第402話 花咲くアルプスの庭で
ザ・ベールとは、ファーマー社やそれらに絡む陰謀に立ち向かう組織だった。巻き込まれて行き場を失った人らを匿い、居場所を与えつつ戦っているらしい。ザ・ベールの首謀者である、ハンジ・ヨーゼフは一般市民に紛れ、影でこの組織を率いている。スイスは中立国家の為、身を隠すには好都合らしい。エイブラハムがすぐにでも会いたいと伝えると、構成員たちが出発の準備を始めた。
そしてハンジ・ヨーゼフが俺に聞いて来る。
「あなた方の仲間達は、どのくらいで来ますか?」
「すぐだ」
言っている隙に、構成員がハンジに告げた。
「それらしき人物が現れました」
そしてハンジがタブレットを俺達に見せる。そこには映像に映っているクキ達がいた。
「間違いない。俺達の仲間だ。彼らも一緒に行く」
「…これだけの日本人が良くスイスまで来たものだ」
「ああ」
「まさか日本に生存者がいたとはな」
「俺達も、世界にニホンジンが生きているとは思わなかった」
「我々の組織が世界中に散らばっていて、各国で日本人を保護している」
するとミオがため息をついて言う。
「まるで天然記念物扱いね…」
「一つの民族を根絶やしになどするわけにはいかない」
「そうね…ありがたいわ」
エイブラハムが言う。
「アビゲイルの所には、あんたも行くのかね?」
「もちろんです。博士に会えるのは私だけですから」
「ふむ」
構成員に促され俺達が外に出ると、クキ達も一緒に待っていた。クキが言う。
「驚いたな、まさか本当に見つけるとはな」
「俺も驚いている」
「兄ちゃんの手柄だろ」
「まったくだ」
タケルが少年たちを脅しつつ声がけした事で、ハンジ・ヨーゼフに会う事が出来た。俺とクキが感心するようにタケルを見る。タケルは何も無かったように、クワタと言葉を交わしていた。誰にでも話をするタケルの社交性が、ここに来て役に立ったのだと思う。クキとハンジが握手を交わして、拠点を出発した。
それから俺達は数台の車に乗せられて、湖で船に乗り換えさせられる。変な追手がつかないように、交通手段を変えているのだそうだ。
みんなが船の縁に立って外を見ていた。チューリッヒ湖からの風景は美しく、エイブラハムも楽しそうに風景を見ていた。一時間もかからずに上陸し、また数台の違う車に乗せ換えられた。車には武装した人間が乗っており、あたりを警戒しているようだ。
ハンジが言う。
「まどろっこしくてすみません。十分に警戒をしています」
「いや。必要な事なのじゃろう」
「そうですね」
そして車列は次第に勾配を登り始めた。気温も下がり始め、皆が荷物から服を取り出して着だす。非常に見渡しの良い牧草地帯に入り、爽やかな青空を流れる雲が山肌に影を作った。
タケルが嬉しそうに言う。
「おい。牛だ牛がいっぱいいる」
見ればエメラルドグリーンの牧草地で、悠々と草を食っている牛がいた。小鳥の声がさえずり、そこらに高山植物が生えている。遥かに見える山々は白く、雄大な自然が広がっていた。
「そのようだな」
「美味そうだなあ」
するとハンジが笑う。
「あれは乳牛ですよ。牛乳やチーズの原料になる乳を搾る牛です」
「そうか。乳牛か…美味そうだな」
「ははは…」
しばらく進むと今度はヤギが見えて来る。牛よりも一回り小さく、牛と同じように牧草を食べている。時おり俊敏な動きで飛び跳ねたり、高い所の草を食べているものもいた。
ミナミが言う。
「なんか、ハ〇ジの世界だわ。本当にこんな感じなんだね」
「な、美味そうだろ」
「武君?…空気を読め!」
「なんだよ南、俺が空気を読んでねえってのか?」
「だめだこりゃ」
するとハンジが言う。
「仲が良ろしいようで。もう間もなく到着しますよ」
エイブラハムが言った。
「そうか…アルプスに隠れておったか…。それは見つからんじゃろうな」
そして車は小さな集落に辿り着いた。建物は花で飾られており、庭にはトラクターが止めてある。庭を見れば色とりどりの花が咲き誇り、とても美しい場所だった。
「一見すれば農家のようだな」
俺が聞くとハンジが答える。
「農家です。正真正銘の」
「そうだったか」
数台の車が来たのを見て、牧草地の方から数人が歩いて来た。俺達も車を降りて、その人らを待つ。麦わらをかぶった人らが、こちらにお辞儀をしているが、そのうちの一人が棒立ちになってこちらを見ている。
エイブラハムが小さく声を出す。
「おお…」
すると向こうから女が走って来た。
「おじいさん! おじいさん!!!」
「アビゲイル!」
「おじいさん!」
ダッとエイブラハムに女が抱き着いた。エイブラハムもしっかりと抱き返す。俺達はようやくアビゲイルに辿り着いたのだった。二人はしばらく抱き合い涙を流していた。それを見た、ミオ、ミナミ、ツバサ、マナ…そしてタケルも。もらい泣きしている。
ようやくアビゲイルがこちらを見た。
「この人達は?」
するとハンジが深々と頭を下げる。
「博士。ようやく時が来たようです」
するとアビゲイルがぽつりと言った。
「もしかして…日本人?」
エイブラハムが答えた。
「そうじゃ。彼らは日本からやって来たのじゃ」
「うそ…。日本から?」
俺達がそばによると、アビゲイルは深々と頭を下げた。
「ごめんなさい! 私は取り返しのつかない事をしてしまった! とんでもないことを! 本当にごめんなさい! 私は…私は…」
よろよろとしてしゃがみ込んでしまう。エイブラハムがアビゲイルの肩を抱いて言う。
「彼らは、なんとかしたいと思っている。そしてその力があるようじゃ、アビゲイルよ…わしは彼らに協力したいと思うとる。どうじゃろ? 話を聞いてはもらえんかの?」
「分かった…でも、でも! 力になれるかしら…私なんかが」
するとそこに、ミオがいってアビゲイルに手を差し伸べる。
「博士、一緒に世界を救ってくださいませんか? 私達と一緒に人類の未来を守っては下さいませんか?」
しばらく二人は見つめ合う。
「あなたは恨んでいないの? 私のようなバケモノを」
「こんな綺麗な人がバケモノ? そんな訳はありません。博士お願いします。私達を救ってください」
アビゲイルが立ち上がりミオの手を取った。
「わかりました。日本の可愛らしい人。あなたのような小さな人が頑張っているのだものね、私がくじけていてはいけないわね」
「ありがとうございます博士。そして、いろいろと見ていただきたいものがあるのです」
アビゲイルは俺達や、ザ・ベールの構成員たちを見渡して頷いた。
「見せていただきましょう。あなた方が命がけで手に入れたであろう情報を」
すると農家のおばさんが言った。
「アビちゃん。こんなところで立ち話は良くないわ。母屋へどうぞ、なーんもない所ですが、あいにくと空き部屋がいっぱいありますので。それに温かいミルクなどはいかがですか? 日本の方々の口に合うか分かりませんが、チーズなんかもありますのでね」
タケルが言う。
「いただきます!」
するとハンジが構成員に言う。
「よし! 作戦は終了だ! ここに車があるのは目立つ! 直ぐに引き返せ」
「「「「はい!」」」」
ハンジとクワタ、あと二名の構成員を残して車列は引き返していくのだった。俺達は農家に招かれるままに大きな木造の建物に向かった。




