第359話 ゾンビとパスポートと着替えと
名古屋の中心部に向かうトラックが、橋の上を通りかかる。川を見てミオが言った。
「これは庄内川ね」
川の中には死体やゾンビがちょろちょろといるようだ。その橋を越えると途端にゾンビの密度が上がって来た。
「恐らく川が堰き止めて、ゾンビが外にあふれ出ないんだな」
そして散乱する車を避けながら、ゾンビを轢いて進んでいくと、また橋が見えて来た。
「これが矢田川」
そこを通り過ぎると、いよいよゾンビの密度が高くなってくる。それを見て俺が言う。
「このあたりはどうだ?」
昔なら、みんな恐れおののいていただろう。東京にいた頃に、こんな場所に単独で降りたことがあるのはタケルだけだ。
だがミオが言った。
「いいんじゃない?」
それを聞いてクロサキが目を丸くする。
「えっと、凄く多いですよ?」
「でも、このぐらいじゃないと、レベルが上がらないってヒカルは判断したんだよね?」
「そうだ」
「じゃ、やろう」
すると皆が準備をし始める。それを聞いてクロサキが言った。
「本当にヒカルさんを信じてるんですね」
タケルが笑って言う。
「いままで、それで生き延びてきたようなもんだからな。それに、自分らでも実感しているんだ。このくらいじゃないとレベルなんて上がらねえって」
そしてタケルが、運転席に向かって言った。
「九鬼さん! この辺で止めてくれ」
「了解だ」
広い道路にトラックが停められ、俺が言った。
「ここなら広いから、ゾンビから見つけてもらいやすい。クキ! ゾンビが足りなくなったらクラクションを鳴らしてくれ!」
「了解だ」
俺が先に降りて、周りのゾンビを斬り落とした。
「いいぞ! みんな降りて来い」
皆がトラックの荷台を降りて、それぞれが武器を構える。誰もがリラックスしており、ゾンビを恐れている雰囲気が無い。
最初に動いたのはミナミだった。自分で手入れしている日本刀を抜いて、群れているゾンビに向かっていった。その足取りは迷いなく、スルスルと無造作に近づいていく。
シュッ!
一振りで五体が斬り落とされる。更に技に磨きがかかってきたようだ。それを見てクロサキがあっけに取られている。
「あんなことが…」
「見ていろ」
ミナミは風のようにゾンビの間をすり抜け、次々に斬り捨てて行った。すると今度はタケルが言う。
「負けてらんねえ!」
どどどっ! とゾンビに走ったかと思うと、びょんっ! とジャンプした。五メートルは飛び上がり、ゾンビの群れの中に飛び降りた次の瞬間。
ボグン!
頭を飛び散らせたゾンビが、十体ばかり爆発したように吹き飛んだ。
「うそ…」
そして俺が言う。
「あいつらは、クロサキの数レベル上だよ。体術が出来るから、成長が早かったんだ」
するとこっちの方では、マナがワーワー言っている。
「わー!」
するとゾンビ達が一気に、マナに集まって来た。マナの周りにはユミ、リコ、ユリナがいて、ゾンビに向かって大きな鎌を振っている。長めの鎌で、ゾンビに取りつかれる前に首が飛んだ。
こちら側では、ミオとツバサとユンが金属バットを振っていた。
クロサキが呟く。
「まるでアスレチックでもしているみたいです」
「まあ、あれでも必死なんだ。みんな海外に行くまでにレベルを上げたいんだろう」
「じゃあ…私もやってきます!」
「そうしてくれ」
すると俺の側でアオイが言う。
「私も!」
「ならアオイは、鳥を呼び寄せてゾンビを襲わせよう」
「うん!」
するとどこからともなくカラスがやってきて、ゾンビにとまって目をほじくり出し始めた。追い払っても追い払ってもやってきて、ゾンビらの顔を突っついている。
そうこうしていると、プッ! プープープーとクラクションが鳴り始める。遠くのゾンビ達がこちらに気が付いて歩いて来るのが見えた。そこでクキが俺に言った。
「悪いが俺もやらせてもらうぞ」
「わかった」
クキは銃の先に着いた剣で、次々とゾンビを倒し始めた。しばらくそこでやっていると、そろそろゾンビの数が減って来た。そこで俺がみんなに言う。
「ゾンビが足りなくなってきた。場所を変えよう!」
俺の言葉に皆が戻って来る。そしてタケルが言った。
「ダメだな。ここじゃ数が足りねえ。もっと中心地まで入り込もうぜ!」
するとミオが言う。
「あくまでもこれはついでだからね。それをしつつ、フランス、中国、韓国、シンガポールの領事館を探すのよ」
「わかってるよ。しかしなんでオオモリは来ねえんだよ」
「彼はまだプログラムを組んでるから。海外に行ってからの準備に追われてるわ」
それを聞いてユミが言った。
「頭の出来が違うの。とにかくあんたは体を動かしなさい」
「へいへい」
トラックに乗り込んだ俺達は、まず中国領事館に向かう。更に建物が密集した地域に入ったので、みんながトラックを降りて、トラックの進行方向のゾンビを処理し始めた。いつもは俺が処理をして現場に急ぐが、とにかく皆がゾンビを数多く殺しながら進む。
「ここよ!」
ミオが指さし、ようやく建物を見つける事が出来た。
「入るぞ」
タケルが言うとミオが言った。
「中にもゾンビは入り込んでいるわ。注意して」
気配感知で建物の中を探ったらしい。
「了解だ」
タケルとミナミが突破口を開いて、建物の入り口までたどり着く。
「鍵かかってんな。ちょっとどいてろ」
入り口がガラスになっているが、タケルが蹴破りガラスドアが砕け散る。それを見ていたクキが言う。
「これなら…海外に出た時の予行演習になる。荒事に巻き込まれた事を想定してやって行こう」
それを聞いて皆が頷く。割れたガラスの入り口を、皆が入り込み、中のゾンビはミオとツバサが先に感知して難なく討伐していった。
建物内に入ると、カウンターの奥にも扉があり踏み込む。
「家探しだな」
そしてその辺りを探すと、ユリナが床に置いてある段ボールを開けて言った。
「あった!」
ミオがそれを見て言う。
「予備も含めて持って行けるだけ持って行きましょう」
そして俺達は段ボールを持って、トラックに戻るのだった。
「この調子でいくか」
「だな。ゾンビがいっぱいいるところに出くわしたら、トラックを止めてくれ!」
「了解だ!」
それから俺達は、ゾンビが徘徊する街をあちこち回って、他の国のパスポートも入手していった。だがトラックの中で、マナがポツリと言う。
「ちょっとさ。私達べとべとじゃない? あと臭いし」
ゾンビを至近距離で討伐しまくっているので、全員の服が腐った血などでどろどろになっていた。するとユミが言う。
「百貨店で着替えを回収しましょう!」
「「「「「「「おー!」」」」」」」」
だがそこでタケルが言う。
「あー、ヒカルよう。名古屋のル〇ヴィ〇ンは前に二人で来たっけな」
「ああ」
「もう一軒どっかねえかな?」
そう言うとマナが言う。
「じゃあそれも探そうよ!」
そして俺達は、パスポート入手を中断し着替えを入手すべく、百貨店とやらに突入するのだった。




