第406話 敵に近づく無防備な旅行者
ザ・ベールとの計画すり合わせが終わった。ザ・ベールは敵に動きを察知される可能性を考慮しつつ、三方向から研究施設を目指すという。移動は、観光客が町にあふれ出す時間を設定したようだ。
そこでハンジが最終確認をしてきた。
「ミスター九鬼。本当にあなた方だけで別行動を? しかも徒歩で? それで博士は安全ですか?」
クキが、もう何度目かになる説明をした。
「はっきり言おう。ヒカルの隣以上に安全な場所は、この世界のどこにもないと断言する。万の軍隊よりも、深海の潜水艦や核シェルターよりもヒカルの隣りだ。申し訳ないが信じてもらうしかない」
「わかりました。ゾンビ日本からここまでたどり着いた、あなた方を信じるしかありませんね」
「そうしてくれ」
アジトの地下室には、ジュネーブの町のあちこちが映し出されているモニターがたくさんあった。それに映るのは、町を歩く人や車、店から出てくる人や街角でお茶をする人などだ。そこで俺達は作戦の最終確認を行っていたのだ。
そしてハンジが、そこにあるマイクのスイッチを入れた。
「こちらヴェール、全ユニットに指令。オペレーションアルファ始動。プレゼントをセーフハウスへ配達する。デコイユニットツー、メインユニットワン、計三匹のウサギが走る。ミッション成功は世界の未来を左右する。全ユニット任務完了まで死角なし。オーバー!」
俺がタケルに聞いた。
「今のはなんて意味だ?」
「知らね。要するに研究所に行くつうことだろ?」
するとクキが笑って言う。
「まあ分かりづらくしているだけだな。誰をどこにどうやって連れて行くなんてハッキリ言ったら、相手が動きやすくなるだろ。だから、ああいった言い方になっただけだ」
「なるほど」
「へえー。映画でしか見た事ねえぜ」
「まあ…ニイタカヤマノボレみたいなもんだ」
だが約一名、オオモリが鼻の穴をおっぴろげていう。
「か、カッコイイ! カッコよくないっすか今の! やっぱ秘密の作戦開始ってこうじゃなくちゃだめっすよ! 僕達もこうしましょうよ!」
「そうなのか?」
「ヒカルさんには分からないかあ。とにかく大事な事なんですよ!」
「そうか」
とにかく作戦が始まったという訳だ。
「クキ。それじゃあアビゲイルを呼び…いや、プレゼントを取りに伺おう」
「くっくっくっ…。そうだな、丁重に扱えよ」
するとタケルも言った。
「クライアントがお待ちだ」
「お前も…」
俺達は直ぐに、仲間とアビゲイルが待つ部屋へ向かう。
俺達を見てミオが聞いて来た。
「ヒカル! どうなる感じ?」
「えーっと、まあウサギを捕まえに行くんだ」
俺がそう言ったら、クキとタケルが大笑いをした。
「くあーはっはっはっはっ!」
「ちげえよヒカル! プレゼントをハウスに届けに行くんだよ!」
「あ、そうだったか」
ミオがポカンとしている。そこにクキが言った。
「俺達はいつも通りだよ。ヒカルがマストに動いて、俺達がサポートし博士を研究所に連れて行く。そしてその後は…お楽しみだ」
「あれね…分かったわ。じゃあ行きましょ」
そして俺がアビゲイルとエイブラハムに言う。
「とにかくアビゲイルには死んでもらったら困る。だから俺が全力で守るぞ、それで良いな?」
「ええ」
「ふむ」
するとマナが言った。
「うわあ…ヒカルに全力で守るぞって言われたぁーい」
「何言ってんのよ愛菜。みんな守ってもらって来たじゃない」
「でも直接言われて無くない?」
ツバサが頷いた。
「確かに。今みたいにカッコよく言われてないかもぉ」
すると何故か、ミオ、ツバサ、マナ、ミナミがこっちを見て来る。
「ほれ、大将。まってるぞ」
「あーっと、ミオ、ツバサ、マナ、ミナミ。お前達も俺が守る」
「うれし!」
「うわあ…」
「いやぁーん」
「が、頑張らなきゃ」
「あと、クロサキとクキとタケルとオオモリも俺が守る」
「「「「へっ? それ、今いる?」」」」
「どういうことだ?」
なぜかクロサキとタケルとクキが、肩を震わせて笑っていた。俺は間違った事は言っていないはずだが?
「さあお嬢さんがた、いまので充分ほぐれたろ? 俺達もそろそろ行くぞ」
「「「「はーい」」」」
一連の流れを見ていたアビゲイルも笑っている。
なるほど…。女達はアビゲイルの緊張をほぐすためにやっていたんだ。今になってそれが分かり、仲間達の気づかいに尊敬の念を抱いた。アビゲイルが笑いながら俺に言う。
「本当にいいチームですね」
「ああ。良いチームだ」
そして俺達は、変装したアビゲイルとエイブラハムを連れてアジトを出た。ジュネーブの町は午後、あちこちを観光客が歩いている。ビルの壁には落書きがあり、道路わきには駐車された車がある。
ザ・ヴェールの人間達はいかにもプロという雰囲気をにじませていたが、俺たちの部隊はクキとクロサキだけだ。他の仲間は完全に一般人と変わらない…ただレベルが上がっているから、この世界の人間からしてみればモンスターではあるが。
「やはりジュネーブは都会ねー」
「町並みが綺麗だわ。だけどあちこちに落書きがある」
「良くないわねえ」
何処からどう見ても観光客にしか見えない。そして直ぐに俺達がつけているイヤーカフに声が入る。
「こちらヴェール。順調か? 順調ならクキが手を上げてくれ」
クキがさりげなく手を上げる。
「確認した。それでは観光をお続けください」
今の言葉を聞いて、全員がにやりと笑う。
「観光だって」
「まあ、観光みたいなもんじゃない」
するとオオモリだけが、はあっとため息をつきながら言った。
「今のカッコよさが…わからないかなあ」
だがそれにマナが言う。
「大森くんはそういうのが好きなのね? そういうのって、厨に…」
それをタケルが制した。
「愛菜。武士の情けだ、作戦中はいい気分でいさせろ」
「はぁーい」
俺達が線路の下をくぐったあたりで、再び耳に音が入る。
「ウサギを求めて、番犬が飛び出したようだ。デコイに群がっている。充分注意されたし」
またクキが手を上げる。
「やっぱり、マークされてたか」
すると続けてハンジが言う。
「敵は警察に扮している。デコイユニットが職質を受けた」
だがタケルが言う。
「アホな観光客になればいい訳だろ? 映えそうなところで、また写真でも撮ろうぜ!」
「そうしよう」
すると、さっそくツバサが言う。
「ちょ、ちょっとみて! 何あの大きな椅子!」
ツバサが指さした先に、めちゃくちゃ大きな椅子があった。だが足が壊れている。
するとミオが言った。
「あれはね。壊れた椅子っていうのよ。有名なデザイナーが作ったモニュメント」
「へえー」
「という事はここは国連広場ね」
それを聞いて俺が言う。
「なるほど。夜の舞台はこの奥という訳か」
それを聞いていたタケルが言う。
「せいぜい着飾って派手に踊ってもらおうぜ。素敵なショーが楽しみだ」
それを聞いていたクキが笑う。
「おまえら毒されてんじゃねえか」
「「ははは」」
タケルと俺の笑いが揃った。二人で悪ふざけをしているのを、クキが楽しんでいる。
「ねえー。写真撮ろう! 観光客もいっぱいだしさ! 並ばなきゃ」
マナが言うので、俺達は壊れた椅子の前に並んだ。アビゲイルのそばには俺が立ち、クキとクロサキが辺りを警戒する。
だがミオが言う。
「ねえ。全員で写りましょ!」
「美桜そいつはさすがに」
「いいじゃない九鬼さん」
「…まあ、そうだな。そうするか」
そうしてミオが近くの老人観光客にスマートフォンを渡し、撮ってもらうように頼んでいる。俺達とアビゲイルとエイブラハムが並び、パシャリと写真を撮ってもらった。人の良い観光客で、もう数枚ほど取ってくれたようだ。
「センキュー!」
観光客は手を上げて去って行った。
するとアビゲイルが言う。
「国連の敷地にも入れますよ。観光客もたくさんいるし」
それはいい。
「ならば舞台を確認したい。写真を撮りつついこう」
中に入っても観光客がわんさかいた。気配感知にもファーマー社やプロらしきものは混ざっていない。見物するように国連の敷地内を歩き、あちこちにデカい建物があるのを確認する。
その時、俺達の耳にハンジが言う。
「デコイ及びメインユニットが完全マークされました。そしてこちらからは九鬼さん達が見えません。監視カメラから外れた場所にいるようです。十分注意してください」
「だってさ」
「オトリは全滅。あとは潜伏した構成員だけだな」
俺達がそんな話をしていると…誰かが近づいて来た。警察の格好をしているようにも見える。そいつが近づいて来た事で、俺達にピリッと緊張が走る。
「あー、すみませんが、ここから先は一般人の立ち入りができません」
それにミオが答える。
「アイムソーリー」
そうして何事もなくその場を立ち去った。
「ビビった」
「本物の警察でしたね」
タケルとオオモリが言うが、俺には敵じゃないと分かっていた。多分ミオも気づいていたのだろう。それから俺達は国連の敷地を通り抜けて、研究所のある方へと歩いて行く。すでにヴェールのオトリ達は、ファーマー社からマークされているらしいが、俺達の周りには居ないようだ。
クキが言う。
「包囲網は抜けたな。だがここからだ」
「「「「「「了解」」」」」」
すでに研究室に近い場所に来ており、いつファーマー社が感知してくるか分からない距離だ。それでも俺達はしっかりと観光客気取りで、写真を撮りながら近づいて行くのだった。




