第38話 パーティーの総意
数日を学校と古民家の往復で過ごし、ツバサとミナミの体力も戻って来た。集落にあった食糧とテラにあった食料のおかげで、かなり栄養を取れているようだ。だが間もなくコメ以外の食糧と水が無くなるだろう。俺は学校の教室に皆を集めて、その事を話していた。
「余力があるうちに動いた方が良い」
これはダンジョンに潜った時の鉄則だ。完全に余力を無くした状態で動くと死ぬ確率が高まる。少しの余力を残して、地上に戻り装備を整えて再び潜る。それの繰り返しでダンジョンを攻略していくのである。そして俺の言葉に対しヤマザキが答える。
「食糧はもう少しあるから、まだここを動かずにいた方が良いんじゃないか?」
少なからず何人かの女達にも、それと同意見の者達がいてヤマザキの言葉にうなずいている。
「最初に俺を見つけて東京から連れて来た距離を考えると、もう動いた方が良いと思うが?」
「車で急げば数時間でつく距離だ。焦る必要はないと思う」
「それは順調にいった場合じゃないのか? 俺が気になっているのは盗賊だ。ああいうのがあちこちにいる可能性は十分にあるんだろう?」
「…まあそれはそうだが」
「東京にゾンビが多くて人間が寄り付かないというのなら、むしろそっちの方が安全だと俺は思うんだがな」
「そこなんだよヒカル。わざわざゾンビの巣窟に行って暮らすって言うのが、俺達には理解出来ないんだ」
通常、お宝や高額な素材を収集する為にダンジョンに潜るのなら、その近隣に拠点を置いた方がずっと効率がいい。もちろんそのダンジョンの近くに安全な集落があるのならばだが、東京にはそれがあると俺は思っている。あの神々の作りたもうたような、高い塔の上階ならばゾンビに襲われる可能性が減る。どうせこういう場所に居ても食糧が不足するのなら、食糧がある可能性が高いところにいた方が良い。
「皆がビルと呼ぶあの塔ならば、ゾンビを防ぐ事が容易だと思うのだがな」
「そこもよくわからない。ビルの中にもゾンビがいる可能性はあると思うぞ」
「俺が登ったビルの最上階にはいなかった。もし居たとしても下層のゾンビを俺がしらみつぶしに討伐したら良い事だ。そして地上の入り口を全て閉鎖できれば、ゾンビの脅威は更に少なくなる」
「ヒカルは、ビルに登ったのか?」
「そうだ最上階で酒を飲んだ」
そう言うと皆が顔を見合わせている。やはり一度そこを見てもらわないと、話にならないような気がする。もちろん俺は階段を上っただけで、各階を周って確認した訳ではないが、これから行ってそれをやればいい。だがヤマザキが首を振って言う。
「それでも、俺達には抵抗があるんだ」
その気持ちも分からんではないが、このままじりじりと生存率を減らしていくだけの生活はどこかで断ち切らないといけない。
「それならば一度視察に行くと言う事でどうだ? 移動にはそれ相応に危険は伴うがな」
ヤマザキがみんなの方を向いて聞いた。
「みんなはどう思う?」
するとマナが最初に口を開く。
「私は…怖いかな。逃げ場が無くなっちゃうような気がする」
俺がそれに答えた。
「マナ、それはゾンビからと言う事だよな? 盗賊からの襲撃される確率は減ると思うんだ」
「まあそれは確かに…、でも純粋にゾンビが怖いの」
「そこは何とかする。とにかく皆が死ぬ確率は、現状では盗賊に襲われた方が高いんだよ」
「…うん」
次にタケルから肯定的な意見が出た。
「俺はヒカルの言うとおりだと思うぜ。ゾンビが少ないとはいえ、ここがアイツらにバレていつ襲撃されるかもわからねえ」
「まあ、それはそうだけど…」
「実際に空港では大勢の仲間が死んだしな」
すると体力が回復して顔色が良くなってきたツバサが言う。
「もう…あんな経験はいや。ゾンビに噛まれて死ぬんじゃなくて、人間に犯されて殺されるなんて。あんな酷い思いはしたくない」
ツバサの言葉にミナミも同意する。
「私も嫌だ。皆の死体が…、死体が転がっているのなんて見たくない」
だが今度はユミがそれに反論する。
「だからってゾンビの巣窟に行くの? むしろ凄く田舎とかならゾンビいないんじゃない?」
それを聞いた俺は逆に質問する。
「それでもいい。食糧が確保出来るのならば、それも良いと俺は思う。ユミは食糧が大量に確保できるような場所を知っているのか?」
「それは…」
ユミはそれ以上話さなかった。
「ならば、現段階で食料がある事がはっきりしている東京に行く事を勧める」
するとユリナが言った。
「合理的に考えるならヒカルの言っている事が正しいわね。でもやっぱり大量にゾンビがいる東京に行くのは怖い。でもこのままで良くない事は、皆も分かっている事じゃないかしら?」
するとユミがユリナに言う。
「ユリナ自身はどう思うの?」
「私はどちらかと言うと、ヒカルが言っている事に賛成かも」
するとミオも同意した。
「私もそうかな。ヒカルと知り合ってから未来を考えるようになったの。そう考えてみると今、何ができるか? って事をいつも考えるようになった。なら物資の多い東京へ行くのはありかなって」
どちらかと言うとタケルとミオとユリナは俺の意見に賛成してくれている。ヤマザキとユミとマナは保守的に考えるようだ。ツバサとミナミは自分達が恐ろしい目にあっているため、正常な思考が出来ていないという感じだった
皆の言葉を受けて俺が話す。
「すまんが俺の意見が全て正しいと言う事はない。もちろん東京にも危険は付きまとう。だが生存する確率を考えると東京のビル上階に住んだ方が、生き残れる確率は今より上がると言う事だ」
するとヤマザキが再び言う。
「それは分かってるんだよ、頭ではな。でもやはり恐ろしいんだよ」
前世ではダンジョンに潜る際は全員の総意が大事だった。一人でも目的を違える者がいると、それだけで命を落とす危険な場所だった。ダンジョンほどではないが、東京も完全に安全とは言えない。相反する意見の者達が行った場合、それだけで死の確率が高まるのだ。
「そうか。なら今は動かない事を提案しよう、だがそれほど時間は無いと知っておいてほしい」
するとタケルが言う。
「いいのか? ヒカル?」
「良いも悪いも、総意が無ければ生存の確率は低くなるんだよ。相反する者同士が危険な場所に行った場合、瞬間の判断の遅れで集団が全滅する可能性だってあるんだ」
「なるほどね。てことは俺達と別れた戸倉達にも、それは当てはまるって事か」
「そのとおりだ。あの時、無理に全員を連れて行ったら死者はもっと増えていた」
「分かったよ…」
「ならしばらく各自で考える時間を持つとしよう。それぞれで話し合っても良いし、どうすべきかはそれから答えを出す。そしてその答えを出すのは三時間後だ、午後にはどうするかを決めて動き出していないと全てが遅れてしまう」
皆が俺の意見を聞いて会議は終わった。こればかりは強要するわけにはいかず、もしダメなら強盗に会う確率が高まるものの、また周辺で食糧を探さねばなるまい。
「じゃあ俺は単独で、ジドーハンバイキを探してくる。それまでに皆の答えをだしていてほしい」
「ああ」
「わかった」
「考えるしかないね」
「俺は決まってるけどな」
「私もそうね」
「うーん、私は…」
「どうするか…か…」
「私も考えなくちゃ」
皆がそれぞれに答えを出すのを待とう。そして俺はまた三階のベランダから降りて、集落のさらに向こう側へと行くのだった。しばらく道なりに辿ってみるが、そううまい具合にジドーハンバイキは置いていないようだ。ある程度の距離を探したが見当たらず、俺は仕方なく皆の所に戻るのだった。すると既に話し合いを終えていたようだ。
タケルがいの一番に聞いて来る。
「自動販売機あった?」
「残念ながらジドーハンバイキを見つける事は出来なかった」
「まあ、こっから先はかなりの田舎道だからな。そう簡単にあったら苦労はしねえ、むしろ街中にならすぐあるんだが、壊されて中身が抜き取られているのがほとんどだ」
「そうか」
そしてヤマザキが俺に近づいて来た。
「ヒカル、皆でいろいろ考えたんだがな」
「ああ」
「やはり東京へ行ってみることにするよ」
なるほど。彼らはどうやら少し未来を見つめ始めたのかもしれない。このままここにいても、じり貧だと言う事に気が付いたのだろう。すぐに動く為に俺はヤマザキに質問する。
「東京に行くならどこを通るんだ?」
「あいつらに遭遇する危険性を減らすなら、迂回して他県を周っていった方が良いだろうな」
「真っすぐ行くなら?」
「高速道路を通るんだが、待ち伏せされている可能性もあるだろう」
「なら迂回する道を選ぶべきか」
「…そのとおりだ」
ヤマザキが納得し皆も暗い顔をしながらも頷いている。
「ちょっと待って」
ミナミが俺達に待ったをかけた。
「なんだ?」
「ヒカルの剣はどうするの? それには街の中を通らなきゃいけないけど、無くても行ける?」
するとヤマザキがそれに答えた。
「そうだったな。博物館や日本の歴史館のような場所が分かっているのは、今の所そこだけだったな…。ヒカルの武器は剣じゃないとダメなんだよな」
「もちろんそうだ。だが、その武器を入手する前に、盗賊に遭遇する可能性があるなら話は別だ。むしろ俺が剣を手にすれば、その段階で既に勝敗は決しているがな」
「そんなに凄いのか?」
「さあ。その武器の強さにもよるが、空港にいたゾンビならば数分で殲滅できるだろう」
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皆が沈黙してしまった。また迷わせるような情報を出してしまったらしい。だがまずは皆の安全を優先したいというのが本音だった。武器が無くてもある程度対処は出来るだろうが、この八人を守りきれるかどうかは時の運となる。
「ヒカルはどうしたほうが良いと思う?」
ミオが聞いて来たので、俺は危険性の少ない方を勧めた。するとヤマザキが言う。
「わかった。ならミナミが知っている博物館じゃない所を探そう、むしろ東京に向かうならもっと数はあるはずだ」
最終的にこの言葉に皆が従った。そして出発する為に、車の準備を行う事となった。もちろんコメは運び出せるだけ持って行くという事になる。幸いトラックがあるので、一台にビッチリ詰めて持って行く事となった。九人のパーティーは一路、東京へ向かう事になったのだった。




