第341話 不審者への尋問
気を失っている四人を空港のロビーに運び込み、放射線防護服を剥ぎ取って縄で縛りつけた。そしてタケルがしゃがみ込み、一人のほっぺたをパンパン! と叩く。
「う、うう…」
「起きろ」
「な…、あれ? 何が?」
「寝ぼけてんな。周りをよく見ろ」
目覚めた男は周りを見渡し、まだ目覚めぬ仲間達と、その周りを囲む俺達を見る。俺に眼差しが向いた時、その目が俺を見据えてガタガタと震え出した。
「ひっ! こ、殺さないでくれ!」
クキが言う。
「どうやら、ヒカルを知っているようだな」
「し、知っている。あんたら全員を…」
何かを言いかけて口を閉じる。
「俺達全員? なんで知ってるんだ?」
「……」
「答えろ」
そう言ってクキは、そいつの眉間に銃を突きつける。
「ま、待ってくれ」
「答えろ」
「分かった…、他の奴らを起こしてくれ」
「ダメだ。お前の判断で答えろ」
「……」
ゴリッ! そいつの眉間に突き付けられた銃が、ぐりっとねじ込まれる。苦痛に歪む顔をしながらも、男は何も答えなかった。
「答えないならいい。お前を殺して他の奴に聞く」
そう言ってクキは引き金に指をかけた。だが俺が咄嗟に、クキの銃を持つ手に手をかけて引鉄をひくのを止めさせる。
「クキ。止めろ」
「ん? まだ三人いるぞ」
「まずはコイツの話を聞いてからだ」
「わかった」
今、俺がクキの手の指を押さえなければ、間違いなくコイツの眉間に穴が空いていたところだった。躊躇なくやるとは思ってなかったので、俺は咄嗟にクキを止めた。せっかく現れた情報をいきなり潰すのは良くない。
「俺をどこで知った?」
「それは…」
やはり口ごもる。俺は短剣を抜いて、そいつの目の前に出した。
「まだ指が付いているうちは良い」
そう言ってそいつの手を床に押し付け、俺は短剣を小指に押し当てた。少し切れて血が出始めると、男が大きな声で言う。
「わかった! やめてくれ! 言う!」
「よし」
「俺は、富山から来たんだ!」
「トヤマ?」
「そうだ」
富山と言えばセーフティーゾーンを作っている地域だ。
「せっかくゾンビが止まった地域から、わざわざこんな危険地帯に来たと言うのか?」
「それは…」
ダン! と床に短剣を突き刺す。
「ひっ! わかった! 実は俺は富山であんたらに会っている! そしてヒカルにゾンビ因子を除去してもらった!」
「たしかにお前には、ゾンビ因子が無いようだな」
「本当に助かったと思ったんだ!」
「富山には生存者達がいただろう? 何故そいつらと一緒に居なかった?」
「正直に言うから殺さないでくれ!」
「内容による」
「頼む!」
「…わかった」
そして、そいつは意を決したような顔で言った。
「俺達はファーマ―社の社員だ。ゾンビの中を生き延びてきたんだ!」
「なんだと?」
「ひっ!」
そいつは真っ青な顔で、俺から離れようとするが、俺ががっちり手を押さえているので離れられない。
「ファーマ―社が何をしている?」
「違うんだ! いや、違わない。だけど俺がここにいるのは、あんたらの撒いた情報のせいなんだ」
「どういうことだ?」
すると男は説明をし始める。俺達はそれを黙って聞く事にした。
そいつが言うには、自分がファーマ―社の人間だと隠していたらしい。ファーマ―社は日本人の敵と認識されるらしく、バレるとマズい事になるのだという。
ユリナが聞く。
「なんでバレたの?」
「ゾンビの世界になる前の、知り合いが生きていたんだ。俺がファーマ―社に勤めていた事を知っている奴が!」
「なるほどね…」
どうやら静かに生きていたらしいが、生存者に自分の素性を知っている者がいたらしい。そいつが周りに言いふらす前に、こっそりとその地域を抜け出したのだとか。
「移動中、ゾンビの地域があっただろう?」
「車で突破した。そして違うセーフティーゾーンにたどり着いたんだ」
「ならばそこで、生きていればよかっただろう」
「いや…そこでも、ファーマ―社が生きる環境は無かったんだ。そこでそいつに会った」
気を失って寝ている男を指して言う。
「二人で黙っていればよかった」
「そうもいかなかった。俺が居た場所から人が来て、ファーマ―社が逃げ込んだと流布したんだ。そのせいでそいつも逃げなければならなくなったんだ」
「他の二人は?」
「…そいつらもファーマ―社だよ」
「なるほどな」
するとタケルがグイっと胸ぐらをつかんで言う。
「あんたら、よくおめおめと生き残ってるな」
「ま、まってくれ! 俺達は知らなかったんだ! 俺はただ病院に薬を売る、MRという営業マンだったんだ。ファーマ―社で恐ろしい薬が開発されていたなんて、ネットのデマだと思っていたんだ!」
「こんなことになったのにか?」
「こんな事になったのが、ファーマ―社のせいだなんて思わなかった!」
「白々しいぜ」
だが俺はタケルを止める。
「嘘は言ってない。コイツは本当の事を言っている」
「ヒカル…」
するとユリナが言った。
「そう…ね。感情的には許せないけど、ファーマ―社の社員なんて日本中に何人もいたわ。あなた達のような立場の人は他にもいるでしょうね」
「そうだ。そして、日本に元ファーマ―社の社員が、生き延びる場所なんてなくなってしまったんだ」
そう言って男がチラリと俺を見る。
それを見たヤマザキが言う。
「それが我々のせいだと言いたいのかい?」
「…正直なところ、俺達も被害者なんだ。もちろんファーマ―社からは、日本の平均給与の何倍ももらっていたさ。利益も株価もうなぎ上りだったからな、だが俺達は会社を信じてただ薬を売っていたんだ! 信じてくれ!」
「たしかに、ゾンビ因子を保有していたのだから、あなた方も被害者であろう。だが、なぜこんなところまでやってきたんだ?」
「それは…」
「今更隠し立てしない方が良い」
男は寝ている女を指さして言う。
「そこに寝ている女が、この空港に陣取っていた、ファーマ―社の私軍の基地に出入りしていたからだ」
俺達は一斉に寝ている女を見た。
「それで、ここに来たのか?」
「そうだ。もしかしたらファーマ―社の軍が、俺達を日本から連れ出してくれるんじゃないかって」
そこでクキが聞く。
「あんたらは、そのあたりの車に触らなかったのか?」
「触らなかった。彼女が言っていたから」
「なんて?」
「車には罠が仕掛けてあるかもしれないって。そしたら、爆発音が聞こえて来たので、俺達は慌ててここにやって来たんだ」
確かにコイツは嘘を言っていない。
「何かを知っているとしたら女か…」
「そうだ…」
男は少し後悔しているような表情をする。そしてクキが女を掴んで起こし、頬を叩くのだった。すると薄っすらと目を開けて、ぼんやりと俺達を見ている。そこで仲間の男が言った。
「おい! 目を覚ませ!」
「あ、あなた達は?」
女が俺達を見て驚いている。
「悪いが話を聞かせてもらった。あんた、この基地に出入りしていたんだってな」
クキが言うと女が顔をこわばらせた。すると先に起きていた男が言う。
「そうだ! 彼女から話を聞いてくれ! 俺達は何も知らないんだ!」
その男を見た女が言った。
「裏切ったのね」
「裏切るもなにもあるか! あんた、何か情報を知ってんだろ!」
「はあ…」
女は大きくため息をついて、恨めしそうに白状した男を睨んでいた。どうやら何かの情報を握っている可能性がある。そしてクキが言った。
「悪いなお嬢ちゃん。日本じゃファーマ―社の市民権はなかなか得られないようだ。ここを出たら、生存者達に殺されるかもしれないし、ここはひとつ正直に話しをしておいた方が良さそうだぞ」
「わかったわ」
女は観念したように項垂れた。俺達は女を囲んで尋問を始めるのだった。




