第302話 敵の痕跡を辿る
敵兵を引きずり降ろしたハルノが俺に言う。
「助かりました。だが五名の自衛官を失ってしまった」
「あの人数の軍隊を相手に、よく少数で耐えた」
「遅れた市民が逃げる時間を確保せねばなりませんでした」
「俺が、もっと早く駆けつけていれば」
「いえ、これが限界でしょう。むしろエマージェンシーコードヒカルは正常に稼働してます」
「市民の居住圏を考えれば、もっとうまくいくという事か?」
「そう思います。ですが海辺は食料になる魚が取れるのです。都市部から離れた湾岸沿いも検討に入れるべきかと」
「そう言う事か…。だが、そもそも人の国に無断で入ってきたこいつらが悪いんだがな」
「そのとおりです」
自衛隊員達は敵兵を憎悪の眼差しで睨みつけた。するとそこに仲間達が駆けつけてくる。
「ヒカル! 終わったんか!」
「ああタケル。周辺の敵兵は黙らせた。だが増援が来るかもしれん」
「こいつらは?」
「敵兵を引っ張ってきた。こいつらは自衛隊を五人も殺した」
「許せねえな」
俺が敵兵に聞く。
「どこの国から来た? 目的はなんだ? 軍隊の規模は? 増援の有無はあるのか?」
だが敵兵は答えなかった。それにハルノが言う。
「日本語は通じないかと」
「そうか」
するとクキが言った。
「俺が聞く」
クキが敵兵に話しかけるが俺達に言葉は分からない。だが兵士達は口を開く事は無かった。
「おいおい。人の国に土足で入ってきてシカトか?」
クキが敵兵の顔を銃の底で殴るが誰も止めるやつはいない。今度はまた違う国の言葉で聞き始めるが、敵兵は何も答えずに黙った。
するとミオがクキに聞く。
「どこの人達かな?」
「わからん。普通に考えたらK国だが、C国が偽装している可能性もある。言葉を発すればバレるから話さないんだろう」
するとハルノが言った。
「連行します。基地に帰って尋問を」
「だな」
それを聞いたタケルが言う。
「なら俺は残って市民の護衛と救出だな。逃げたって言ってもそう遠くには行ってないんだろ?」
「そうです」
「なら私も残る」
「私も!」
「私も残るわ」
仲間達が次々に、ここに残って市民の救出をすると言っている。それを聞いてクキがハルノに言った。
「春乃三尉以下隊員達は、こいつらを基地に連行して増援部隊の要請を頼む」
「了解です」
そして俺が破壊した都市を眺めて二人が言った。
「まあ、ヒカルがいればその必要は無さそうだがな」
「そのようです」
そしてハルノ達十人が捕虜をトラックに乗せて連行していった。
「さてと、どうしたものか?」
ヤマザキが言うので俺が答えた。
「俺は上陸後のルートを逆走し、潜伏している奴らがいないかを確認する。そのまま海沿いに抜けて敵の船を叩く、皆は逃げた人々の避難を頼む」
「よっしゃ、みんな気を引き締めて行こうぜ。敵は銃を持っているからな」
タケルが言うとミオが言った。
「避難者の位置は私が分かるわ」
ツバサも言う。
「聞こえる」
「ヒカル。軍隊の事なら俺も連れていけ」
「わかった。ならばクキと俺が海岸沿いに、皆は山間部に逃げた市民を誘導するんだ」
「「「「「「「「「「了解」」」」」」」」」」」
「タケル! ミナミ! 皆の護衛を頼むぞ!」
「問題ねえ」
「任せて」
そして俺達は二手に分かれる。ヤマザキ達の隊は山間部に向かって行き、俺は破壊した街の方角へと進んだ。クキが銃を持ち、あたりを確認しながら進んでいく。
「ここまでの痕跡を見ると、恐らくは方角的には真っすぐ東だ。どうやら奴らは鳥取市から入らずに、境港市から入ってきているようだ」
「何故そっちから来たのか…」
「恐らく市街地はゾンビだらけだと思ったんだろう。あえて人口の少ない地域から上がって来たんだ」
「なるほどな、ならばそっちに向かおう」
「ああ」
クキが先行し敵の通過した痕跡を辿っていく。海沿いに出ると、海のはるか向こうに船舶の気配を感じた。
「クキ、この方角に敵がいる」
「行こう」
そしていよいよ兵士の気配を捕らえた。俺達は近くの建物の三階に上がり海岸沿いを見る。
「なるほど上陸用舟艇だ。おそらく母艦からあれに乗ってきたんだな」
「船を奪おう」
「了解」
俺が気配を消してひたひたと、海岸沿いに向かって行く。クキは後方から援護の為に銃を構えていた。まあ必要はないが敵をうち漏らすと厄介だ。クキは俺と一定の距離を取ってついて来る。
浜辺の手前の壁付近に、五名の見張りが立っていた。
「飛空円斬! 二段」
先に胴体にめがけて剣撃を飛ばし、すぐに第二波が首を襲った。五人は首と胴体が切れて、静かにそこに転がる。
「行くぞ」
「了解だ」
俺が浜辺の前にあるコンクリートの壁にへばりつくと、クキも同じように後ろにへばりついた。
「距離は百メートルってところだ。どうする? 撃つか? 逃げられるかもしれないが」
「いや。銃は音がする。俺に任せろ」
ひょいっと一瞬壁の上から顔を出して、敵兵の位置と数を確認した。
「ヒカルよ。うち漏らすと騒がれるぞ」
「問題ない」
俺は体を小さくたわめ、一気に壁から上空に飛び出した。先ほど確認した人間の位置に対して剣撃を繰り出す。
「刺突閃、十八連」
十八人の兵隊が脳天を撃ちぬかれ一気に崩れ落ちる。そして俺はクキを呼んだ。
「まったく…あっぱれだよ」
「クキは、あの船を動かせるか?」
「問題ない」
「あれで母艦に行こう」
「わかった。なら兵士の死体から服を取れ」
「えっ? このスーツを脱ぐのか?」
「遠目で見たらすぐばれるだろ!」
「でも。これはお気に入りの」
「じゃあその上から着ろ。向こうに着いたら脱げ」
「よし!」
俺とクキはヘルメットを回収しそれをかぶって、敵兵の服をひっぺがして着た。俺は日本刀を上陸用舟艇の床に置き銃を拾って肩にかける。
クキが船のエンジンをかけて、俺が船を海に押し出した。俺が乗るとクキが上陸用舟艇の前面を閉じる。船はくるりと向きを変えて、母艦に向けて進んでいくのだった。




