第40話 ガソリンスタンド
以前の世界ならば都市と都市の間や村と村の間、山間部や草原にあまり民家は無かった。
それはなぜか?
それは魔獣が生息しているような地域に人間が住むことが難しいからだ。だから森や山脈地帯ではなく平地の魔獣が少ない場所に集落を作る。通常は集落が出来ると柵や壁を作り、その都市や村には自警団やギルドがあって魔獣から身を護る。だがこの世界を車で移動してみて分かったのは、街道沿いの集落ではないところにポツリポツリと家があり、小さな集落があっても市壁で囲われたり柵で防御されたりしていない。
ゾンビが大量発生して壊滅的な打撃を受けた理由はそこにもあると思えた。魔獣からの防御策が何一つ取られていない作りになっているからだ。だがそもそもこの世界に来てから、ゾンビ以外の魔物にエンカウントした事がない。見るのはせいぜい猫か犬か狸、もしくは牛などが歩いているくらいだ。もしかすると魔獣のような生物は絶滅しているのではないかと思う。
俺は車の中の女らにその事を聞きたいのだが、魔獣の事をどう説明して良いのか分からなかった。そもそも、この世界にいないものを説明する事なんて不可能だ。
ミナミとツバサは疲労で寝てしまい、後ろ座席のミオと前方のユリナとマナは起きている。後ろに座るミオが俺に話しかけて来た。
「二人、よっぽど参っていたのね」
「そうだな。暴力を受ければ体力はかなり消耗するからな」
「空港は地獄だったものね」
「本当に良く生き残った」
「ええ」
そう言ってミオは隣に眠っているツバサの顔にかかった髪の毛をそっと撫で、そしてその頭をスッと自分の肩へ寄せた。ツバサは心地よく眠っているようだ。今度は俺がミオに聞く。
「街道沿いにぽつりぽつりと家があるが、何をして暮らしている人なんだ? 木こりか?」
するとミオが答える。
「なんだろ? 良く分からないけど、農家さんとかなんじゃないかな?」
「作物を作っている人と言う事か」
「そう。全部が全部じゃ無いと思うけどね」
「人里離れて危険じゃないのか?」
「危険?」
「化物に襲われないのかと思ってな」
「ああ、ゾンビになっちゃったりするからね。もしかしたら生きている人もいるかもしれないけど、大抵は私達みたいに集まって生き延びていると思うな」
「ゾンビの他に危険なものは何かいないのか?」
「ゾンビの他? 犬とか?」
「犬? 犬など大した事ないだろう」
「そんな事無いわよ。野犬が群れを作って人間を襲ったりすると聞くし」
「なるほど」
犬でも単体ではなく群れを成して襲って来れば、それなりに脅威にはなるか。だが魔獣と違って恐ろしい力は持っていないような気がする。前世の魔獣なら炎や毒霧を吐いたり、武器を使うものや魔力を使うものもいた。魔王ダンジョンの魔獣など、転移したり高位魔法を発動させたり地獄門を開いたりするやつがいたし、時を止める魔法を使うやつに手を焼いた事もあった。だがこの世界は平和過ぎるほど平和だ。ゾンビくらいしか脅威になる魔物がいないのに壊滅してしまうなんて、こんな高度な文明をもってして、なぜ対応できなかったのだろうか?
すると運転しているマナが言った。
「ハザードだ」
前を走るヤマザキ達のトラックがオレンジの光を点滅させていた。どうやらそれをハザードと言うらしい。
「止まれって事よね?」
ユリナが言った通り前のトラックが速度を落とし始める。俺は伝達役としてトラックに走って行くのだった。
「ヤマザキ、どうした?」
「ここから先は都市部になりそうだ。迂回するべきかどうかを迷っている」
「ちょっとまて、ゾンビを探ってみる」
そして俺は気配感知で前方の都市を探る。すると多数のゾンビの気配を感知する事ができた。
「ゾンビはいるな、迂回したらいいんじゃないか?」
「物資を回収したいと思ってな」
「食料と言う事か?」
「それもそうだが、ガソリン…車の燃料や薬なども調達したいと思う」
「なるほど。燃料が無いと止まるんだな」
「まだ入ってるんだがな、東京まで行って走り回るとなると心元ないんだ」
「ちょっと待っていてくれ」
「ああ」
そして俺は再び車に戻り皆にその旨を伝えるのだった。皆は不安と緊張の面持ちでそれを聞いている。そして話し合いの結果、この小都市に入った方が良いのではないかと結論付けた。だが俺には少し心配事があった。一旦車に乗り込んで皆にそれを告げる事にする。
「ちょっといいか?」
「なに?」
「都市に入ればゾンビの討伐をしなければならない」
するとミオが心配そうな顔で俺に言ってくる。
「もしかしたら不安なの?」
「そうだ」
「やっぱりヒカルでも不安になる事があるのね」
皆が顔を合わせて頷いた。
「そうだ。実は今着ているこの服の事なんだ」
「えっ?」
「皆に言うか言わないか迷っていたんだが、実はこの服は東京にあった呉服屋から拝借したんだ。上等そうな服だし、いずれは返そうと思って汚さないでいたんだが、恐らくここで持久戦になると服が汚れるだろう」
皆が唖然とした顔で俺を見た。やはりこんな高級な服を拝借したのは不味かったのかもしれない。仕立ても良いし、もしかしたらこの国の王家御用達なんじゃないかと思うのだ。俺はもしかするとこの国の王族に不敬を働いたかもしれない。
「プッ!」
ミオが噴き出した。それに合わせて車内にいる女が全員笑い始める。
「なんだ? 俺は真剣に…」
「分かってる。でもね、食料品とかも既に勝手に回収しているし、私達の着ている服も全て勝手に回収した物なのよ」
「そうなのか?」
「そうそう。だから気にしなくて良いと思う」
「なんだ…そうだったのか…」
「めっちゃ高級なハイブランドで全身コーディネイトしていると思ったら、回収品だったんだ! 何か一気に親近感が湧いちゃった」
するとユリナも言った。
「ほんとほんと! なんか私達とは住む世界が違う人なのかも、とか思ってたけど、まさか盗った物だったなんて」
おまけにツバサまでが起きだして笑って言った。
「もしそう言う服が好きなんだったら、東京に行った時に回収しようよ!」
「俺は別に好きってわけでもないが、これはかなり仕立てが良い服だ」
そしてまたミオが言う。
「いいんじゃない! なんて言うかもう見慣れちゃったし、なんかヒカルっていったらもう、ル〇ヴィ〇ンって感じだし」
「いいのか? 確かに俺も気に入っているし、汚れたら変えは欲しい」
「良いと思いまーす!」
「「「「さんせーい」」」」
何か皆が楽しそうなので、これはうち明けて正解だったようだ。とにかく先を急がなくてはならないので、すぐに行動に移す事にする。
「わかった。なら念のため、俺は前方トラックの天井に乗った方が良さそうだ」
すると運転していたマナが言う。
「え、こっちの車から降りちゃうの?」
皆が不安そうな目で俺を見る。だが車の中に乗っていては、いざという時に動きが遅くなる。
「すまんが。状況が分かるまではその方が良い」
「…わかった」
そして俺はその事をヤマザキに告げて、トラックの天井に飛び乗った。そして天井をコンコンと叩いて出発して良い合図をする。トラックはゆっくりと都市の中に進んでいく。都市部に入るにつれて街道には車が散乱しており、進む速度が格段に落ちる。東京ほどではないが車の数が増え、時にはトラックで押して道を広げなければならないようだ。俺は天井の上からぶら下がるようにして、ヤマザキに声をかける。
「少しゾンビが増えてきているがどうする?」
「あそこにガススタが見えているんだ。あのオレンジの」
ヤマザキが指さす方向に、オレンジ色の看板が見えて来た。ちらほらとゾンビが見えるが、なんとかかたずけられそうな数だった。俺はすぐさまトラックを飛び降りてヤマザキが言ったガススタ方面に走り、手当たり次第にゾンビの首を斬っていく。ガススタ内部にも四体確認したので、そのまま中に入ってそいつらを始末した。俺が振り返って手招きをしトラックとワゴンがガススタに入って来る。
「ヤマザキ、余りのんびりはしていられない。後方からと向こう側からゾンビが寄ってきている。ガススタの中のゾンビは始末したが、この建物は三方から入って来れるようになっている。俺が来た奴から順番に片付けていくからその間に補給を頼む」
「わかった! 急ぐ! ただ発電機が無ければ手動になるんだ。新しそうなガススタだから常設してあるとは思うんだがな」
「良く分からんが、危険になったら中止してもらう」
「よし、それじゃあ俺が発電機を探す」
「ああ。意外にゾンビの数は多いから急いでくれ」
そしてヤマザキがあちこちガススタの内部を調べて、俺の方に向き直り頭の上で丸を作るのだった。と言う事は早く補給ができると言う事だろう。そして俺は自分の服を汚しても問題ない事を知った。思う存分暴れられるとなれば、討伐速度は十倍以上になるだろう。向こうの方からじわりじわりとやって来るゾンビを見てすたすたと向かっていく。
最初の集団に縮地で近づき一気に十体の首を飛ばした。やはり汚れを気にしなくなると、効率よく討伐が出来る。ガススタに一定の距離からゾンビが侵入しないように、円を描くようにして首を斬っていくのだった。




