第388話 大物エンターテイナー
逃走する車の中で俺達が画面を見つめる中、オオモリが表示させたのは意外なものだった。
マナが言う。
「はあ? なにこれ?」
皆はファーマ―社のデータが映し出されると思っていたが、そこに映っているのは周辺地域の地図だった。自分達がいる現在地が分かるようになっており、俺達は今フランクフルトの西側にいるらしい。
「地図です」
「馬鹿、そんなの分かるわよ。ファーマ―のデータを見るんじゃないの?」
「その前に、この車のレンタル時間が過ぎるんですよ。返す店を探さないといけません」
それを聞いて、タケルが言う。
「お前の言うとおりだが、なんでそこだけめっちゃ冷静なんだよ」
「だって、きちんと返さないと変に怪しまれますよ」
「まあ確かにな。お前のそういうとこは本当に助かるわ」
「は、はは。武さんも男を褒める時があるんですね。ビックリしましたよ」
それを聞いて全員が吹き出す。
「「「「「「プッ!」」」」」」
すると運転しているクキも笑った。
「あははは。タケ! 一本取られたな」
「ちょ、コノヤロー!」
「痛い痛い!」
タケルがオオモリの頭を脇に挟みぐりぐりする。それを見ていると、レインがエルヴィンにちょっかいを出している様を思い出した。青春の一場面を見ているようで、俺もつい笑みが漏れる。
そして画面を見ながらオオモリが言った。
「ちょうどいい方向に逃げて来たようです。この先にヴィースバーデンていう保養地があります。本来はフランクフルトで返却する予定でしたが、予定変更の旨を連絡する必要がありますね。一度レンタカー店にメッセージを送って折電してもらうようですが、僕はドイツ語が話せません」
するとミオが言う。
「レンタルする時は私の番号で登録したから、こっちに連絡来るようにして」
「わかりました」
オオモリが連絡をして、ミオのスマートフォンが鳴った。ミオがそれに出で、返却地をヴィースバーデンに変えると伝えると了承される。
「いいわ。店舗の地図が送られてきた」
「有名な保養地らしいですからね、ホテルもレンタカー屋も至る所にあるみたいです」
そうして三十分ぐらい走っていると、あたりが暗くなり始める。ミオが画面を見ながら言う。
「あそこだわ」
「了解だ」
クキが車を乗り入れると、店から店員が出て来て何やら話をしている。そしてクキがオッケーオッケーと答えた。俺がクキに尋ねる。
「どうした? 問題か?」
「いや違う。フランクフルトから返却先をここに変えた手数料と、ガソリンを詰めてないからその分を払ってくれって言ってるだけだ」
「なるほど」
「この車をそのまま貸してくれと聞いたが、もう予約が入っているんだとよ。同じ大きさの車はこの営業所には無いので、一旦ここで降りるしかないようだ」
「仕方がない」
俺達は金を払い店を後にする。この町はなかなかに風光明媚で、夜でも人で賑わっている。歩いている時にミオが言う。
「さすがは有名な保養地、いろんな人種がいるわね。私達が全く目立たないわ」
「隠れるには、おあつらえ向きと言う事だな」
「でも車が無いと移動できないわ。また回収するの?」
「おっ、パクるならパクって来るぜ!」
だがオオモリが首を振って言う。
「いったん情報を精査しませんか? むやみに動いても良い事ありません」
「あ、確かに」
「猪突猛進なんですから。武さんは」
「なんだ。馬鹿にしてんのか?」
「いえ。そのままの事実を言ったんですけど」
「コノコノ!」
またグリグリしてる。だが確かに、こんなところでデータを見るわけにはいかない。
クキが言う。
「今夜はこの地に滞在するしかあるまい。目立たないように宿をとる必要があるな」
するとオオモリがニッコリ笑って言う。
「そうなると思っていました!」
マナがオオモリに聞く。
「どう言う事よ?」
「もう前払いで予約しちゃいましたよ」
「「「「「「へっ?」」」」」」
流石のクロサキも飽きれて言った。
「どこまで冷静というか…大森さんって大物になりそうですね」
そこで俺が言う。
「違いない。オオモリには何か人に無いものがある」
「あら。ヒカルに褒められるなんて凄いじゃない」
「はい愛菜さん。純粋にうれしいです」
するとタケルが呆れたような顔で言う。
「おいおい! 俺が褒めた時も素直に喜べっつーの!」
「えーっと。なんていうか、武さんだと素直に喜べないって言うか」
「おまえ後で、グリグリの刑な」
「勘弁してください!」
「「「「「「あははははは」」」」」」
今日の昼間に、九死に一生を得た奴らとは思えない余裕だ。何度も修羅場をくぐっているうちに、この雰囲気に慣れて来たらしい。このぐらいの雰囲気になるのは凄く良い事で、これから阿吽の呼吸が出てくるだろう。
俺達が荷物を持って歩いて行くと、綺麗な街並みに入る。暗い道には街灯がともっており、人々が気分良さそうに歩いている。するとマナがオオモリに言った。
「あんた…まさか…」
「えっ?」
「いえ…」
そして到着したのは、それはそれは立派な建物だった。それを見て皆が言う。
「「「「「「やっぱり…」」」」」」
「やっぱり、せっかく止まるなら五つ星かなって!」
俺がミオに聞く。
「五つ星ってなんだ?」
「最高のおもてなしの高級ホテルって事」
「酒はあるのか?」
「そりゃもう…とびっきりのがあると思うわ」
俺はオオモリの所に行って頭をポンポンとやった。
「やっぱりお前は特別な奴だ。さあ、早くホテルに入ろう!」
俺が言うと、タケルがジトっとした目で俺に言う。
「おいー。ヒカルゥ! おまえすっかりオオモリに毒されてんぞ!」
「そう言うなタケル。今日死ぬ思いをしたんだ。みんなで体を休めるのは大事だぞ」
「た…確かにな。仕方ねえ。今日はここで休もうぜ」
「「「「「さんせーい!」」」」」
四人の女集に加え、クロサキも混ざって浮かれている。堅苦しかったクロサキもようやく馴染んできたようで、俺はなんとなくホッとする。やっぱみんながしっかり交わる事で、この作戦を成功に導く事が出来るだろう。ホテルの入り口から入ってすぐ、女達が感嘆の声を上げた。
「うわあ…」
「素敵…」
「すっごい綺麗」
「本当…」
「…なんか申し訳ない」
だがオオモリが自分の家のように言う。
「さあさあ! 入ってください!」
タケルがポカッとたたいた。
「お前の家かっつーの!」
「す、すみません」
確かに、めちゃくちゃ行き届いている良いホテルだった。何の問題も無くフロントを通過し、俺達は指定された階層へと上がっていく。部屋についてタケルが言った。
「はは。そんで最高の部屋を取りやがったか」
「部屋を分けると大変ですからね。最高の部屋を二つ取って男と女に分けました」
「良く空き部屋があったな!」
「キャンセルさせました」
「ハッキングでか…」
「はい!」
それを聞いてクキが真顔で言った。
「おまっ! 目立つなって言ったろ!」
「気にしないで下さいよ!」
「気にするとかじゃない!」
「まあまあ」
やはり大物だ。
すると女達も俺達の部屋にやって来た。そこでオオモリが言う。
「じゃあ、ルームサービスで料理を運ばせます。あとヒカルさん! 最高の酒ですよね!」
「いいやつを頼む」
俺達が話をしながら待っていると、料理が次々と運ばれてきた。みんなで酒を開けたところで、オオモリがパソコンの画像を表示させる。マナが衛星でネットを繋げ、俺達は最高の料理をつまみながらファーマ―社のデータを見始めるのだった。一仕事終えた後の酒は、また格別に美味かった。




