第292話 生存者の移動
神戸ポートアイランドには大きなホールがあった。そこに俺達が回収してきた発電機を何台も入れて、会場のスクリーンとスピーカーを稼働させる。そして会場の前にステージを組み、そこにマイクを持ったカブラギと空挺団が立った。
俺達はその脇に立って様子を見ている。
「えー皆さん。この度トラック一台分の食料を運んで来てくださった方々がいます。まずは紹介いたします」
カブラギが俺達においでおいでするので、俺達はそこに行く事にする。何故かクキがどうしても無理だというので、クキは不参加という事になっていた。俺達がステージに立つと、鏑木が話し出す。
「彼らは、各地域を周り生存者を開放している英雄です」
すると会場に集まった生存者がざわついた。だがカブラギはそのまま話を続ける。
「そして彼らは、我々を襲ったファーマ―社を撃退し、日本の領空を安全なものとしたそうです。それによって、空路を行く事が出来るようになりました」
さらにざわつきが大きくなる。だがカブラギは話を止めない。
「他の地域には自衛隊はおらず、市民達が力を合わせて生きているらしいのです」
すると生存者の一人が大声で言った。
「自衛隊は何をやっているのです?」
「残念ながらほとんど生きている者はいないでしょう」
「それは本当なのですか?」
するとカブラギが待機している空挺団の隊員に合図を送った。
「これからその証拠と、衝撃的な事実を皆さんにお見せします。彼らが実際にファーマ―社の研究所から盗み、他国のデータなどがあります。その中には恐ろしいものが沢山ありました。また現存する生存者達の情報もお見せします。きっと皆さんの励みになるでしょう。具合悪くなるかもしれませんが、これは日本人の生存の為に重要なデータです。子供達も見なければならないし、自衛官である私が言うのは心苦しいのですが、皆さんはこれを見てすぐ判断しなければならない」
すると大型のスクリーンにファーマ―社のデータが流れ始める。やはり多くの人間が気分を害し、俯いてしまったり嘔吐してしまったりしているが、それでもカブラギはやめなかった。しばらくは、グロテスクな動画が流れ鬱々とした雰囲気になる。次に俺達が出会ってきた生存者の映像になると、かなりの人達が頭を上げてそれを食い入る様に見た。
「どうです? これだけの生存者がまだいるのです! 日本は死んでいないと確信します」
生存者が手を上げて言った。
「でも、ゾンビ感染は全員が少なからずしている、いずれは死滅するのが運命ではないのですか?」
「それも…解決するようです」
カブラギが言うとざわざわが大きくなった。
「どうやって!?」
「先のデータを見せます」
そして俺が生存者達に施術を行っているところ、東北の研究所で作られたゾンビ血清、タカシマ達が作ったゾンビ破壊薬とゾンビ因子除去薬、ゾンビ破壊薬をばら撒いてゾンビが倒れるシーンなどを映して言った。
「どうです?」
「にわかには信じられませんが…、そこの人がゾンビ因子を除去できるんですか?」
カブラギが俺を見た。俺は黙って壇上から降り、皆の中心まで歩いて行く。もし万が一ここにファーマ―社のスパイゾンビがいたら、第一空挺団の面々が狙撃で動きを止め、俺がとどめを刺す事が決まっていた。
「では」
俺は一気にゾンビ因子除去魔法を放射した。すると光が一気に広がり、次々に人々が白塗りに変わっていく。そしてそれが全員に行き届いたところで、俺はホッと胸をなでおろすのだった。ここにはファーマ―社のスパイは入っておらず、カブラギが言うように侵入者を拒んでいたのが功を奏したようだ。
会場が爆発的な騒ぎになるが、それをカブラギのマイクが制した。
「どうです? 信じられないでしょう? それが生物兵器の正体らしいです」
真っ白になった人らがお互いを見て驚いていた。これによって、ここにいる人らがゾンビになる事はない。
「そしてもう一つご報告があります。大事な話なので聞いてください」
そう言うと真っ白になった人々の視線がカブラギに集中した。皆がこちらを向いた事を確認してカブラギが話し出す。
「今まで、我々はこの神戸ポートアイランドで生活をしていましたが、実のところ大変危険な場所だとわかりました。先ほどの情報でも見た通り、ファーマ―社は海からバケモノを送り込んで来るらしいのです」
皆がまたざわつく。
「聞いてください!」
静かになった。
「我々が生きてきたこの神戸ポートアイランドは、ゾンビに対しての守りは良いが、ファーマ―社の軍隊と試験体とか言うバケモノには弱い場所だったのです」
「どうするんです!」
「ここを放棄します。どうやら陸送での搬送が可能だと彼らが証明してくれています。我々は一刻も早くここを出ねばなりません」
「何処に?」
「京都にセーフティエリアなる物が作られており、そこにはゾンビが入り込まないのです。先ほど見ていただいた情報の通りです」
「わかりました」
「では、移動の間に必要な食料を配布します。一列にお並びください」
そう言って第一空挺団と自衛官が、食料を市民達に配った。それが終わるとカブラギが言う。
「出立の準備をし、荷物を持って一時間後に、再びここに集まってください」
すると市民達は速やかに会場を出て行った。今まで自衛隊達に守られてきた為、団体行動が身についているようだ。
カブラギが俺達に言う。
「これで、いいかな?」
「問題ない。試験体が上陸したら、この場所などひとたまりもないからな」
「わかりました」
「動ける車両という車両を集め、速やかに出発の準備を」
「はい」
自衛隊達も急いで出ていく。ここまで生き延びて来れた事の方が奇跡に思えるし、俺達が来るまで持ちこたえていたのは、本当に彼らが優秀だという証拠だった。
一時間後に全員が集まり、自衛隊員たちが集めていた車に乗り込んでいく。今まで暮らしてきた場所を名残惜しそうに眺めている人らもいたが、仲間に肩を押されて車に乗った。
俺がカブラギに言う。
「銃は極力使うな。俺達が全てのゾンビをやる。万が一うち漏らした奴がいたらその時は頼めるか?」
「君は何で戦う?」
「これだ」
日本刀を見せると、自衛隊達がざわつきカブラギが言った。
「動画で見たが、その剣には何か仕掛けがあるのかい?」
「ない。がとても良い剣だ」
「そうか…九鬼さんが認める力を見せてもらう時が来たようだ。みんな! 出来るだけその目に焼き付けろ!」
「「「「「「「「は!」」」」」」」」
するとそこにクキがやってきた。
「焼き付けらんねえよ。いや、目には焼き付くけど…役に立つなんて思わねえこった」
「はあ?」
よくわかっていない自衛官達が車に乗り込み、俺達のトラックを先頭にして出発するのだった。




