第330話 タケルの願いを叶えたい
日本が着々と地盤固めをしているある日、タケルが俺の所にやって来て言った。
「ヒカル、良い事を教えてやろう」
何故かタケルはドヤ顔で、俺を見下しながら言っている。
「なんだ?」
「女はプレゼントに弱い」
「なんだいきなり。ぷれぜんと?」
「贈り物だよ」
「弱いとはどういうことだ?」
「もっと惚れるつーことだよ!」
こいつが何を言っているのか分からんが、何か含みがあるように思えた。
「と、言われてもだな…」
「皆まで言うな! ヒカル! つーかよ。ひっさびさにバイク乗りてえなと思わねえか?」
なんだ。本音はそれか。
「それはいいな」
「だろ?」
「でも、皆がコツコツと頑張っている時に良いのだろうか?」
「いや。鏑木さんが言ってたんだけどよ、現状、近隣諸国で小競り合いみたいな衝突はあるらしいんだけどな、そこまで戦火は拡大していないようだぜ。にらめっこが続いていて、いつ激突してもおかしくはないみたいだが、大規模な戦闘は、あのヒカルの海上戦以降起きてないらしい」
「そう聞いてはいるがな」
「なら話ははええ。行こうぜ」
「どこにだ?」
「未だ手つかずの都市にだよ。そこなら物資回収も自由に出来るぜ」
「盗むような真似になるんじゃないのか?」
するとタケルが悪い顔で言う。
「俺ならマズいだろうけどな。ヒカルがそれをやったからって許さねえやつは、この日本には一人もいやしねえよ」
「本当か?」
「間違いねえ」
どうするか…。
そんな俺を、横目でじっと見てタケルが言う。
「酒…足りてる?」
「むっ…」
「大都市圏の手つかずの所には…いいのがたくさんあるぜえ…」
「むむ…」
だが、一生懸命頑張っている皆の顔が思い出された。
「だが…」
するとタケルが唐突に、ペコリ! と頭を下げて言った。
「わかった! 実はな! 俺はヒカルをただ、だしに使おうと思ってた! 本当のことを言うから、呆れずに聞いて欲しいんだ!」
「なんだ?」
「実はそろそろ、ユミの誕生日なんだよ!」
「ほう」
「そんでよ。お前にだけ言うけどよ! 俺はそこでユミに結婚を申し込むつもりなんだ!」
「それを早く言え。すぐに行くぞ」
タケルはとても重要な事を隠していた。それを聞いた以上は、俺は全身全霊をかけてタケルを支援してやると決める。
「本当か!」
「お前が行かないなら。俺が探して来てやる」
「まてまて! 俺が選びたい! せめてそう言う大事な時くらいは! 頼む!」
「分かってるさ。だが勝手に俺達が抜け出したら、皆が心配して探し出すぞ」
「理由は考えてある」
「よし。いつ行く?」
「明日の朝、日の出前に出発する予定だ」
そうしてタケルは、皆にこう説明した。
ここまでに、生存者の救出を見送ってきたゾンビの多い地域の、偵察をしに行くという名目だ。オオモリのシステムで表面上はゾンビが止まっているが、実は電波が届かない場所が多く、ゾンビ排除作業が遅れている都市の偵察をすると言う。
それに俺が助言したことで仲間達もついて来ると言ったが、僅かな時間で終わらせたいと言い張り、俺とタケルの二人で行く事を了承させる。自衛隊は何の疑いも無く、俺を偵察の任務に出してくれるそうだ。
そして次の日の夜明け前。
「では言って来る。それほど長い時間はかけない」
すると女達が言う。
「ヒカルと武のコンビだから心配はしてないけど、気を付けてよ。万が一試験体に遭遇したら危険なんだから」
「問題はない」
ユミが言う。
「タケルも無理しないでよ!」
「わーってるよ」
「じゃあ行って来る」
そして俺達が徒歩で基地を出ようとすると、カブラギが聞いて来た。
「車両は?」
「今回は時間をかけたくないからな。都市部でバイクを入手する予定だ」
「わかりました。気を付けていってらっしゃい」
「ああ」
そうして俺とタケルはまんまと自衛隊の基地を出た。都市部に出て直ぐに二人でバイク屋に向かった。バイク屋の場所は既に確認していたので、迷いなく進んでいく。ゾンビを始末しているセーフティーゾーンなので、歩みは早かった。
バイク屋に入ってタケルが言う。
「おいおい! 結構な奴があるぜ!」
「どれだ?」
「スズキ RG500ガンマだ」
「ほう」
「やっぱ、かっけーな。しかもラッキーストライクとかって、レーサーのレプリカだ」
「なら俺はこれにする」
「よし! んじゃ俺は…」
次にタケルがバイクを選んだ。
「そいつはなんていうんだ?」
「CBX400F ってやつだ」
「いいな。じゃあそろそろ行くか」
俺達はバイクの鍵を見つけ、バイク屋からバイクを引きずり出した。
「久しぶりだな」
「行こうぜ」
俺達はバイクのエンジンをふかし、大都市部に向けて出発するのだった。ゾンビの少なくなった街を、タケルと二人でバイクに乗るのは最高だった。この心地よい風と、なんとも言えない開放感が気分を高揚させる。そしてタケルはやはりバイクの操作が上手かった。手が回復してしばらく経つが、自衛隊との訓練のおかげで筋力も増えたらしい。
「さすがだな! やはりタケルはバイクが上手い」
「やっと気づいたかよ。こう見えてレーサーだったんだからな」
「じゃあ名古屋まで競争する事にしよう」
「お! いいね。じゃあその辺のガススタでどっちも満タンな。条件は一緒じゃねえとハンデになっちまうからよ」
「わかった」
そして、俺とタケルのバイクがガソリンスタンドに入った。現状のガソリンスタンドは、自衛隊が管理している場所が多い。ここも自衛隊員が管理していて、貴重な燃料を市民に分け与えていた。
「あ! ヒカルさん!」
「すまないな。これから名古屋を偵察しに行くんだ。ガソリンを分けてくれないか」
「もちろんですよ! ヒカルさんは優先しろと隊長から言われています!」
「悪いな」
そうして満タンにガソリンを詰めた。タケルが今にも笑いそうににやけているが、自衛隊員に悪いので俺は真顔を通す。
「では! 行ってらっしゃい! お気をつけて!」
「ああ」
そうして俺達は自衛隊員達に別れを告げて出発する。するとタケルが俺に言った。
「マジで、ヒカルと出て来て正解だったぜ。日本中に散らばっている自衛隊は顔パスだ」
「お前。それを見越して俺を誘ったんだろう?」
「否定はしねえよ」
「とにかく、このリュックを一杯にして帰って来るぞ。祝いの料理も作らないといけないからな」
「ヒカル…おまえ、ほんと良い奴だよな」
「親友が頼んだらやるもんだろ?」
するとタケルが軽く目に涙をためて言う。
「お前ん時は、俺が手伝うからよ。何でも言ってくれよ!」
「当たり前だ。当然手伝ってもらうさ」
「んじゃ! 飛ばすぜ! どっちが早くつくか競争だ!」
「わかった」
カーン! と良い音をさせて、俺達二人のバイクは風になる。この世界に来て、俺は自分の為に楽しむという事を覚えた。それはこのタケルが教えてくれた気がする。バイクを倒して曲がっていくタケルがイキイキしていた。俺はそれを見るだけで、この世界に生まれ変わって良かったと思うのだった。




