第411話 主演を舞台に運ぶ
地上では銃声が鳴り響いており、俺達が潜んでいる階段の踊り場まではっきり聞こえてくる。俺は地上に上がるタイミングを見計らっており、気配を読みながら皆に伝えた。
「よし。上がるぞ」
俺が先に進み、ビルの一階に上がって壁際から騒ぎの起きている方角を見ると、そこでは試験体に向かって銃を撃ち込んでいる奴らがいた。全滅していないのは、ゾンビ化兵が混ざっているからだろう。誰もこちらに意識が向いておらず、今なら仲間を脱出させられる。
「いまだ」
俺が見張り、仲間達が騒ぎの反対方向へと走って行く。皆の後ろをついて行き、行き止まりのガラスに向かって剣技を繰り出した。
「真空乱斬」
パキッ! パラパラパラパラ! とガラスが崩れ落ちた。
「みんな壁の後ろに隠れろ!」
皆が壁の後ろに隠れたので、開いた穴から更に剣技を繰り出した。
「剛龍爆雷斬」
俺の剣から小さな火の玉が飛び出し、広い敷地に飛び出して大爆発を起こした。
バッシャアアアアアン!
全面のガラスが割れて飛び散り、戦っている兵士達と試験体に突き刺さっていく。突然の爆発に、ゾンビ化兵らがパニックになっているところで皆に告げた。
「いけ! 国連で落ち合おう」
皆が頷き、ミオが俺に言った。
「ヒカルも…気を付けてね」
俺はニヤリと笑って親指を突き立てる。タケルがいつもやっている通りに。
そして仲間達は爆発の煙の中に飛び込んで行った。
よし。俺は俺の仕事に取り掛かるとしよう。
回れ右をして、試験体と戦っているゾンビ兵達の元へと走っていく。
「結界。金剛」
身体強化を施しつつ近づいて行くと、俺に気が付いた兵士が叫んだ。
「誰だ!」
「止まれ!」
俺はあえて両手を上げて近づいて行く。
「と、止まれ!」
バシィィ!
俺に銃を向けていた奴が、突然試験体の触手に吹き飛ばされた。とにかくファーマー社は試験体を外に出したくないらしく、ここで必死に食い止めているようだ。必死に攪乱を続けている。
次の瞬間。入り口の方から戦闘車両が飛び込んで来る。
バリン! ガリガリガリガリ!
キュィィィィィィィィィィィ!
ガガガガガガガガガガガガガガ!
車体の上の筒のようなものが回転し、連続的に銃弾が試験体に打ち込まれた。体を破損させながらも、試験体が逃げ回り始める。しかもそこらへんにいるゾンビ化兵を、次々につかみ上げて戦闘車両に放り投げていた。空中でその射線に入ってしまったゾンビ化兵は、腕や足を四散させて転がる。それでももぞもぞと動いているので、死にはしていないようだ。すると戦闘車両の脇に筒を持った奴らが現れた。
バズゥン! バズゥン! バズゥン! バズゥン!
射出された弾は大爆発を起こすが、試験体に致命傷を与える事が出来ないでいる。
そこで俺は試験体ではなく、戦闘車両と筒を持った兵士に向かって剣技を振った。
「冥王斬!」
車両ごと全てが両断され、試験体を攻撃する者が居なくなる。隊列を崩してしまったゾンビ化兵を次々に襲っていく試験体。
「さて。行こうか」
俺は正面玄関に向かって剣を振るった。
「大地裂斬!」
俺の目の前から外に向かって、大きく深く地面が割れて行く。車両も兵士もその割れ目に落ちて行き、このガラス張りの研究所も内側に崩れて地中に沈んでいく。
俺は試験体に向けて刺突閃を放った。小さな穴を穿つだけだが、その事でゾンビ化兵よりも俺の方に意識が向いたようだ。崩壊していく建物の中で俺は試験体に叫んだ。
「来い!」
「がぐるぅぅぅ!」
俺に飛びかかって来たので、崩れ落ちてくる瓦礫を縫って割れた大地の底へと飛び降りていく。すると試験体と共に数体のゾンビ化兵も落ちて来た。どうやら何が何でも、試験体を外に出してしまう訳にはいかないらしく、必死に銃を撃って意識をひきつけていた。
「飛空円斬」
見えているゾンビ化兵の足を斬り落とし、その追撃を遅らせる。試験体が俺に突進して来たので更に剣技を振るった。
「推撃」
ズン!
見えない剣撃に半分潰されながら飛んで行く。試験体が復活するのを待ちつつ、割れた大地の底を走り始め行き止まりに到達した。
「来い!」
すると土煙の中から試験体が出て来た。奥から復活したゾンビ化兵もついて来ている気配がする。怒っているのか、試験体からは憎悪のようなオーラが上がっていた。
「良い面構えするじゃないか」
そうして俺は試験体を引き連れつつ地上に出た。既に陽が落ちてあたりが暗くなっている。雑木林をゆっくりと歩き、ついて来る試験体とゾンビ兵を引き連れていく。そして俺は国連ビルのある敷地に足を踏み入れるのだった。
するとようやく、ハンジの声が耳に入って来た。イヤーカフの無線が繋がる所まで来たらしい。
「こちらベール。アルファ、プレゼントはどうだ?」
「運んで来た。準備は出来ているか?」
「既に役者はそろっている」
「わかった」
「成功を祈る。オーバー」
舞台の準備はもう出来ているらしい。予定外の特大のおまけを引き連れて、俺はそこにお届け物をするだけ。すると先に人の気配がしてきた。どうやらザ・ベールはきちんと仕事をしたらしい。後ろの試験体が俺を見失わないように、刺突閃を打ち込んで引き付け続ける。
「雑魚は飽きたろう? 俺が階層ボスだ。早く喰らいに来い」
「がぎゅるるるる! ふしゅるるるる!」
試験体は毒々しい叫び声をあげながら、俺に飛びかかって来る。俺がギリギリのところで走り出すと試験体がついて来た。空中にはヘリコプターが飛び、地上を照らしているようだ。
「舞台が見えた」
視線の先には大勢の人が集まっており、俺はそこ目指して走り出す。
そこで俺は突然、縮地で姿を消した。
目標を失った試験体が止まる。するとゾンビ化兵が追い付いて来て、試験体に銃を撃ちまくり始めた。
「うわ!」
銃声を聞いた人々が伏せたり、逃げたりし始める。
だがその中でも逃げずにカメラを回す人らがいた。どうやらそのカメラたちは、試験体とゾンビ化兵の戦いに気が付いたようだ。自分らが撮られている事も知らずに、ゾンビ化兵は試験体との戦いを繰り広げ始めるのだった。




