第320話 カモフラージュ作戦
俺達が自衛隊と合流した時には、生存者は千人を超えていた。森の中や岸壁の洞穴、人里離れた廃屋などで生き延びてきたらしい。俺達が今まで救出活動をしてきた経験からも、想定内の救出人数ではある。
自衛隊はゾンビ破壊薬を散布し、生存者の身動きが出来るようになったところで拡声器で呼びかけて集めたらしい。俺が思うよりずっと効率が良く、第一空挺団の優秀さを思い知らされる。被災地の人命救助などで慣れているらしく、俺達よりもはるかに生存者探しがうまかった。
カブラギ二尉が直々に指揮を執り、生存者達は運天港のそばの広場に集められている。そして今は俺と話をしていた。
「生き残ったのは、いち早く同盟国の兵隊が危ないと気が付いた人達らしいですね」
「どうやって気づいたんだ?」
「まだ携帯が繋がっている時に、同盟国の兵士から銃撃されている動画を見たそうです」
「命拾いをしたんだな」
「そうですね。それでもゾンビにやられて、残ったのはこれだけ。本州と似たようなものですが、狭い地域で生き延びられたのは幸いでした。まずは先に、ヒカルさんからゾンビ因子の除去をしていただきたい」
「わかった。スパイの狙撃の準備は」
「問題ありません」
拡声器で自衛隊が生存者に集まるように指示をした。広場に集まった生存者をかき分けて、俺がその中心まで歩いて行く。魔力を貯めて一気にゾンビ因子除去魔法を発動させた。
「わっ!」
「なんだ!」
「おわぁ!」
「どうなってる?」
真っ白になった生存者が、お互いの顔を見て驚いている。すると自衛隊が拡声器で言う。
「落ち着いてください! その白いのが、皆さんの体の中に巣くっていたゾンビ因子です。これでゾンビになる可能性は無くなりました」
「本当か!」
「本当です」
オオオオオオオオ!
大歓声が上がる。しかもここにはファーマ―社のスパイはおらずに、全員が普通の日本人だったようだ。いざという時は、自衛隊達と俺の仲間達が狙撃の準備をしていたが、必要なかった事にホッと胸をなでおろす。
「スパイはいなかったようだ」
「何よりです」
そしてカブラギが拡声器で言う。
「まもなく迎えの船が来ます! それまでここで待機しますが、回収したペットボトル飲料を配布しますので並んでください」
生存者達が並ぶと、自衛隊員は効率よく飲み物を配った。
「生存者の列が乱れない。普通なら我先に奪いに来そうだがな」
「これが日本人です」
「他の地域でもそうだったが、なんと思いやりのある国民なんだ」
「そう言ってもらえると嬉しいですね」
そして俺達は迎えの船を待つ。一時間ほど待った頃、ようやくその船が海上に見えて来た。
「想定通りだな」
「宮城からここまで少し時間がかかりましたけどね」
自衛隊員達が運んで来たのは、宮城で座礁していたロシア船籍のタンカーだった。火力発電の燃料が全て無くなり、役目が終わったところでクキが目をつけたのだ。特に他国の船籍というのが、カモフラージュに向いているらしい。
「皆さん! 迎えが来ました! 乗り込む準備をしてください!」
生存者達が立ち上がって、ぞろぞろと港の方へと歩いて行く。
カブラギがクキに言った。
「しかしよく考えましたね。民間のタンカーならば狙われる可能性は低いし、ロシア船籍となれば周辺国家も容易に手は出さない。それを潜水艦で護衛するのは非常にいい考えでした」
「タンカーがあるのを知ってたしな」
「今ごろは他の部隊が、隣国の上陸用舟艇を使って屋久島と奄美大島の救出を始めています。これもひとえに、ヒカルさん達が沖縄の同盟国軍の基地を制圧してくださったからですよ。更に隣国の船達も近づかないようになっている。まるでこの作戦をすることが分かってたように、カモフラージュできる船舶を確保していただいていたのも、ありがたかった」
「使える物は全て使うのが、自衛隊特殊作戦群だったからな。それは傭兵時代にも生きたし、敵がやりづらい方法を取るのが肝心なんだ」
「肝に銘じます」
そう。これらの作戦の大まかな流れは、クキが考え出したのだった。周辺の国家が有事で、非常に危険な状態であってもやりようはあると。むしろそう言う時だからこそ、やりやすいと言っていた。
「生存者をタンカーに乗せるぞ!」
「は!」
自衛隊達がタンカーの接岸を行い、垂れて来た階段状のハシゴに生存者を誘導していく。最初は自分の力で歩く事の出来る人らを乗せ、老人などは自衛隊が補助をして乗せていく。これも非常に手早く、あっという間に生存者達はタンカーに乗り込んで行った。
一時間もすると全員が乗り込み、出発の準備が整うのだった。
そこで港の湾内に潜水艦が浮上して来た。
「ヒカルさん達はあれで、宮古島へと移動してください! 途中で沖縄本島の南側の隊を回収します」
「いや。俺もタンカーに乗せてもらおう。その方が敵の攻撃にすぐに反応が出来る」
「しかし、ヒカルさんは重要人物です。万が一があったらー」
「いや。生存者と自衛隊、そして俺の命は平等だ。それに、俺が絶対にタンカーを沈めさせはしない」
するとクキも言う。
「そうした方が良い。むしろヒカルが乗った方が潜水艦の護衛より心強いぜ」
「わかりました! ではよろしくお願いします! 海中の敵はらいげいにお任せください!」
「よろしくたのむ」
周辺敵国が気づく前に迅速に作戦を行い、出来るだけ多くの生存者を救う必要がある。自衛隊員達の、一人の生存者も見捨てないという姿勢は本当に見上げたものだ。俺とて彼らの誰一人として失うつもりも無い。タンカーに乗り込んだ俺は、甲板の中央に向かって歩きどっかりと腰を下ろすのだった。




