第353話 スパイ活動の準備って?
衛星での偵察の結果、ファーマ―社の秘密工場があるのが間違いないとされているのは六か国ほどだった。その六か国以外は、ほとんどが紛争地帯で本格的な施設ではないだろうと結論づけられてる。紛争地帯は主に、治験の代わりに戦場でゾンビ実験しているようなのだ。物資が運び込めないので、さまざまな開発をやるには紛争地帯は不向きらしい。
「何処に行くかですね?」
カブラギの問いにユリナが答える。
「いいですか?」
「どうぞ」
「ドイツに潜入するのは難しいでしょうか?」
「いや、どこも難しいですよ。そしてすみません、我々ではなく九鬼さんに聞いた方がいいです。なんと言っても特殊作戦群の元隊長ですし、傭兵の経験もありますからね。エキスパートです」
皆がクキを見ると、クキが話し出した。
「なんにせよパスポートを偽造する必要がある。それと隣国のどこかに潜入して、航空チケットを手配し旅客機で現地入りするのが現実的だろう。実在する人間に成り済ます事が出来れば、それほど労せず現地入りできるはずだ」
「それは簡単なの?」
「ではない。特別な技術がいるし、現地の協力者が必要になって来る。だが…」
クキがオオモリを見る。
「なんです?」
「お前はハッキングが出来るんだよな?」
「はい、世界のかなりの範囲に、AIウイルスが入り込んだと思いますので」
「なら、現存している人か、最近死んだ人のデータを取る事は出来るだろ。それでパスポートの情報を偽造する事が出来るはずだ」
「やったことないですよ!」
「わかってるよ。だがその方法が分かれば、多分お前ならやれる」
「…そう言う事ならやってみます」
「あとは潜入する面子だ。流石に全員って訳にはいかない」
それに俺が聞く。
「なんでだ?」
「数が増えればそれだけリスクが増える。ようは、研究施設までヒカルを届けられるだけの人数がいればいい」
それにヤマザキが聞く。
「どうやって人選するんです?」
「純粋な能力だよ。潜入に必要な能力を持っている人が必要だ」
「例えば?」
「それは俺が選定した方が良いだろう。スパイ活動なんか誰もした事はないだろうからな」
皆が頷く。
そしてクキが話し出した。
「ヒカルはマスト。あとパスポート偽造に大森、ハッキングの技術もあるから愛菜、荒事の要因として武と南、世界を放浪した経験があり多国語が話せる美桜、あと潜入に重要な能力で聴覚が優れている翼。っと、まあ…俺だろうな」
「わたしは?」
アオイが聞く。
「さすがに子供は無理だ。使役の能力は使えそうだがな、いざという時に切り抜けられん」
するとアオイは残念そうな顔をする。だがそれにユリナが言った。
「葵ちゃん。私の病気を見つける力も使いようがないわ」
そしてリコも言う。
「私の板金の力も無理よ」
ユンも言う。
「あーしなんて、たぶん何の役にも立てない」
ユミもアオイの頭に手を当てて言った。
「私の操船のちからも九鬼さんが出来ちゃうし、意味がないわね」
「うん…」
みんなに言われアオイが渋々納得する。みんなもクキに説明されるまでもなく、自分の力が潜入に役立たない事を理解しているようだ。
俺がアオイに言う。
「アオイには、魔法が覚醒した子供達を導く力がある。だから俺が留守の間は、あの子らにいろいろ教えてやってくれ」
「分かった」
と話が落ち着いた時、クロサキが言った。
「あの。九鬼さん…出来れば、私も行きたいんです。仲間達が調べ上げた情報をこの目で見て、皆の思いを成就させたいんです!」
「ああ、黒崎さんか…、そうだな潜入捜査のプロだしな。だがこの子らは、かなり人間離れした力を持っているぞ。あんたは確かに訓練を受けているが、普通の人間だ。作戦について行くにはかなりしんどいと思うがな」
「かまいません。いざという時は切り捨てていただいても」
「ってわけにも、いかんだろ」
そう言えば、クロサキにはゾンビ因子が無い。それはゾンビ因子が含まれている食材を知り尽くしているからだ。その為、俺はクロサキにゾンビ因子の除去施術を行っていない。
だがそこでミオが言った。
「黒崎さん。私達の本当の仲間になりますか?」
「どういうことですか?」
「ヒカルに体を変えてもらうんです」
「えっ?」
それにはクロサキだけでなく、周りの人らも驚いている。あえて体を変える必要などないからだ。
「海外に行けばゾンビ因子を取り込んでしまう可能性があります。でもヒカルが施術をすれば、通常のゾンビ因子の影響を受けなくなる。ただ問題があるとすれば、もう普通の人間ではいられなくなるという事です」
「体を変える…」
「そうです。あなたにその覚悟があるのならば、施術を受けるのが最低条件だと思います」
「……」
クロサキは固まってしまった。俺はわざわざそうする必要が無いと思っている。今までそれで問題なく生きてたのならば、わざわざ変えなくてもいい。将来的にどんな影響があるか分からない施術を、問題のない人間にやるのは抵抗があった。
だが…。
「やります。私も皆が受けた施術を受けます」
それには誰も何も言わなかった。
ミオが俺に振り向いて言う。
「ヒカル。お願い、クロサキさんの願いを成就するにはそれしかないの」
俺がクロサキにもう一度聞く。
「本当にいいのか? 後戻りは出来ないんだぞ」
「いいです。やってください! どうすればいいですか?」
「本当に?」
「ええ! 今すぐにでも!」
クロサキは俺につかみかかる勢いで迫って来た。
「わ、わかった」
俺はクロサキの肩に手を乗せて魔力を注いでいく。次の瞬間クロサキは、まばゆい光に包まれて元の通りになった。
クロサキが言う。
「えっ?」
「ゾンビ因子が無いから見た目には出てない。だがこれでゾンビ因子を受け付けない体になった」
「もう?」
「そうだ」
クロサキはあっけに取られていた。それを見てミオがクキに言った。
「九鬼さん。これで問題ないですよね?」
「いや…、あんたらは自分らの能力を分かっているか? 彼女は体を変えただけで、ヒカルが言う所のレベルアップをしていないんだぞ」
だがクロサキは引き下がらなかった。
「レベルアップはどうすればできますか! お願いします!」
するとミオが俺に救いを求めるような顔をする。
「わかった。じゃあ、俺と二人でゾンビがいる場所に行こう。ゾンビや野生動物を狩りまくればいい。試験体がいればなおいいんだが、今のところは確認されていない。出来る限りの事をしよう」
「あ、ありがとうございます!」
それを聞いたクキが言う。
「黒崎さんよ。みあげた根性だな。ならその日まで、レベル上げとやらに精を出すといい」
「もちろんです」
そして、俺とクロサキが二人でレベルアップの作業をすることになったのだった。
クロサキがミオに言う。
「ありがとう。無理を通してもらったからには全力を尽くすわ」
「頑張ってください」
彼女が仲間の無念を晴らしたいという気持ちが痛いほど分かる。スパイとして出発するまでに、俺はなんとしてもクロサキのレベルを二まであげようと心に誓うのだった。




