第391話 重要参考人を確保
ルクセンブルグの町に到着して、直ぐにアビゲイル・スミスの家を見つける事が出来た。隣人や周辺に聞き込みをかけて分かった事だが、アビゲイルに親兄弟や子供はおらず一人暮らしをしていたらしい。だがアビゲイルは既に引っ越しをした後で、アパートはもぬけの殻だと判明する。
周辺の住民に聞いても、いつ居なくなったのか分からないらしい。いつの間にか消えていて、しばらく前から見なくなったのだとか。そこで俺達は、ルクセンブルグの町で手分けして聞き込みを行っている。俺とクロサキとマナ、クキとツバサとミナミ、ミオとタケルとオオモリの三班に別れ、オオモリが出してくれたアビゲイルの写真を持って捜査をしている。
昼になりクロサキとマナが腹ごしらえしたいと言い、郷土料理を出す店に入った。クロサキが言うにはこれも捜査の一環だという。ひき肉のパイ包みが届けられた時、クロサキが写真を見せて店員に質問している。店員が厨房に戻ると、クロサキが俺達に教えてくれた。
「見たことはあるらしいです。でも最近は見かけなくなってしまったらしいです」
「よく来ていたのか?」
「もともと、ここが地元なので知っているそうです」
「そうか…他には?」
「高校を卒業してから見なくなり、つい最近見かけるようになったそうです。ですがまた居なくなったと言ってますね」
「辻褄は合うな」
「はい。そしてそれほど知り合いという訳でもなく年齢も違う為、深くは知らないそうです」
「わかった」
飯を食い終わり俺達は店を出た。
「では商店街をしらみつぶしに調べましょう」
二人が頷く。それからもクロサキの聞き込みは続き、丁寧に一店舗一店舗を調べていく。すると店頭に果物が積み上げられている店が見えて来る。
「入りましょう」
俺達が入ると店内にはそこそこ客が入っていた。果物や野菜が所狭しと置いてあり、店員がせわしなく段ボールを潰していた。周りにも人がいて、クロサキは真っすぐ店員に歩み寄って聞いた。
「すみません。この、アビゲイル・スミスという人を知っていますか?」
「名前は知らないけど、この人は見た事あるねえ。最近よく買い物しに来ていたけどねえ…」
郷土料理屋と同じ反応だ。間違いなくアビゲイルはこの商店街を頻繁に利用していたらしい。
だがその質問をしてすぐに、クロサキが慌てたように言う。
「ついて来てください」
「「わかった」」
俺とマナは、先を行くクロサキについて行く。まだ店員に質問をしたばかりだというのに、何故かすぐに店を出てしまったのだ。
「どうした?」
「店の客が、アビゲイルの名前を聞いて買い物をせずに店を出ました」
「それだけか?」
「ええ」
「どうする?」
「客の後をつけて話を聞きます」
「それでは時間がかかる。任せてくれ」
「あの老人です。くれぐれも手荒な真似はだめですよ」
「もちろんだ」
シュッ! と俺は縮地で消え、クロサキがマークした人物の後ろについた。クロサキを気にするようにそいつが振り向いた時、俺はそいつの意識を刈り取って抱いて飛ぶ。七階建てのビルの屋上に降りて、ぐったりした老人を降ろす。そして俺は屋上から飛び降り、クロサキとマナを抱きしめて七階建ての屋上へと飛ぶ。
「きゃあ!」
「うわ!」
二人が声を上げるが、俺は構わずに屋上へと降り立った。
「老人の話を聞こう」
三人の目の前には、意識を失った背の高い老人が横たわっていた。
「起こせる?」
「待っていろ」
俺が気を入れると、老人はすぐに目を覚ました。
「こ、ここは…あんたらはだれじゃ!」
それには答えず、クロサキは冷静に写真を見せる。
「この人を知っていますね?」
「そ、それは‥。し、知らん! だれじゃそれは?」
だがクロサキは今の答えで確信したようだ。
「この人を探しています」
「あ、あんたらは…こんなことをするのはファーマー社じゃろ! あんたらはファーマー社なんじゃろ!」
めちゃくちゃ動揺しているようだが、老人は勘違いをしている。俺達はファーマ―社なんかじゃない。
「違います。私達はファーマー社ではありません」
「ならなぜ! アビゲ…」
老人がしまったという顔をする。慌てすぎて自分からアビゲイルを知っている事を認めた。
「すみません。教えてください。今、アビゲイルさんは何をしているのかを」
「知らんぞ! わしゃ知らん!」
埒が明かない。だが目の前の老人は決して悪人ではないと分かる。そんな老人を脅すわけにもいかず、俺達は困り果てる。
そこでクロサキは老人に聞いた。
「あなたは…ファーマー社をどう思いますか?」
「あんな会社は必要ない! 悪魔の会社だ! あんたらはその一味じゃろ!」
「ですから違います。なぜあなたはアビゲイルさんを庇うのですか?」
「……」
「お願いします。力になれるかもしれないのです」
「わしは何も知らん…。とにかく帰ってくれないか? もしわしの命が欲しいならくれてやる。だからアビゲイルは放っておいてくれ。あの子はもうファーマー社とは関係ないんじゃ」
俺達は顔を見合わせる。
「私達はあなたの命など欲しくはありません。知りたいのは真実と、ファーマー社を追い詰める事が出来る証拠が欲しいのです」
「……」
老人は、少しだけ落ち着きを取り戻してきた。白いまゆ毛と顔に刻まれた皺が、彼が生きてきた年月を物語っている。その目は優しく、それでいて決意に満ちた覚悟が見て取れた。
だがその時、俺が気配感知で周囲の異変に気がつく。
「血の匂いがする人間がいる。恐らくは軍人か何らかのプロだ」
俺が屋上の壁から少し顔を出してみると、路地のあちこちにサングラスをした男達がうろついている。
クロサキが老人に聞く。
「町に軍人が溢れているみたいですが、心当たりはありますか?」
「…監視じゃよ」
「監視ですか?」
「そうじゃ、ファーマー社がわしを監視しておるのじゃ。何度も知らんと追い返したが、奴らはずっとわしの周りをうろついておるのじゃ」
「困りましたね。私達も囲まれてしまったと言う事です」
「あんたら…ファーマー社じゃないのか?」
「ですから違うと言ってます」
「本当なのか?」
「むしろ敵対しています」
「…あの巨大組織に、敵対している? そんな組織があるのか?」
「あります。現在ファーマー社を追い詰めるべく動いているのです」
「……」
「とにかくここでは、いずれ見つかってしまうかもしれません」
「しかし…どうやって逃げるのじゃ。周りはファーマー社だらけじゃぞ」
そこで俺が言う。
「服を脱げ」
「は?」
「早く」
そう言って俺がル〇ヴィ〇ンのスーツを脱ぎだした。何事か分からず、爺さんも服を脱ぐ。そして俺は爺さんに自分のスーツを渡し、俺が爺さんの服を着始めた。そして俺は爺さんに言う。
「いいか。その服は大事なんだ。多少汚してもいいが、穴を開けたり破いたりしないでくれ」
「わ、わかったのじゃ」
そして俺がクロサキに言う。
「皆と合流しろ。俺は奴らをひきつける。爺さんを無事に脱出させるんだ」
「わかりました。ヒカルさんお気をつけて」
そして俺は屋上の縁へと歩いて行く。爺さんが慌てて言った。
「お、おい! 何をするつもりじゃ?」
「あんたを逃がすんだよ」
縁に立ってすぐに飛び降りる。後ろで爺さんが驚いている気配がするが、クロサキが何とかしてくれるだろう。そして俺は若干腰を曲げて、とぼとぼとルクセンブルグの町を歩き始めるのだった。




