第295話 自然との共存と監視する軍隊
北海道の東部にある自衛隊演習場へ降り立った俺達は、すぐさま周辺地域にゾンビ破壊薬を散布した。さらに太陽光発電所を復活させ、電話局舎にゾンビ停止プログラムを設定する。あと数か所の太陽光発電所を稼働させるべく、車両で走り回っている時だった。俺の気配感知に何かが反応した。
「なにかいるぞ」
俺が気配を感知して伝えると、ヤマザキがトラックを止めた。
「なにがいる?」
「ゾンビでも人間でもない、なにかの気配がする」
「どうする?」
「確認すべきだ」
道路の両脇が森になっており、どうやら森の中からその気配がしているようだ。
「この森の奥にそいつはいる」
「試験体か?」
「それとも違う。見て来るから待っていろ」
そして俺がトラックを降り、タケルに告げた。
「念のため警戒しててくれ。周囲にゾンビなどの気配はないが、そいつの正体を見極めるまでは動くな」
「わかった」
俺が一人森に入り、その気配に急いで近づいて行く。木々をかき分けていくと、その姿が見えてきた。なにやら黒い塊が蠢いている。
「魔獣? 違うな。小さすぎる」
そこには魔獣であるダークベアーに似ているが、だいぶ小型の奴がいた。恐らく三メートルに満たない奴で、魔獣の気配は発していなかった。ダークベアーなら五メートルはゆうに超えるはずなので、全く違う個体であるとわかる。
俺は気配を消してそいつに近づいて行き、隣に立ってみると獣の匂いが強くした。少し先を見ると、一メートルも無い大きさの同じ獣が三頭いた。
「あれは子供か」
俺が言うと脇の黒い塊が俺に気が付いて、驚いたようにガバっと立ち上がった。
ブン!
鉤爪が俺に向かって振り下ろされるが、俺はそれを左手で止めた。
「邪魔をした。子供と一緒にいてやれ」
俺がそいつから離れ皆のもとに戻ろうとするが、そいつは怒りに満ちた顔で追って来る。恐らくは子供に危害を加えると思って、反撃しようとしているのだろう。傷をつけるつもりは毛頭ないので、俺が縮地で一気に距離をあけると、そいつは見失ったらしく追って来るのを止めた。
そのまま皆のもとに戻ってトラックに乗り込んだ。
「何がいた?」
「わからんが二、三メートルほどの黒い獣がいた」
「そりゃヒグマだぜ、たぶん」
「そうか。ヒグマというのか」
「それで、どうしたんだ?」
「子供がいたからな。そのまま立ち去った」
するとミオが言った。
「そうね。ヒグマも生きる権利があるわ。きっと人間達がいなくなってのびのびといきてるんじゃないかしら? 子供も産んで逞しいじゃない」
するとそれにヤマザキが答えた。
「このあたりの生存者は危険じゃないのか?」
「確かに。いままではゾンビがいたからヒグマも出てこなかったかもしれないけど、ゾンビを片付けたら人里におりてくるかも」
「とはいえ人間の為に自然の動物を皆殺しにする訳にもイカン。共存するしかないのかもしれんがな」
「うん」
俺達のトラックはそこから離れ、海沿いに向かって走っていく。すると俺は海の方に気配を感知した。そして俺は運転しているヤマザキに止めるように言う。
「止まれ」
「なんだ?」
「何か気配感知にかかった」
「生存者か?」
「そいつらは海に浮いている。どうやら人間のようだな」
そう言うと皆がざわついた。
「ファーマ―社か!」
「どうする?」
「ひとまず隠れた方が良い!」
それを聞いて俺が言う。
「そうだな。一度トラックを隠して、海沿いに確認しに行くべきだ」
「よし」
俺達はトラックを道端の小屋に隠し、海沿いに建てられた小屋に隠れつつ先の海を見る。
「あそこに何かいるぞ」
俺が言うと、皆が双眼鏡でそちらを見た。
「あれは船だわ」
「こちらを監視してるのかしら?」
それを聞いたクキが言った。
「ありゃ、ロシア船籍だ。ロシアの軍隊がこっちを見張ってるようだぞ」
俺が聞く。
「ファーマ―社ではないのか?」
「違うな。あれはロシアの正規軍だ」
「ロシア? 何を見張っているのかしら?」
「ゾンビか、もしくは生存者がロシアに逃げて来るのを阻止する為か。理由はいろいろとあるだろうが、いずれにせよ生存者にとっては良い情報では無いな」
「ここでも、生存者は救われないか…」
俺が皆に問う。
「あれを沈めるか?」
するとクキが言った。
「まずはやめておこう。あれはファーマー社の私兵じゃない、正規のロシア軍だ。国を相手どって戦う事になるぜ」
「生存者の為なら、それもやぶさかではないが?」
「いやヒカルよ。今はやる事があるだろ? 日本の生存者を救いきってから考えるべきだ」
確かにクキの言うとおりだった。ここで船を沈めれば、軍隊が押し寄せてくるかもしれない。そうすればせっかく救出したセーフティーゾーンの意味がなくなってしまう。
「その通りだな」
「あいにく、奴らはゾンビがいると思って上陸してこないようだ。こちらから下手に情報を渡す必要は無い」
「ならば、ここから東はそのままにしておこう。あえてゾンビを残すのも手だな」
「そう言う事だ」
俺達は船に手を出すことなくトラックに戻り、来た道を引き返すのだった。今はまだ時期が早く、ファーマ―社以外と事を構える時ではない。しかし改めて他国の軍隊を見た俺は、生存者を救わないその姿勢に怒りを覚えるのだった。




