第30話 休息
米の置いてあった場所に到着した俺達は、暗闇の中でトラックを降り荷台に乗っていた仲間を一人ずつ降ろしていく。誰もが疲労困憊でふらついてしまっている。あの高い塔のある街で知り合ってから、ここまでほとんど休み無しで来たのだから無理もない。この人らは騎士のように訓練を積んだわけでもなく、冒険者のようにレベル上げをしている訳でもないらしいからだ。
念のため俺が再び気配感知で敷地内を探るが、ゾンビの類は一体も居ないようだった。
「こっちだ」
俺は再びミナミを背負い、ヤマザキとタケルがツバサに肩を貸して歩く。そして俺が持ち上げた扉に潜っていった。
するとユミが言う。
「暗いわ、ゾンビはいないのよね?」
「問題ない」
それに対しタケルも答えた。
「仕方がないよ由美。慌てて逃げて来て懐中電灯もないし」
その言葉を最後に誰も話をしなくなった。もう声を出す元気も無くなってしまったらしい。それを見て俺が皆に言った。
「ここは床が堅い。あの米袋を床に敷いて寝たらどうだろう?」
するとタケルが言う。
「コメ袋か。コンクリートより悪くないかもな」
「じゃあちょっと待っててくれ」
俺はつみあがっている米の袋を持ち上げ、それを床に敷き詰めていく。ごつごつしてはいるが、堅い石畳みのような床に直に眠るよりはいいだろう。全員がゆとりを持って寝れるように米袋を敷きつめ、皆へそこに横になるように促した。
「とにかく休息を取ってくれ。俺がトラックに積んである飲み物を運んでくるから、それぞれ勝手に寝ててくれると良い」
するとタケルが俺のところに来て言った。
「俺もやるよ」
「ダメだ。タケルもかなり疲労している。立っているのもやっとな奴が瘦せ我慢するな」
「ヒカルは大丈夫なのか?」
「鍛え方が違うと言ったらいいのか、こんな事よりはるかに過酷な経験をしてきたからな」
「…そうか。辛い思いをしてきたんだな」
辛い思い…と言うか、俺が勝手に勘違いして世界を滅ぼしかけたんだけどね。
「とにかく座っていろ」
周りを見渡すと、この米が入っていたであろう空袋が積み上げている場所があった。そこに行って袋を一枚取り出し、シャッターを潜ってトラックに行くのだった。
「よし。誰も来ていない」
やはり追手はここまでは来ていないようだった。あの時、灯りをつけたままであったなら容易に追跡されていたはずだ。
すると次の瞬間に空がピカッと光った。ゴロゴロゴロと腹の底を震わすような音が鳴る。
「雷か…」
ぽつりと俺の頬に雨粒が落ちて来る。俺は急いでトラックに行って飲み物を全部米袋に詰め、降り出す前に皆の元へ戻って来た。それと同時にザーッと雨が降り出す。外はよりいっそう暗くなり、室内はもう何も見えなかった。するとカチっと音がして小さな光が灯される。
「火か?」
するとヤマザキが答えた。
「ライターだ。全然見えないよりいいだろ」
「そうだな。飲み物を持ってきた」
「助かるよ」
そしてそれぞれに飲み物が渡り、皆が無心にそれを飲み干す。雨足が強くなり屋根を強く叩いて音が激しくなる。皆が休み始めるのを見て俺はヤマザキに言った。
「とにかく眠ってくれ。俺は隣の大きな建物を見て来る」
「気を付けてくれ」
「問題ない」
俺は曲がったシャッターの所に行って、着ていた服を全て脱いだ。借り物の服を雨で汚してしまっては申し訳が無い。全裸になりシャッターを潜って曲がった部分を元に戻した。これで雨風は中には入らない。
「さて。あっちには何があるか」
俺は丸裸になって、雨の中を走り隣りの大きな建屋に行く。気配感知で内部を探るが、ゾンビはおらず何も危険なものは感じなかった。俺は二階によじ登りガラスを割って、タケルがやっていたように内側に手を伸ばし鍵を開けた。
「ここも机と椅子だらけだな」
俺はその部屋に入り中を見回ってみるが、特に食べ物の類は置いていないようだった。そして俺は更に建屋内を探索する。すると何か大きな鉄の機械のような物がある場所に出た。まるで神殿のようなその機械を見上げる。
「なんだここは…。何の機械だ?」
だがあちこち見てみても良く分からない。一通り見渡してみるが特段気になる所は無かった。
「ここら一帯を確認してみるか」
俺はその建物を出て少し先に進むと、また大きな建物が現れた。俺はその建物へと近づいて気配感知で内部を探る。
「ゾンビはいないな」
その建物に近づいて、扉に手をかけてみるが鍵がかかっているようだ。もしかするとここも利用できそうな気がしたので、俺は二階の窓の所に飛んでガラスを割り鍵を開けた。そしてその中に滑り込んでいく。
「かなり広いな」
その建物は三階建てになっていて、各階にベランダが付いており多くの人間を収容していた気配がある。中に入ると小さな机と椅子が所狭しと並んでいた。だがその机と椅子はかなり小さく子供用のようだった。俺はそれを一目見てここが学園か何かだと分かる。
「休むならここの方が良さそうだな。明日皆にここの事を伝えてみよう」
そして俺が窓から外に出ようとした時、かなり遠くの方で雨音に交じりに車の音が鳴った。
プップップーーーーー!
まるで憂さ晴らしでもするかのように鳴らし続けている。俺はすぐさま外側から、この建物の屋上によじ登って遠くまでを見渡してみる。しかし車の灯りが見える事はなく、こちらに迫ってきている訳でもないようだった。俺はそのまま隣の建物の屋上に跳躍し、更に仲間がいる建物まで飛んだ。そして地面に飛び降り、直したシャッターの所に行ってグイっと上げて中に入る。
するとまだヤマザキが起きていた。
「周りはどうだった?」
「安心しろ、このあたりにゾンビはいない。だが恐らくさっき追って来た奴らだろうが、あの車のプーって音が遠くでなっていた」
「クラクションか…恐らく俺達を見失って頭に来てんだろ。しかしこの土砂降りの中でよくクラクションが聞こえたな、俺には全然聞こえなかったが」
「音が聞き分けられるんだ。音のなり方からして恐らくあいつらはまだ、さっき俺達がグルグル回った街にいる」
「奴らは、あの辺りに潜んでいるのかもしれんな」
「どうだろうな」
ヤマザキの気配もかなり停滞していた。寝ないと参ってしまうと思うのだが、もしかしたら眠れないのか?
「寝れないのか?」
「まあ…、そうだな。皆を引っ張ってきて、ずっと気を張っていたからかもしれん」
「なら寝てくれ。俺が見張る」
「それなら交代でやろう」
「不要だ」
「しかし…」
「いいから寝てくれ」
「…わかった」
そしてヤマザキは横になった。ヤマザキが眠る前に俺にポツリと言った。
「で、ヒカルはなんで裸なんだ?」
「ああ、服を濡らしたくなかったからな」
「ふふっ、面白い奴だ…」
しばらくするとヤマザキから寝息が聞こえて来た。俺は前世ではレベルの高いダンジョンでも眠って来た。寝ていても魔獣の気配や、少しの違和感で起きる事が出来る。寝入りも一瞬で深い所まで落ちる事が出来るから、それを断片的に繰り返すだけですっかり疲れが取れるのだった。すでに皆が眠りについたようで、起きているのは俺だけとなる。とにかく皆には休息が必要だ。俺は一本の飲み物を開けて一口飲んでみる。
不思議だ…新鮮な果物の味がする。一体これはどういう仕組みになっているのか、こんなうまい飲み物が道端の箱に入っているなんて…
明日、皆が目覚めたら一度この世界について聞いてみるとしよう。ようやく言葉が理解出来て来たので、俺は今自分が置かれている現状をある程度把握する事が出来るだろう。それまでは皆をゆっくり休ませてやろうと思うのだった。




