第290話 自衛隊員と保護された生存者
俺がクキに遭遇した時と同じ感覚を、ここにいる自衛隊員達からも感じ取っていた。動作に全く無駄がなく、俺に対して隙を見せないのだ。それでも俺は、全くの無傷で彼らを制圧できるだろう。しかし攻撃の意思がない相手を制圧する理由はない。
先に自衛隊員の代表者が言う。
「悪いが市民がいるところには連れて行けないが良いか?」
「問題ない」
「すまないな。君を疑う訳じゃないんだが、ゾンビ感染しているか分からない者は入れれないんだ」
信じてもらえないと思うので、俺がゾンビ因子の探知と除去をできることは伏せておく。ここにいる自衛隊員からはゾンビ因子はほぼ感じない。これならばゾンビに変わるのには時間を要するだろう。そして俺達はバリケードから少し離れた、道路の端に集まり話を始めた。
そして俺が言う。
「まずはそちらから聞きたいことを聞いてくれ」
「わかった。まず君は何処から来た?」
「俺は日本各地を転々としてきた。だが、ここより西にはまだ足を踏み入れていない」
「なんだと…。という事は仲間がいるのか?」
「それは今は言えない。まずは俺だけが来たと思ってくれていい」
「もっと生存者がいると?」
「各地には、まだ大勢が生き残っている」
「そうか! 他にも生存者はいるんだな!」
「そうだ。俺は一人でも多くの日本人を助けたいと思って、あちこちを転々としているんだ」
自衛隊員達は笑顔になり、生存者がいる事を喜んでいる。すると後ろにいた奴が言った。
「移動は何でやってる?」
「ヘリコプター、バス、トラック、バイクだ。情況によって使い分けている」
「ヘリコプターだと? 撃ち落とされなかったのか?」
「今は大丈夫だ」
「そうなのか?」
「今はな」
すると自衛隊員同士で話を始めた。俺がそれを黙って聞いていると、また代表者が俺に聞いて来た。
「なぜここに来た?」
「夜間に光を確認した。もしファーマ―社なら殲滅、生存者なら救出をしようと思っていた」
「俺達はファーマ―社ではない。日本の自衛官だ」
「だと思った。俺の仲間にも元自衛官がいる」
「なんだと? 生き残った隊員がいるのか?」
「言っておくが『元』らしい」
「そうか。仲間が救出活動をしているのか…」
「いや。自衛官は一人だ」
「そうなのか?」
「そうだ」
少しがっかりされるが、もしかしたら自衛官がもっと残っていたと思われたのだろう。
「それで、ファーマ―社を殲滅すると言っていたが、君は何を知っている?」
「この日本のゾンビ被害は、全てファーマ―社がひき起こしたものだ。奴らはこの国を実験場とし、異形の兵士を生み出そうとしている」
すると自衛隊員たちがまた話し出した。
「二佐。やはり情報は正しかったんでしょうね。生物兵器の開発と、その実験をやっているというのは間違いないんじゃないでしょうか?」
「だな。あの変な薬品を強制的に自衛隊に投与したのは、壊滅が目的だったという事だろう」
そして俺が答える。
「その具体的な証拠を握っている。今は持っていないが、仲間が全て管理している」
「それを見る事は出来るか?」
「もちろんだ」
「そしてもう一つ聞きたい」
「なんだ?」
「君は一体何者なんだ? 先ほどは消えて突然出現し俺達を攪乱した。あんな事が出来る人間など見たことがない」
「生まれつきだ」
「う! 生まれつき!」
「そんなばかな!」
「秘密裏に開発した兵器かなにかか?」
「いや。俺は正真正銘の人間だよ。ちょっと人より動きが早かったり、力が強かったりするが、他はそんなに変わりない」
「ちょっとじゃないだろ! あんなの!」
「俺の仲間達もそこそこ凄いがな」
「…嘘のように聞こえるが、先ほどの動きを見せられてはな…」
「信じる信じないはどうでもいい。それより俺の方から話を聞かせてもらってもいいか?」
「なんだ」
俺は都市の方向を見て言う。
「ここにゾンビはいないのか?」
「この島にはゾンビはいない。極力排除して、今は一般市民が我々の保護下で生活をしている」
「その中にゾンビになる者はいないのか?」
「いる。だが予兆が出たり身体に問題が出た者は隔離し、ゾンビになり次第射殺して海に捨てている」
「ここの人数だけでそれを管理できないだろう? 仲間がもっといるという事だな?」
「神戸ポートアイランド及び神戸空港にいる自衛官は三百余名だ」
「そんなにいるのか!」
「そうだ」
戦闘のプロがそんなにいるとは、めちゃくちゃ朗報だった。彼らが大勢の市民を守ってこれたのはそのためだろう。それだけの兵士がいるとなると、是が非でもここの生存者のゾンビ因子を除去したい。
「なぜ自衛官がそんなに生き残れている?」
「前情報だ。我が部隊には、ファーマ―社のあの薬品が危ないとあらかじめ情報が流れていた。もちろん半分以上がそれを信じずに投与してしまい、全滅してしまった。ここにいる連中は、それを疑い薬品の投与を免れた連中だよ。それを拒んだせいで、強制的に左遷されたり長期休暇を取らされたりしていたが、この緊急事態に際して呼びかけに応じてくれたんだ。予備自衛官も大勢集まってくれた」
「薬品投与を拒んだら外されたという事か?」
「そうだ。それが功を奏したと言うわけだな」
「一般の生存者は?」
「千五百人くらいがいる」
なんと…俺達がやっていたような事を、限定的ではあるがやっていたヤツラがいた。この状況は非常にありがたい。
「他に救出に行こうとは思わなかったのか?」
すると皆が顔を合わせて言う。
「謎の軍隊にやられた。ヘリコプターは撃墜され、艦艇も沈められてしまったんだ」
「恐らくそれはファーマ―社の私兵だ」
「やはりそうか。こちらの方がかなりの数の敵兵を撃破したが、如何せん数が違い過ぎたんだ。既にこちらの艦艇も戦闘車両も尽きた頃に、突然謎の軍隊は引いてしまった」
「それはいつだ?」
「去年の秋から冬にかけてだな」
なるほどつじつまが合う。俺達が福島原発跡地でファーマ―社研究所を潰した頃だ。俺達と戦闘をする為に増援で送られでもしたのだろう。軍隊は俺が殲滅して、その後撤退してしまったのだ。
「それからは?」
「軍隊は姿を現さなくなり、今に至るという感じだな」
「わかった。それからは生存者の受け入れをしていないのか?」
「残念ながらそうだ。これ以上の人間の受け入れをすれば、生存者達を危険にさらす事になる。我々は苦渋の選択により、生存者を入れてないんだ」
知らずにどんどん生存者を受け入れていれば、恐らくはスパイが入り込んでいただろう。彼らは意図せずに、スパイが入らないような対策を取っていたんだ。
そこで俺が言う。
「俺達はここに入り込みたいわけじゃない。人々の救出と、生存者が生きていけるエリアを作るのが目的だからな。ここが上手くいっているのなら特に何も言わない。だが一つだけ、俺達の仲間が持っているデータを見て欲しいんだ。あんたらにも絶対に役に立つ」
自衛官達が話し合って答えた。
「わかった。連れて来てくれ。だが市民の居住区へは入れないぞ」
「問題ない。それよりも食料は不足していないか? 我々は食品の回収もしている。大阪市の食料は手付かずだったぞ」
「あんなゾンビだらけの危ない所には行けない。弾薬も尽きて来たんだ」
「俺達が持ってくる。またトラックで来るから攻撃はするなよ」
「了解だ。皆も! それでいいか!」
「「「「「「はい!」」」」」」
「なら待っていろ」
そして俺が戻ろうとすると彼らが十メートルはあるバリケードを開こうとする。そこで俺は言った。
「必要ない」
俺はそのままフェンスを飛び越えて向こう側に降り、一気に対岸へと走り抜けるのだった。




