第35話 夜の小学校
二度目の焚きあがった玄米を食べ終え、皆が落ち着きを取り戻した頃には既に太陽は沈んでいた。ツバサの熱も下がり食欲も出て来たようなので、大事には至らないと分かりホッと胸をなでおろす。そして皆が集まっている所で俺が話を始めた。
「このまま、ここに居続けるのか?」
するとヤマザキが答える。
「まだ疲労感はあるが、体を動かす事は出来そうだ。皆はどうだ?」
タケルがそれに、いの一番に答えた。
「俺は動けるぜ。手が無くなったのが不便なくらいで、食糧を探しに行くくらいならOKだ」
全員が大丈夫という訳ではなさそうだが、次に俺の提案を告げてみることにする。
「恐らく準備は必要だと思うが、俺はあの高い塔がたくさん建っている街に行った方が良いと思っている」
「東京か…食料品が確保できる可能性は高いが、まだ体の調子が戻ってない娘もいるし、何よりも装備を整えていかないと危険だろう」
「もちろんすぐではない。この周辺で安全な場所を確保し態勢を整えてから動くべきだと考えている」
するとユミが言った。
「だったらここがいいじゃない。目立たないし、こんな田舎なら愚連隊が私達を探し出す事も出来ないでしょう?」
「すまないがそれはダメだ」
「なんでよ!」
「この周辺にはいないが、二百メートル程離れた集落にゾンビがいる。こちらが生活しているのを察知して流れてこないとも限らない。俺がここら全域のゾンビを全て殲滅しても良いが、その間に盗賊に襲われないと言い切れるか?」
「それは…」
「なので一度、安全が確保できる場所に移るのが先決だ。あの火鉢と炭を持って行けば、コメは食えるのだろう?」
するとヤマザキが言った。
「それはそうだが、火種を消してしまうと火おこしが大変になるかもしれん」
「ならば火鉢はここに置いて、ここからそう離れていない所にある、俺が見つけた学園に移動してはどうか?」
「なるほどな、この古民家よりは安全だろうな」
するとタケルが言った。
「なら決まりだな! 飯を炊く時だけここに来ればいい!」
ヤマザキもそれに賛同した。
「そうだな。もしかしたら学校にもガスボンベがあるかもしれんし、その時は火鉢を持ってそっちに移ろう」
話が決まって俺達は学校に移動する事になった。動けるならば、動きの見えない夜の方が安全だと考えたのだ。昼間に動けば盗賊に嗅ぎつけられる可能性がある。そしてツバサとミナミの所に行ってしゃがみ込み二人の体の状態を聞いた。
「体調は?」
するとミナミが言う。
「私は大丈夫。歩けるよ」
そしてツバサは少し申し訳なさそうにしながら答えた。
「ごめんなさい。少しめまいがするわ、でもなんとか歩けそう」
「ならツバサは俺が連れていく。タケルとヤマザキはミナミを頼む」
「わかった」
「オッケー」
そして俺達は全員で古民家を出た。辺りが真っ暗なので夜目の効かない皆は手探りで進んでいる。俺が先頭を歩いて列を作って進み、ヤマザキにはジュウを持たせて最後尾を歩かせる。いざという時はそれで皆を守るらしい。だが周囲にはゾンビはいないので、それを使う時は恐らく盗賊が現れた時だろう。俺が場所を覚えていたので道なりに進むと学校の裏手に出た。
「こっちから入れる」
そして俺は皆を連れて敷地内に足を踏み入れた。学校は静かに聳え立って俺達を見下ろしている。既に内部にゾンビが居ない事は確認済みだ。そして裏口と思われる入り口に着いた。
「ここは内側から鍵がかかっているようだ。俺が中に侵入して開けるから、ここで待っててくれ」
「わかった。それじゃあよろしく頼む」
「ああ」
俺は背中からツバサを降ろして、昨日潜入した二階の窓へと飛んだ。すぐさま内部に侵入し階段を下りて、皆がいる方向へと走る。そして鉄製の扉の鍵をひねった。
ガシャン!
俺が扉を開けると最初にミオが入って来た。
「ありがとう」
「問題ない」
全員が中に入ったので念のため扉の鍵を閉める。
「うわっ! 怖っ!」
タケルが学校の中を見てそう言うと、ヤマザキが茶化すように答える。
「なんだタケル。幽霊でも出ると思ってるのか?」
「え、幽霊いるっしょ?」
すると女達が身を寄せ合い、周りを見て怖がるような表情を見せる。もしかしたらゾンビ以外のモンスターがいると思っているのだろうか? 今の所そういう気配は感じないが…
「タケル。ユーレーとはどんな怪物だ?」
「ヒカルは幽霊知らないのか? 死んだ人がこの世に未練や恨みを持って出てくんだよ。恨めしやぁ―!ってな」
するとユミが言った。
「やめてよ。本当に出たらそどうするのよ!」
「そうよ! ちょっとやめてくれる!」
「マジで!」
ユリナとミオとマナが声をそろえて言った。
なんと。どうやらここにはレイスやファントムなどの、ゴースト系モンスターがいるかもしれないと言う事か? 実態の無い敵が相手となると分が悪い。パラディンのレインか聖女のエリスが居ればどうという事は無いのだが。魔剣があればいろんな対処方法があるのに…
「ここに入るのを止めようか?」
俺がそう言うと、ヤマザキが驚いた顔で言う。
「まさか、ヒカル…幽霊が怖いのか?」
「いや、この装備では対応しきれないかもしれないと思ってな」
するとユリナがポカンとして言う。
「えっ? ヒカルって除霊もできるの?」
「いや、それは無理だ」
「そんな真面目に答えられると辛いわ」
「なにか間違ったか?」
「ははは、間違ってないけど。まあ幽霊なんて出ないって」
「それならいいのだが」
すると皆がくすくす笑い始める。何か面白い事でもあったらしい。そしてミオが俺のところに来て腕を掴んで言った。
「怖いなら私が一緒にいてあげようか?」
するとマナが反対側の腕を掴んで言った。
「私も怖ーい!」
するとヤマザキが呆れ顔で二人に言う。
「おいおい、ヒカルをからかうなよ。とにかく用務員室に懐中電灯があるかもしれん」
「あ、そうだね。行ってみよう」
そして俺達は学校の内部をさまよい歩いた。皆には窓の月明かりだけが頼りだが、気配感知にはレイスやファントムなどのゴーストの気配はない。そして部屋を回っているとタケルが言う
「おっ! あったあった、用務員室って書いてある」
「入ってみよう」
そしてそこらを物色していると、壁に数個のカイチューデントーがぶら下がっていた。しかも皆が持っていた物より大きなものが三個。
「点くかな?」
タケルが一つを取って点けてみる。
「お、ついたついた」
どうやら問題なく点くようだ。他の二つも問題なく灯りが点いて、それぞれが手に持った。
「きっと乾電池も予備とか置いてるんじゃないか?」
「探そう」
そして皆が机の引き出しや、棚を探し始めるのだった。するとマナが言う。
「あった!」
「それじゃあ全部持って行こう」
「はーい」
灯りを確保したので俺は皆に言った。
「最上階に登った方が良いだろう。館内にゾンビはいないが、万が一侵入されても上がってくるまでに余裕が出来る。その間に俺が気が付くから全て処分できるしな」
するとヤマザキが皆に言った。
「それじゃあ最上階に行こう」
そして俺はツバサをおぶって皆について部屋を出た。階段を上り最上階に着き部屋の扉を開けると、ユミが一番に中に入って言った。
「机だぁ」
「懐かしいよね」
「全部小さいから、ここは小学校なのかな?」
そしてユリナが壁ぎわに歩いて行き、カラカラと窓を開けてベランダに出た。
「見て! 月が綺麗!」
すると皆がぞろぞろと外に出て空を見上げるので、俺も外に出て空を見てみた。空には大きな月が輝いており星もたくさん出ていた。
「ヒカル、もう大丈夫よ。降ろして」
俺の背からツバサがおりて、手摺につかまって空を見上げた。
「この世界になって唯一、これだけはいい方向に変わったよね」
それにユリナが答えた。
「そうだね。人が居なくなってしばらく経つけど、空だけはどんどん綺麗になっていく」
するとツバサが俺に聞いて来る。
「ヒカルのいたところも綺麗だった?」
「ああ。いつも満天の星が輝いていた」
「そうか…、ヒカルは本当に神話の国から来た人なのかもね?」
ツバサの言う神話の国という場所がどういう所か分からないが、雰囲気からすると神の居る世界を指している気がした。そして俺は空を見上げ、そこにパーティーの仲間の顔を思いうかべる。救われた世界でどうやって生きているのか? 平和に暮らしているのかを思い浮かべてみるのだった。レインとエルヴィンがこぶしを握って手を上げているように見えた。エリスは…悲し気な顔で笑っている。
「仲間がいたんだ。そいつらは俺と一緒に命を賭けて戦った。今ごろあいつらも夜空を見上げているかもしれん」
「…そうね。きっとそう。皆、元気にやってると思うよ!」
「そうだな。ありがとうツバサ」
「ふふっ」
ツバサがニッコリと俺に微笑みかけてくれた。
なんだろう。こんな何気ない出来事だが、とても大切に思える。皆と一緒に星を見上げ、そしてそれぞれが思い出話をしている。滅びゆくゾンビの世界の光景だとは到底思えなかった。
「きっとまた平和な世界になるさ」
俺が言うと、皆が俺の方を向いた。俺はそのまま話を続ける。
「平和な世界は皆が作っていくんだ。俺はその手伝いをしたい」
「あ、ああ! ありがとうヒカル! そうだな! 俺達の手で新しい世界を作る! いいじゃないか! そりゃいい!」
ヤマザキが笑ながら言った。すると皆がうんうんと頷いている。皆に生きる気力を持たせるには、未来を想像させるしかないと思う。
だが…
「灯りを消せ!」
俺が言うと皆が慌ててカイチューデントーを消した。
「みんな、かがみこむんだ!」
俺の指示で皆がベランダの床に座った。皆は聞こえないようだが、俺は微かに車の音を聞いたのだ。どうやらこっちに向かって車が走ってきている。
ヤマザキが聞いて来た。
「どうしたんだ?」
「車の音がする。間もなくこっちにやって来るぞ!」
「そんな…」
そして音は大きくなり、皆の耳にも届いたようだった。皆が恐怖に顔を引きつらせて床に伏せている。俺はスッと窓を閉じた。一カ所だけ空いていると不自然だからだ。
ブロオオオオオオ という音と共に車が学校の前の街道を通過していった。俺達はそのまま身動きをせずにいると、車は遠ざかっていくのだった。
俺が皆を安心させるために言う。
「行った」
するとミオが体を震わせながら言った。
「生きてる人? アイツらかな?」
「気配は人間だったが…」
「戻ってこないかな?」
「みないいか? しばらくここを動くな」
気配遮断、気配感知レベル5、金剛、身体強化、脚力上昇。
俺は自分に身体強化をかけて、スッとその場に立つ。
「何をするの?」
「見て来る」
そして俺がベランダの手摺に立つと、皆が慌てて言った。
「な、なにを!」
「伏せていろ!」
そして俺はその手摺から飛び降りて、脚力強化し車を追いかけるため街道を走るのだった。すると俺の視界に赤い灯りが映る。どうやら車は一台のようで、俺達には気づかずに走っていくところのようだ。俺はこれ以上近づくと気づかれる危険性があるので、それを追うのをやめる。
「通り過ぎてくれたみたいだな」
俺は後ろを振り向き、皆がいる学校へと戻るのだった。




