第426話 ローマ危機
俺達は法王と共に、バチカン放送のテレビスタジオにやって来た。既にイタリア軍はローマを包囲しており、クキが言うには市街地に砲撃を始める可能性があるという。ゾンビパンデミックの市街地を確認して、市民の生存が厳しいと判断するだろうという事だ。
タケルが言う。
「生きてる人間がいる事ぐらい、SNSなんかを見りゃわかるだろうに」
クキが首を振る。
「軍は恐らく、ローマ以外に被害が及ばないように考えるはずだ。感染しているかも分からない人間を助ける可能性は低いだろう」
アビゲイルが悲しそうな顔をして言った。
「ファーマー社のデータを見れば、薬品の直撃を受けるか噛まれるかしないと感染しないことが分かるはずなんです」
「そいつは俺達だけが知っている事実だからな。なんにも知らないイタリア軍は、絶望的な方法を選ぶだろう」
クキの言葉に、アビゲイルも女達も悔しそうな顔をして俯いた。その会話を聞いて法王が言う。
「希望を捨ててはなりません。まだ攻撃が始まると決まった訳ではないのです。私達ができる最善を尽くして祈りましょう」
そんな話をしていると、オオモリとマナが親指を立てた。放送の準備が整った合図だ。そして俺達はザ・ベールから受け取った仮面をつける。カメラの前に法王が立って、サルバトーレに言った。
「あなたは言いつけを守り、罪を犯していない一般市民を傷つけなかった。今度は私があなたとの約束を守り、一般市民を守る時ですね」
「法王…」
「では」
法王が合図をすると、カメラが回り始める。
「愛する兄弟姉妹の皆さま、そして世界の皆さまへ」
そう言って法王が少し間を置いた。とても落ち着いた声で話している。
「ローマは今、新たな試練に立ち向かっています。それは、生死の境目が曖昧になった存在による脅威です。生死の境目が曖昧になった存在とは、いわゆるゾンビの事です」
するとテレビ画面が分かれて、法王の脇にSNSなどで撮影されたゾンビの映像が流れた。オオモリたちが今編集をして流しているらしい。
「そしてイタリア軍が、ゾンビによって荒廃したローマを前にして、武力による解決をしようとしております。ですが大きな火は新たな犠牲を生み出すだけです。まだ都市には、多くの市民が救いを求めて避難しているのです」
すると今度は、外のテレビ局が放映したライブ動画を切り取って、イタリア軍の包囲の様子を映し出す。その横で法王はゆっくりと話を続けた。
「私達は、この危機を乗り越えるために、あることを心に刻む必要があります。それはすべての生命を尊重し、無力な者に手を差し伸べること。この危機を乗り越え、より良き未来を築くために力を合わせなければなりません。どうか神が私たちを導き、平和な解決となるように。未曾有の危機に直面している人々に、神のご加護が降り注ぐ事を祈ります」
そして法王が目配せをする。すると合図が送られて法王が降壇した。そして次にアビゲイルがカメラの前に立つ。
「私は元ファーマー社の研究員。アビゲイル・スミスと申します。きっと科学雑誌や、ノー〇ル賞などでご存知の方も多いのではないでしょうか? ゾンビはファーマー社によって作られました。死なない人間として、ただ人を食い荒らす存在と化してしまいます。そこで知ってほしいのが三点、一つは薬品を浴びないと直ぐにゾンビにはならない事。噛まれなければ感染する事は無い事。もう一つは噛まれた場所を三十秒以内に切断する事。それでゾンビのパンデミックは防げます。皆さん、どうか冷静な判断をしていただくようお願いします」
そしてアビゲイルが降壇した。次に仮面をかぶったミオがカメラの前に立つ。
「私は影でファーマー社と戦って来た者です。国連本部での戦いは記憶に新しいのではないでしょうか? 私は生きております。ゾンビの脅威と戦い生き延びてきました。ゾンビは首を落とすか頭を撃てば活動を停止します。今ローマ市街地には、数百数十万の生存者がいます。砲撃やミサイル攻撃をすれば、ゾンビだけではなく彼らが死にます。どうか、日頃訓練した戦闘技術で、ゾンビの頭を吹き飛ばすにとどめていただきたい。既にベルリンでは、ドイツ軍がその方法で鎮圧に成功しています」
そしてまた法王に変わる。
「我々は平和の為に戦っています。どうか、罪なき人達を殺してしまう事の無きよう、政府は今一度考えなおしていただくようお願いいたします。そして生きてこれを見ているローマ市民よ、私達と共に祈りましょう。祈りは必ず神に届きます」
そうして放送は終わった。カメラが止まり、オオモリとマナが忙しそうにしている。作業が一通り終わるとマナがみんなに言った。
「世界はもう、この放送を止められないわ。あとはイタリア政府がどう判断するのか、きっと大臣も市街地に取り残されている人がいるはず。祈るしかないわね」
そんな時、オオモリが大声で叫んだ。
「ヒカルさん! 大西洋方面から巡航ミサイルが撃たれました!」
それを聞いたクキが舌打ちする。
「法王とアビゲイル博士がここにいる事がバレたからだ。ファーマー社が証拠隠滅の為に、潜水艦から戦略核兵器を撃ちやがった!」
するとサルバトーレやジュリオやマフィア、アビゲイルとエイブラハムが驚愕の顔で騒ぎ出す。
サルバトーレが言う。
「か、核だと!」
「そうだ。これで奴らは東京を潰した」
「なんてこったい!」
ジュリオが言う。
「ヘリコプターで逃げよう!」
だが、それにオオモリが答える。
「着弾まで三分をきってます」
「くそ! 間に合わねえ!」
エイブラハムがアビゲイルに言う。
「すまなんだアビゲイル! 逃げ隠れして居れば、こんな場所で死ぬことは無かったんじゃ!」
「いいえ、お爺様。私はやる事はやったわ! 最後の瞬間にお爺様と居られるのは幸せだわ」
二人はひしと抱きしめ合った。
そしてマフィアらも騒いでいる。
「ボス! どうにかなりやせんかね!」
「ど、どうにかするって言ってもなあ。ファーマー社はイタリア軍ごと俺達を葬るつもりだぜ」
法王と枢機卿達は、胸の前に手を組んで祈りをささげ始めている。だが落ち着き払っている俺達を見て、ドンサルバトーレが言う。
「あ、あんたら…どこまで肝が据わってやがる…。もう終わりなんだぜ?」
だがタケルが笑って言った。
「なにが? まだこれから、やってもらう事いっぱいあるぜ? おっさん」
「ど、どうしろってんだ!」
「あるよなあ? ヒカル?」
「ああ。王様が祈りを捧げてるって言うのに、信徒が諦めてどうする?」
「そ、そんな神がかりな事が。あんたらはあれか…ジャパニーズ神風、神風が吹くと思ってんのか!」
「神風? それもいいだろう。だが、そろそろ時間だ」
俺は、その部屋の窓ガラスを開けて外に飛び出し、そのまま一番高い屋根にジャンプするのだった。




