第393話 脆すぎる組織
気配感知を使い、都市部で敵の監視者を探査した時は、もっと人数が居たはずだった。だが河川敷に来たのは六人で、そのうち一人がゾンビ化人間だという事が分る。その事を踏まえても、都市に潜伏している奴らの中にどんな奴がいるか分からない。ルクセンブルクの町を破壊させない為にも、なんとかこの場所で決着をつけたかった。その為に二人を泳がせることにしたのだ。
ピピッ!
俺が追っていると、微かな電子音がして二人が立ち止まり耳に手をあてる。
「はい」
向こうからの声は聞こえないが、二人は誰かから指示を受けているようだ。ゾンビ化人間が話をして通話を切り、もう一人に告げる。
「仲間はこの河川敷を出ていないらしい」
「出ていない? では何処に?」
「雑木林の入り口に、全員の識別信号が固まっているとの事だ」
「入り口に? 居ませんでしたよね?」
「ああ…」
ふと、ゾンビ化人間が上を見上げたので、俺はすぐに魔法を発動した。
「認識阻害、隠形」
「気の…せいか…」
なるほど…。ゾンビ化人間は普通の人間より感覚が鋭いようだ。だが俺のスキルの方が上らしく、見つける事が出来ないでいる。二人は走って来た道を辿るように、雑木林を戻って行った。俺は再び二人を追いかけて行く。
死体を隠したあたりに来て、二人はきょろきょろと探し始めた。あの死体から電波が発せられて、それが司令部に感知されたのだろう。オオモリが居ればどうにか出来たかもしれないが、むしろこれはチャンスと捉えてもよさそうだ。
ゾンビ化人間が言う。
「信号はこのあたりかららしい」
「何もありませんよ」
ゾンビ化人間は上を見上げた。明らかに普通の人間より洞察力が高い。
ザッ!
直ぐに、ゾンビ化人間が人間離れした身体能力で木に登る。
「うお! なんだこれは!」
「どうしました!」
「ここに居る!」
「えっ! そんなところに!」
「全員、死んでるぞ!」
「死んでる?」
ゾンビ化人間が死体を次々に下に落として行く。ドサドサと落ちてくる死体に、下の人間が慌てて駆け寄り死体を揺らした。
「お、おい!」
「声をかけても無駄だ。既に死後硬直が始まってる」
「な、なんで? あの金髪の男がやったんでしょうか?」
「あの一瞬で、人間を木の上に持ち上げ音もなく殺害する? そんな事が出来ると思うか?」
「確かにそんなことは不可能ですね」
「まるで試験体の仕業だな…まさか…新型?」
「えっ? まさか? 会社は我々ごと始末する気でしょうか?」
「試験体をけしかけるなんてのは十分あり得るが、俺達が追っていたのはエイブラハム・スミスだ。年寄りごときに試験体を使う訳がない」
「そう…ですよね。そもそも試験体はコントロールできないはず」
「だな」
ゾンビ化人間が耳に手を当てて話し出す。
「こちら現場。四人が死んでます。死体が木の上にぶら下げられてました」
向こうから説明を求められているらしく、現状をそのまま報告しているようだ。そして通信が切れ、ゾンビ化人間がもう一人に言った。
「調査隊が来る。とにかく俺達はここを人に見られないように、現場を確保しろと言う事だ」
「わかりました」
二人は死体を横たえさせて並べていく。
パラパラパラパラ。
ヘリコプターの音が聞こえて来て、どうやら上から隊員がロープで降下してきているようだ。降下した隊員たちが、次々にこの場所へと駆け込んで来る。隊員の一人がゾンビ化人間に聞いた。
「どうなっている?」
「死んでた。我々がここに飛び込むまでの十秒かそこらの間に、全員が殺され木の上にあげられていたんだ」
「馬鹿な!」
「間違いない」
「銃声や争う音が聞こえただろう?」
「いや」
「「「「……」」」」
集まった隊員たちは、この現象を理解できていないようだ。現場を動画に撮り、トランシーバーを使ってどこかに報告をしている。他の隊員たちは良く訓練されているようで、すぐに雑木林に散らばっていき、自動小銃を構えてあたりを警戒し始めた。
そして隊長らしき奴と、ゾンビ化人間が話をする。
「なあ…あの話、聞いたか?」
「ベルリンとフランクフルトか?」
「そうだ」
「噂だが聞いている」
「原因は分かってるのか?」
「AIの暴走と言われている」
「ベルリンの部隊は消息不明で、ドイツ軍がベルリンを制圧したらしい。フランクフルトが謎の爆発…。AIの暴走? そんな事があると思うか?」
「あり得ないだろう」
ゾンビ化人間が声を潜めて部隊長に言う。
「まさかだが、会社は俺ら実行部隊ごと、証拠隠滅のため消そうとしてるんじゃないのか?」
「…まさか…」
どうやらこいつらは疑心暗鬼になっているようだ。それならばそれを利用させてもらう事にしよう。
俺は雑木林の一番外側で、人が入らないように見張っている奴の所まで行く。木の上から瞬間的にそいつの後ろに降り、首を折って誰にも見られないうちにすぐ木の上に戻った。
そしてそいつが持っていた自動小銃を奪い、自衛隊から教えてもらった通りに安全装置とやらを探す。
えっと…確か。OFFだったな。
既に臨戦態勢になっているため、安全装置は解除されているらしい。俺はベルトを肩にかけて自動小銃を携え、警備をしている奴の元へと向かう。あたりを警戒しながら歩く兵隊の一人に、至近距離から自動小銃を向けて引鉄を引く。
ダダダン! ダダダン!
そいつは血を噴き出して倒れた。
「誰が撃った!」
向こうから声が聞こえてきて、俺はその場を離れ雑木林の反対の方まで木の上を伝って行く。
いた…。
ダダダン! ダダダン!
もう一人が血を噴き出して倒れた。直ぐに俺はその場を立ち去り、次の標的を探し始める。同様の手口であと二人殺し、木の枝に身を隠す。認識阻害と隠形の為、誰も俺を見つける事は出来ないでいた。
銃声を聞いた兵士が駆けつけ、倒れている奴に手を当てて声をかける。
「おい! どうした!」
ひっくり返すが、そいつが死んでいる事を確認して、慌てて銃を構え直していた。そこに他の兵士がやってきて、先に来ていた奴に向けて銃を構える。
「お前がやったのか?」
「違う! 俺が来たら倒れていた!」
「本当か?」
「本当だ! 銃を見てもらえば分る!」
「じゃあ、銃をこっちによこせ」
その会話の後、二人は固まり無言になった。逆に先に到着していた奴が言う。
「…むしろ、お前じゃないのか?」
「馬鹿を言え。俺は今来たばかりだ」
「…その証拠は?」
「俺も銃を見ればわかる」
「じゃあ、見せてみろ! 先に銃をこっちによこせ!」
「はあ? お前が先だ。いつまで俺に銃を向けている!」
「それはこっちのセリフだ!」
二人は完全に疑心暗鬼になっていた。するとそこにもう一人が駆けつけて来る。俺は、二人に挟まれるようになった真ん中の奴に自動小銃を向けて引き金を引く。
ダダダン!
ドサリと倒れる兵士を見て、駆けつけてきた兵士が叫ぶ。
「貴様! なぜ殺した!」
「お、俺じゃない!」
「手を挙げろ! 銃を降ろせ!」
「……」
そこにもう一人が駆けつけて来て言う。
「どうした?」
「こいつがそこに倒れている奴を撃った」
「いや! 俺じゃない! まて! 銃を見てくれ!」
「黙れ!」
そして最後に来た奴が言う。
「とにかく隊長を呼ぶ!」
耳に手を当てて、その兵士が言った。
「隊長。こちらも撃たれてます。はい、はい。分りました」
そいつが通信を切ると、躊躇なく最初に居た奴に向かって自動小銃を撃った。
ダダダン!
ドサリと倒れた兵士を見て、兵士の一人が言う。
「どういうことだ?」
「隊長が言うには、裏切りものがいる可能性があると言う事だ」
「裏切者が?」
「お前はどうだ?」
「俺は違う!」
「そうか…」
俺は音もなくその場を離れ、また違う場所で二人いるうちの一人を撃った。銃声を聞きつけて来た奴がそれを見て銃を構える。
「手を挙げろ!」
「まて! 俺じゃない!」
やはり悪い組織の兵隊なんて言うのはこんなもんだ。仲間同士の信頼関係がないから、ちょっとしたことで関係性が崩れる。俺達のパーティーが前世で悪の教団を壊滅させた時も、こんな感じで自滅していった。俺はふとその事を思い出して、実行してみたのだった。策略はまんまとハマり、雑木林のあちこちで銃声が鳴り始めるのだった。




