映ったのは、ある文章だった。
「暗号文を解読しました」
「なんて?」
「次に我々が向かう場所ですよ。どうやらイスラエルから、ゾンビが氾濫しつつあるらしい」
「なんだと?」
そしてクキが言う。
「元より情報はあった。ファーマー社がイスラエルでゾンビ実験している事は」
「そうだったのか…」
「という訳で、次の目的地はイスラエル」
そこで俺が聞く。
「サルバトーレ。イスラエルには行けるか?」
「うーん。直接は行けねえなあ…」
「どうすれば行ける?」
「ギリシャからエジプトに入って、そこから陸路でイスラエル入りするしかねえ」
「そうか」
「手配はさせてもらう。少し時間をくれ」
「わかった」
そして俺達の次の目的地が決まった。話が決まったところで、次々に仲間達が起きて来た。
「美味しそう!」
ツバサがクキと俺が食っている物を見て言う。そしてジュリオが笑って言う。
「可愛いお嬢様がた、今日も美しいですね。まるで女神のようだ。その美しい唇にお似合いの果実をご用意いたしましょう」
「あら…」
女達がまんざらでもなさそうだ。
するとクキが笑って言う。
「大将。イタリア男の爪の垢でも煎じて飲んだらどうだ?」
「なぜ俺が爪の垢を?」
するとマナが言う。
「こればっかりは…九鬼さんの言ってる事が正しいかなあ…。ヒカルがジュリオさんのようなセリフが吐けたらいいのだけど」
「そうよねー愛菜。でも…無理かなぁ…」
「おいおい、ヒカルはこれで良いんだよ! イタリア男みたいだったら、ヒカルじゃねえっつーの」
「「まあねー」」
そんな会話をしているところに、次々と料理が運ばれてくる。
そこにアビゲイルとエイブラハムがやってきて、早速聞いて来た。
「ローマは! ローマはどうなってます!」
「博士。安心してください、法王達は救出され、イタリア軍はほぼローマを制圧しました」
「…よかった…」
テレビに映った法王救出のニュースを見て、皆が胸をなでおろしていた。
「だが、陰謀の全てを潰すまでは終わらん」
俺が言うと、タケルが言った。
「あー、愛菜の言う通りかもしれねえなあ。今くらいは、もうすこしオブラートに包んだ言い方を覚えた方がいいかもしんねえぜ? ヒカル」
皆がうなずくのだった。どうやら俺は、イタリア男の爪の垢を煎じて飲まねばならないらしい。だがタケルの言葉に、皆が笑っているのを見て冗談だったと分かる。戦いに明け暮れていた前世では、魔王ダンジョン攻略の話ばかりしていた気がするが、それでは皆の息が詰まってしまうのだろう。
「おいジュリア。お前の爪の垢を煎じてくれ」
一瞬皆がポカンと俺を見るが、その後大爆笑が起きるのだった。




